83.現実逃避

 やっぱり俺に夏祭りなんて似合わない。彼ら・彼女らのように徒党を組んで、バカみたいにはしゃいだりバカ騒ぎは自分にはできない。


 人様に迷惑をかけてまで楽しもうと思えない。それに彼らの行為というのは青春という言葉におどろされたピエロに過ぎない。

 いや、操り人形と言った方がいいか。全身真っ黒で目だけが露出した格好の人間が十本の指を巧みに操り、彼らを自由自在に動かしていく。


 青春はこうだ。若いうちにしかできない。

 そういう呪いを自分たちにかけていく。自分を洗脳していき、そして年を重ねていくうちにそれは若気の至りとなる。


 過去の悪行は勲章となり、話のネタとなっていく。

 そのような大人になりたくない。そんな過去の自慢をしたところで虚しいだけだ。


 輝かしい栄光でも胸を張って言えることでもない。

 青春は恐ろしい。毎年多くの若人がその言葉に苦しめられている。


 ああ。俺は一人で何を問答しているんだろうか。

 貴重な夏休みに、それも高校生活でグダグダできる最後の夏休みなのに。


「クソ……」


 俺は天井に向けて唾棄するように言葉を吐き捨てた。

 櫛引と長谷部の件からというもの、こういう行き場のない感情をどうぶつければいいかわからなくなっていた。


「……」


 スマホからは誰かからの連絡が来ていた。

 毎日のようにスマホが通知を知らせるバイブレーションが鳴る。

 鬱陶しくなってきたので電源を切ってしまった。


「はぁ」


 自室に引きこもっていてはグジグジとほじくり返してしまう。

 俺は帽子を被って外に出た。


 八月が終わろうとしているのにまだまだ夏真っただ中にいるような暑さ。

 天気予報によれば九月も暑さが続くらしい。知ってるよ。


 あてもなく歩いた。日差しは俺の都合なんて知らねぇと言わんばかりに照らしてくる。暑い。水分補給を忘れずに行いただひたすらに歩き続けた。


 あーあ。明日から学校だ。

 文化祭の準備やら何やらで忙しくなるし、それが終われば修学旅行だ。

 まじでなんでこんな忙しくなるんだよ。もっとイベント事は分散して開催しろと思ってしまう。


 ちなみに十一月には体育祭があるという。どうなってんねん。

 だからラブコメ作品には高校が選ばれるのだろう。テストに長期休み。文化祭に修学旅行。体育祭に生徒会選挙。マラソン大会も来年控えているという。


「学校辞めてぇ……」


 そして俺はある場所で足を止める。

 気がつけばあまり知らない場所に来てしまったらしい。ここがどこなのか、後で調べておかねぇと。


「……」


 ボロボロの理容店だ。特にこれといった特徴もないありふれた理髪店。

 そこで俺は帽子をとって自分の髪を触った。

 髪の毛が伸びてきたせいもあって頭に熱を持つようになった。


「邪魔だから切るか」


 いい機会だ。さっぱり短く切ってもらって新学期を迎えよう。

 でも。そこで俺は足が止まる。


 いい加減、サブキャラである自分がこれ以上彼女らに眼をつけられないようにイメチェンしたらどうか。妙案なのか奇策なのか。でも、俺の方から壁を作っていけばいい。


 高橋を中心にまたグループが再編され、俺は晴れて役目を終える。

 元の世界に帰れるかわからねぇが、ダメ元でやってみるか。

 これは俺のけじめだ。この世界に来てから周りに流されてきた。


 そんな自分からおさらばだ。新生橘千隼となってこの世界を動かす。

 そう豪語した俺はその理髪店に入っていった。


「すみません。カットでお願いします。長さは――」




「た、橘!?」


 高橋は俺を見るや否や口をあんぐりと開けて指を差してきた。

 そういう反応になるのも致し方ない。ここで変に恥じらっていると好奇な目で見られてしまう。堂々としたいところであるが、まだまだ今の自分の髪形になれないせいで手で顔を隠してしまう。


「なんだよ」


「その髪型、どうしたの?」


「……俺がどんな髪型に使用が自由のはず。別に校則違反じゃねーんだからそこまで騒ぐことか?」


 まったく。夏休みが終わって久しぶりの学校だと言うのに。

 この呑気な男は俺の髪形で一喜一憂するとは。これだからガキは嫌なんだ。


「おはよ――!?」


 綾瀬が教室に着き俺と目が合うと、ぎょっと目を細めた。

 目をゴシゴシと擦り、また細目でこちらの頭を凝視してくる。


「綾瀬さん。おはよう」


「おはよう、高橋君。えっと、橘君も。その髪型似合っている……ぷっ」


「おお。笑いたければ笑えばいい。好きにしろ」


「そういうわけじゃ……その、かなり変わったというか大胆にイメチェンしたと思って」


「そうだな。新学期だからな」


「そういう問題かしら……」


 綾瀬もこれくらいで取り乱してどうするんだ。


「た、橘君? あの、どうかされましたか?」


 柊は困った顔で聞いてきた。聞いちゃまずかったかと落ち込みそうな彼女を慌ててフォローする。


「全然! 俺は元気いっぱいアンパ……アンパンは好きだ」


「ほ、本当ですか?」


「ああ。ま、気分転換ってやつだ」


 俺はかっこつけてそう言ってやった。なぜ俺の髪形が少し変わっただけでこんな注目を集めなきゃいけないんだよ。もっとこう、うわ……みたいな反応をしてドン引きしてほしいんだが。


「みんなおは――えええぇっっっ!?!」


 教室にいたクラスメイトが大きな叫び声をあげた櫛引を見た。


「ちょ、あんたどうしたの?! 頭でも打った?」


「怪我一つなし。問題ナッシングだ」


「は? 問題ないんだったら……ぷぶっ! あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」


 櫛引は一応、高橋らの前ではキャラを作っていたはずだが、我慢できずにお腹を抱えて大笑い。ダンダン、と地面を何度も力強く蹴り、俺を見て笑った。


「な、なによ……坊主全然似合ってないじゃない!?」


「うっせーな」


 俺はツンツンとする自分の頭を触った。

 この頭は不本意なんだよ。本当はさ、ちょいヤンキーみたいなツーブロックにして髪を立たせて……みたいなのをイメージしていた。


 俺は完成を心から楽しみにしていたが、実際その髪型にすると絶望的に似合わなかった。絶望した俺はどうにかリカバリーできないか店主さんにお願いすると、坊主にするしかないと宣言された。


 ということで野球部顔負けの坊主になった。

 つーか、強制坊主やめーや。そのせいでどんだけ野球人口減っていると思っているんだか。俺の中学の同級生も坊主が嫌で野球やめてしまった。


「失敗したんだよ。その……イメチェンに」


「イメチェンに? ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!! あーもう最高の夏休み明けになったわ!!!」


 おい櫛引。お前さ、そんなに俺の髪形おかしいか?

 見てみろって。このボールのように綺麗な曲線美を描く俺の頭。

 坊主というのは髪を洗う手間がなくなり、朝の寝ぐせも気にしなくて済むというメリットがある。


 メリットがあるが……。


「うん。まあ、似合っていると、僕も思うよ」


「高橋。精一杯のフォローありがとな」


 イメチェンは失敗。そして、俺の計画はすぐに頓挫。

 おまけに久しぶりに会った田中にナデナデされて死ぬほど嫌だった。

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