78.彼女の本音
その日はやけに騒々しい我が家だった。長谷部というキャラクターのおかげなのか、それとも俺が女の子を自宅に呼んだから母がテンション上がっているだけなのか。
そんな嵐の中に俺は放り込まれ、散々二人にいじられ突っつかれ。
その度に反論したり否定したり。ギャグマンガのツッコミキャラ並みにつっこんだこともあって俺はへとへとになってしまった。
いや、まじでツッコミキャラの声優さんってすげぇや。
終始ハイテンションで的確にツッコミのセリフを言うってエネルギーがいるんだよ。リスペクト。うぇい……。
ああ、眼鏡をかけたほうではなくて鼻毛の方ね。
夕飯を食べすぐに風呂に入り、歯を磨いて自室に戻ってベッドで横になって照明を消した。いつもだったら起きている時間帯だが、精神的に消耗してしまったこともあって睡眠をとって回復を優先することにした。が。
「おっ邪魔しまっす~!」
ノック一つなく俺の部屋に堂々と入室する義理になった妹という設定を継続中の長谷部。
「あれ? もうおやすみするの? つまんないのー。『ちょっ!? ノックしろよ、このバカ野郎!?!』的な展開だと思ったのにー。で、お兄ちゃんはズボンを脱いでちょめちょめしていて……もぅ、ぷんぷん!」
「どこの思春期の男の子だよ。俺は疲れた。寝る」
「ねーねー。少しお話しよ」
「俺の話を――」
「お願い」
長谷部はあの本屋で出会ってからというもの、この悲しそうな不安で押しつぶされそうな子供のような表情をするようになった。
俺の部屋が暗いのと廊下の明かりが僅かに差し込んでいるので、彼女の表情が半分隠れてしまっているが、それでも俺の脳内に直接訴えかけているようだった。
そんな顔をされるとなぜか心臓を鷲掴みされた気分になる。
「……少しだけだ」
「流石お兄ちゃん! クラス一、学年一のの嫌われ者!」
「一言余計なんだよな……」
そう言って長谷部は部屋を後にした。
俺は嫌な予感がしたが、それがものの見事に的中することになる。
長谷部はマットレスと枕、夏用のタオルケットを持って俺の部屋の真ん中を牛耳ったのだ。
「お泊り会といったらこれっしょ! すっごい楽しみ!」
「……」
「どうかしたの? あ~もしかして、女の子と一緒にしたことないのかな? あ、私が初めて……うぅ……優しく、してね?」
「はいはい。おやすみなさい」
「無視は酷いな~。でも、そういうところ嫌いじゃないよ。ウケるけど」
長谷部はケラケラと笑いながらマットレスの上で横になり、俺の方を見ながらピースしてきた。
「ねえねえ。橘。橘千隼」
「なんだ?」
「いいよね。橘のお母さん。すごくいい人。優しくて面白くて。初対面の私に対して良くしてくれて、ああいう人がお母さんだったらいいな」
長谷部はふざけることもなく真面目にそんなことを言ってきた。
俺には彼女の口元が緩んでいるように見えた。
「そうか?」
「うん」
「……」
「いいよね。親子の仲も良さそうで」
「どうなんだろうな。他所の家庭のことはわからねぇけど、普通くらいじゃないか?」
「ううん。普通じゃないよ。私には羨ましく見えた。それに嫉妬もした」
「……」
それはどういう意味なんだろうか。
長谷部の表情は変わらない。俺を見ているようでどこか遠くを眺めているようだった。彼女の喋りも嘘偽りのない本音で話している気がした。
「一緒にご飯を食べて、冗談を言ったり学校の話をしたり。友達の話、学業の話。日常会話がリビングで行われる。笑ってはしゃいで。一緒にお皿を洗って、テレビを見て。そんな些細なことが心の底から嬉しい」
「……」
「私って他の家庭に比べたら恵まれていると思う。もちろん、金銭的な面でね」
「……」
