80.一緒のベッドで♡
一時間と三十分のホラー映画が終わった十時刻は夜の十時を過ぎたころ。
まだまだ夜は長い。俺は体を伸ばして椅子から立ち上がって水分補給を取る。
「あ、終わったみたい」
長谷部がそんなことを言うからなんだろうと思ったら、どうやら彼女は俺のPCにUSBを差し込んでいたらしい。
「帰ってから分析するね♡」
何のことかさっぱりわからなかった。ま、悪いことに使わないんだったらいいけど。
「もう十時か。早いな」
「そう? ねーねーゲームは? どうせ千隼はえっちなゲームしかないと思うけど」
「普通のゲームだ、バカ。俺はポルノ中毒者と一緒にするな」
「だと思った。どんなゲームやってるの?」
「そうだな。基本ソロプレイ中心の――」
「あー。一人だもんね。ウケる」
「うっせーな。こういう時のためにパーティーゲームくらい持ってるっつーの」
俺はテレビの下にある収納から一つのパッケージを取り出した。
金太郎バス伝説。日本全国をバスで移動しお金を稼ぎ、時にはミニゲームが発生したり、土地を買って誰が一番稼いだかを競うゲームだ。
通称、友情破壊ゲーム。略して金デン。
この金デンを買った理由。それはアズチーが視聴者参加でこのゲームをやると聞いて速攻買ってきたという思い出があるのだ。
「あーはいはい。それ千隼の好きなストリーマーがやってたゲームだ」
「あ、ああ」
「アズサちゃん。いや、明日葉ちゃんだっけ。千隼のクラスメイト。随分とまあ、可愛い女の子だったね」
長谷部は目を細めてムッとしていた。そんな顔されても困るんだが……。
「ただのクラスメイトだって言ってるだろ」
「それにしては随分、“お兄ちゃん”としてコラボしているよね。仲睦まじい……ねえ、実は付き合ってるんじゃないの? もしかして私に隠し事? そうなの?」
「お前は被害妄想し過ぎだ。ただのクラスメイト。確かに遊んだりするかもしれないが、交際の事実は一切ない」
だが、今夏のアレを思い出して言葉が乱れそうになった。
あのプールでの一件。終電を逃しラブリーなホテルで一夜を過ごした。
そして、キスをされた。その真意が掴めないし彼女に聞き出せない。
俺が狸寝入りしてしまったのも原因だが、そのせいでここ最近はモヤモヤと胸につっかえてしまっていた。
「嘘だったら」
「だったら?」
「強制的にお兄ちゃんになってもらうから。しっしっし、それとも今からお兄ちゃんって呼んだ方がいい?」
「あのな……」
「冗談だって! 早くゲームしようよ!」
まったく。なんでこんな時に櫛引の名前が出てくるんだよ。クッソ……。
長谷部といい櫛引といい。俺の調子がおかしくなる。
ちなみにゲームは俺が長谷部をボコボコにしたら、本気で泣かれて必死に頭を下げて謝罪。
そしたら責任を取ってと言われた。
この子、怖いって……責任は取らないと言ったら、ケロッと舌を出して笑いやがった。
「あー楽しかった!」
「あんなにボロ負けだったのによくそんな顔できるな……」
「そう? ゲームなんて誰かとこうやってするの楽しいじゃん! ネットだとすぐに会おうとしてくる人ばっかでつまんないし」
「わかる。ネットのゲーム友達みたいなものは気楽だと思ったら、俺を省いてグループができていた時は二度とやらねぇって涙ながらに覚悟を決めたことあるなぁ」
「えーウケるんだけど! なにそれー? 現実だけじゃなくてネットでも嫌われるって……千隼ってそういう才能ある感じなの?」
「才能言うなっつーの。特殊能力だ」
「そこで自慢げに言う? やっぱり千隼はいいな~」
長谷部は俺のベッドにダイブ。クンクンとシーツの匂いを嗅いで鼻をつまんだ。
「くっさ! 滅茶苦茶臭い!!!」
「マジで?」
「嘘だよーん♡ ちゃんと洗濯しているいい匂いがするよ?」
「ビビらせんなよ。マジで焦ったじゃねーか」
「臭かったらよかったのに。寝るまで弄れたのにな~。ぷんぷん」
