77.歓迎!
「わが家へようこそ~。長谷部さん、遠慮しないで泊っていってね~」
自宅に帰るとニコニコの我が母親に出迎えられた。まあ、電話をして話をした時からこうなるとわかっていたが。
橘千隼という人間はぼっちを極めし人間。そして重度のひねくれモンスター。
当然ながら友達なんて存在しない。そんな千隼を心底心配しつつも、あまり口出しをしなかった橘佐紀。
そんな橘千隼が突然異性の子を自宅に招待するだけでなく、一泊させてほしいと母に許可を求めたのだ。
普通だったらなぜ、どうして? となるものだが、我が母は違った。
あの嫌われ者だった千隼が女の子を招き入れる。それも一泊させようとしている。
電話越しで泣かれたときはビックリもしたが、俺の話をロクに聞かなったこともあって変に勘違いしてなければいいが。
「あのさ、長谷部と俺は付き合ってないから。全然。そういう意図はないから」
「え~お母さん聞えな~い。ほらほら、長谷部さんのために今日は寿司を注文しちゃったから、いっぱい食べてね~!」
「本当ですか? ありがとうございます〜!」
俺を無視して二人で盛り上がる。というか、初対面のはずなのに息ぴったり。
もしかして、お二人に血縁関係あるんじゃないっすか。俺は川で拾ったとか。
可能性高いなぁ。いやー俺はいらない子か。まあ、妥当かな。
おかしいな? 自虐しただけなのに涙が止まらいよー。
「長谷部。失礼のないようにな」
「橘のお母さんめっちゃいい人じゃん。めっちゃウケる。なんでこんなひねくれものに君は育っちゃったんだろうねー」
「まったくよ……お母さんの教育が間違っていたのかしら」
「そんなことないですよ〜。この男が勝手にひねってくねっただけですよ」
何この四面楚歌。俺は項羽?
残念だけど俺は韓信の方が好きなんで。
だって、ニートが大将軍になってバッタバッタと敵を倒していくとか、ロマンありすぎだからな。
今も昔も俺つえー、無双しまくり~って憧れるものだ。
ということで俺も異世界転生してぇな。
「……そろそろいい? いつまでも玄関にいるのもあれだし、長谷部もびしょびしょのままはよくねーから」
「あらごめん! 長谷部さん、着替えはこっちで用意したからお風呂に入ってね」
「ありがとうございます」
中学の時や今もだが、初めて見る長谷部の表情。嬉しい、というよりも尊敬や憧れに近いものを感じる。俺に対してなのか。それとも母に対してなのか。
長谷部はお風呂に入り、俺はその間自分の部屋で横になっていた。覗かないでよね! と、長谷部は何十年前に流行ったツンデレヒロインのような事を言ってお風呂に入ったが、残念ながら暴力系ツンデレヒロインはすでに絶滅危惧種だ。古いんだよ。もっと今流行のヒロイン像くらいリサーチしてこい。
今はオタクの高齢化もあってか母親キャラが娘でメインヒロインよりも人気が出たりするものだ。
若いころは女の子を愛でていたが、年を取れば逆に癒しが欲しくなる。
俺もそうなっていくのだろうか。
俺は読みかけの本の続きを読む。
今日はいつも以上に本の内容が頭に入ってこない。
「……」
疲れなのか、それとも暑さで体力がなくなっているせいか、俺は突然の睡魔に抗えず、本に栞をはさむこともできず眠ってしまうのだった。
暑い、重い。おかしいな。エアコンをつけているから部屋は涼しいはず。
重い……もしかして本棚が倒れてきたのか?
「にっしっし……お兄ちゃーん。朝だよー」
「……お前か」
子供のように笑う長谷部が俺のお腹の上に乗ってマウントを取っていた。
おまけに風呂上がりということもあって髪の毛は少し濡れて光っている。それになぜか俺のワイシャツを着ている。
ブカブカだけど胸元にあるふくよかな二つのお山は立派に主張している。
ああ、下着はちゃんと付けているな。
下着ぐらいで恥ずかしがっているラブコメ主人公は純情なんだな。と、思った。
大事なところは隠れているんだ。それで一々反応するほど俺は単純ではないのだよ。
「なぜ俺のワイシャツ着てるんだ?」
「んー? だって橘の部屋のドアノックしても反応ないからお邪魔したんだけど、すっごいつまんないのー。もっとこう……エロ本が本棚に隠されているとか、ベッドの下に橘の性癖が詰まったエロ本とかDVDないのかなーって……空気読んでくれない。ウケるんだけど」
「今どきアナログでそういうの持ってる男子はほとんどいねぇよ。いつの時代だっつーの。現代の男子はすべてデジタルで保存もストリーミングもできる時代。俺のマイ・コレクションはスマホかPCに……って違う! 話の争点はそこじゃねぇ! つーか脱げ! 俺のワイシャツをだろーが!」
「きゃーお兄ちゃんのエッチ〜♡ そ、そんなに私を脱がせたいなんて……もう、スケベなんだから~♡」
「……なんだろうな。まったくピクリともこねぇ。冗談はいいからどけ。暑くて重いんだが」
「もう! レディーに対して重くて暑いって……お兄ちゃんは相変わらずデリカシーがない! だから人間に嫌われちゃうんだよ?」
「対象を人間にすると全人類俺のこと嫌ってるじゃねぇか。というか、この茶番をいつまで続けるんだ?」
「お兄ちゃんってノリが悪いな~。だから、一人だけ卒業の打ち上げに誘われなかったんだよ~?」
やめろ! それは橘千隼の黒歴史だ。
橘が中学を卒業したころだったはず。同級生全員を誘って打ち上げパーティーを行ったが、唯一橘だけ誘われず気づかれず。後日、橘はそれを聞いて悲しんだんだから!
「わかったわかった! 俺が悪かったから!」
「うん! 人間素直が一番だよ~。ってことでこれ返すね」
長谷部はワイシャツを脱いで俺の顔面目掛けて投げ捨てた。
お腹の重量がなくなり涼しくなったと思ったら、長谷部はベッドから降りていた。
下着姿の長谷部はぶかぶかのシャツとジャージを着て、えっへんと胸を張った。
「なんかぶかぶかじゃね?」
「橘のお母さんが間違ってメンズの買ってきちゃったんだって。でも、着れるから問題なし。え? もしかして橘のだと思ったの? ウケるんだけど」
「はぁ……。で、何の用だ?」
「夕飯。用意ができたんだってさ」
「あ、夕飯……最初っからそう言えよな。まったくさ……」
「だって、お兄ちゃんが呑気に寝ているのが悪いんだよ?」
「お兄ちゃん呼び止めろ! 鼻がムズムズする」
「えーいいじゃん。私は橘の妹でもいいなー。なんてね」
舌を出してウインクする長谷部。まったく。こいつの言動にいつも振り回されるが、今のそれ、ちょっとだけドキッとしたのは秘密だ。
「随分と可愛くねぇ妹だ」
「ウケるんだけど。橘が言うと……ぷぷっ」
「なんだよ、妹よ」
「やめてやめて……ちょっ、お腹が痛いんだけど」
「愛しの妹よ。敬愛する兄の抱擁は如何ですか?」
「汗臭いからやだ」
「え、まじ?」
「うん。めっちゃ臭いよ♡」
夕飯食べる前に風呂入ろ。
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