「お金をちらつかせたら誰でも友達になってくれる。欲しいものは何でも買える。好きなものを食べれる。橘はどう思う?」
「まあ、裕福なんだろうなって思う」
「そうだよ。私は物心ついたときから一人。私の手にあるのはお金。数字が書いてある紙切れ。欲しいものを買っても、友達をお金で作っても満たされない」
長谷部は天井に向けて手を伸ばした。何かを掴もうとして空を切り、力なくマットレスに落ちていってしまう。
「ねえ。橘」
「なんだ?」
「どうやったら橘みたいな生活を送れるかな?」
その問いかけに長谷部は苦しんでいるように見えた。
「……わかんねぇ」
「わからない、か」
「でも、一つだけ俺にあって長谷部にないものがある」
「なに?」
「俺は嫌われ者。中学時代を思い出せ。俺のことが好きだと言っていたやついるか? いないだろ?」
「それって自慢すること? チョーウケるんだけど」
「自慢じゃねーよ。事実を言っただけだ。こんな嫌われ者でもこうやって生きてる。お前だってこうやって嫌われ者と一緒にいる。つまり、俺たちは嫌われ者同士ってことだ。仲間になるのか?」
「へー。そういう視点があったんだ。ウケる。私って嫌われてないはずだけどなー。あでも、私の体しか見なかったあいつらは嫌い。私を見てくれる橘は好きだよ」
ストレートに好きと言われて照れてしまう。
「ウケるんだけど。照れちゃった?」
「照れてねーよ。うっさいな」
「あはは! 可愛い」
「おちょくってるのか?」
「ううん。本当に可愛いと思ったから言ったの。好きってことも」
「……はいはい」
「冷たいなー。女の子の告白をこうも簡単にあしらっちゃうの橘だけだよ。だから君は私の中で特別なんだ」
「……」
長谷部が起き上がった。そして俺のベッドに膝を乗せて侵入してきた。
俺はベッドの端に逃げるが長谷部は構わずに体を密着させてきた。
背中に長谷部の体温、柔和な体、吐息が伝わってくる。
「ねえ」
「な、なんだ」
「千隼」
「……」
「ちーはや。うん。いい名前」
「どうも」
「私も下の名前で呼んで」
「なんでそんな――」
俺の視界が突如としてブラックアウトした。
長谷部が手を伸ばして俺の両目を手で隠した。
「言わないと離さないから」
「………………乃啞」
「うん」
「早く手を離してくれ」
「やーだ」
「……」
俺は呪われているのか?
櫛引の件もそうだったが、彼女たちの真意が全く読めない。
俺をからかいたいだけなのか。それとも本当にそういう意味で好意を抱いているのか。
この世界は俺はサブキャラ。脇役。目立ってはいけない存在。
このまま道を間違えてしまうとどうなってしまうのか。
ああ。ダメだ。櫛引と長谷部のせいで脳内がオーバーヒート寸前。
冷却期間が必要だったのに長谷部の登場で予定が狂ってしまった。
これでは本当に俺は嫌いな下衆な奴らになってしまう。そうなったら本当の意味で終わり。
「あっはっはっは! 緊張し過ぎだって! な~にを期待していたのかな?」
長谷部は手を離して俺の背中をバンバンと叩いた。
ホッとしたのと同時に彼女の手のひらの上で転がされた事実に頭が痛くなる。
「……お前なぁ」
「ねえねえ。まだまだ寝るには早い時間だよ。何かしようよ~」
「なんだ? おしゃべり? それともボードゲームか?」
「それはつまんない。あ、ホラー映画はどう? 夏といったらホラーでしょ!?」
「俺は全然問題ねぇけど」
「決まりぃ! 明かりつけるよ~」
はぁ。今夜はまだまだ終わりそうにねぇな。それに長谷部が離れてくれなかったら俺は……いや、そんな仮定の話をしてみ意味がない。
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