「……」
この元中は気まぐれな性格をしている。何を考えているのか、次に何をするのか。全く読めない。そのせいでいつも以上に疲れている。俺の自宅で自室なのに全然リラックスも安堵もできない。
時間も十二時になりそうな時間になっていた。そろそろお休みしたい頃合いだ。
「おい。俺はもう疲れたから寝る。さっさとそこからどいてお前も寝ろ」
「わかった。さあ、いらっしゃ~い」
「……なにしてんだ?」
長谷部は俺のベッドからどくこともなく、両手を広げて歓迎を示している。
何をしているんだ。俺は眉をぴくぴく痙攣させながら元中を見つめていた。
「えー? そこは私に向かって飛びつくものじゃないの?」
「あのな……俺のベッドは一人用だ。長谷部は持ってきたマットレスで寝ろって」
「むぅ。下の名前!」
「……乃唖。そこをどいたどいた」
「むー!!! なんで一緒に寝てくれないのさー? この美少女で包容力もあって性格もいいのに」
「自分でそれ言うか? 俺は好きでもなんでもない奴と寝るほど落ちぶれちゃいねぇよ」
「ほう」
「なんだ?」
「どうぞ続きを!」
「……嫌だよ。講釈垂れているみたいで身震いするわ! もういい」
俺はなるべく怪我をさせないように長谷部の背中を押してベッドから強制的にどかした。長谷部は不服そうに体育座りで抗議しているが、構わずに俺は部屋の照明を消した。
「おやすみ。夜更かしするなよ」
「……」
やっと静かになった。ああ、疲れた……。
このまますぐに睡魔に――。
「おっじゃましま~す!」
長谷部は育ち盛りの子供のようにジャンプしベッドにダイブ。
俺のお腹に見事着地し、そのまま横に滑ってベッドの空いたスペースを浸食。
長谷部のプロレスラーのような攻撃を喰らい、俺はしばらく身悶えしてしまう。
「おい、てめぇ……!」
「わ〜お兄ちゃんと初めておねんね〜! 嬉しいな〜♡」
「お前なぁ……」
長谷部はノリノリの様子で俺のお腹をぷにぷにと指でつついてくる。
こんな至近距離で見つめ合うなんて、なんだか視界のやり場に困る。
どこを見ればいいんだ。目を見るのはなんか恥ずかしくて無理。
下に目線をやるととても深そうな谷が見え、そこに吸い寄せられそうになるので断念。
つまり、どこを見ても長谷部で埋まり、ゲームオーバーというやつだ。
「千隼」
「なんだよ」
「キスして」
「はぁっ?!? おまっ、急に何言ってんだよ?!」
「なにそんなにキョドってるの? ウケるんだけど」
「冗談でもそんなこと」
「私は本気だよ? 私の初めて。千隼にもらってほしい」
「そんな……俺みたいな、嫌われ者よりも相応しい人がいる。そいつにあげてやれよ」
「ううん。千隼じゃないとや」
「なんで?」
「私を、長谷部乃唖を見てくれるのはあなたしかいないから」
長谷部は妖艶に微笑み、俺の頬に触れて優しく撫でた。
言葉では立派なことを言っているが、彼女の手は冷たく震えていた。
「誰だってお前のこと見てるだろ」
「見てないよ」
長谷部の声は冷たく諦めているようだった。
「千隼」
「……」
「私はあなただけしか見えない。あなたがいないと私……」
「やめろ。人に依存するな」
長谷部は多分だけど家庭的な問題を抱えている。それかどこまで深刻なのか、傷が深いのかわからない。
傷心気味の彼女につけ込んでしまうことはあってならない。
それは一番やってはいけないことだから。
俺は手を出して今にもキスをしてきそうな長谷部を押し返した。
「俺は寝る。邪魔するなよ」
「優柔不断だなー。でも、そういうところ好きだよ」
「……」
「ねえ……いつでも待ってる。からね♡」
長谷部は悪魔の囁きをしてから、俺の脇腹をこちょこちょとしてきた。
ああ、いつになったら寝れるんだよ……。
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