74.ドキドキ!? 禁断の一泊
あれ? 俺は一体何をしていたんだっけ。
すっげぇ気持ちよく眠ってたけど、なんで途中で目が覚めたんだろう。
ガタンゴトンうるさい。それに汗をかいていてシャツが肌にくっついて気持ちが悪い。エアコンのタイマーが切れて部屋が暑くなったのか。
と、徐々に意識がハッキリしていくにつれて目の前の視界がクリアになっていく。
ここは電車の中。それも見覚えのある広告や座席。そして、隣を見ればスヤスヤと夢の中にいる櫛引。
ああ、そうだった。ミッドサマーパークから帰っている途中だったはず。
で、帰宅途中の電車内で眠ってしまった。ああ、クソ。やらかした。
寝落ちしたとはいえどうせ五分・十分くらいしか時間が経っていないから大丈夫。そう高を括って俺はスマホで時間を確認して、目がぎょっとなってしまう。
「あれ?」
俺の記憶が確かであれば二時間以上寝てしまったことになる。
そして電車のドアの上部にあるモニターを見ると、ミッドサマーパーク行きと表示されていた。
これらの情報を整理しよう。俺と櫛引は電車で寝過ごしてしまい、おそらくだが電車を往復してしまった。現在、ミッドサマーパークに向けて電車が進んでいる。
うん。超やらかしたわ!?
「おい櫛引! 起きろ櫛引!!」
俺は櫛引の肩を揺らして起こす。櫛引は相当疲れがたまっていたのか、中々目覚める気配がない。俺は電車がどの駅に向かっているのかモニターとにらめっこする。
どうやらミッドサマーパークまで残り二駅。本当にまずい。櫛引は寝ぼけながら、
「もう、降りるの?」
「そんな問題じゃねぇ! 早く降りるぞ!」
「うん……?」
なんだか足取りも危ない。俺は櫛引の手を取って止まった駅に降りた。
時間も時間なので終電がどうなっているのかスマホで調べると、
「嘘だろ……」
さっきの電車が終電だったらしい。俺は寝起きとやらかした焦りでアナウンスを聞き逃してしまったらしい。
「ん~? ここどこ?」
「櫛引。どうか怒らず冷静に聞いてくれ」
「ん~?」
「俺たちはどうやら……寝過ごして終電を逃したみてぇだ」
「ん~……えっ?」
櫛引は一瞬で意識が覚醒したようだ。
「え、どういう……」
「俺とお前が電車内で寝落ち。そのままミッドサマーパーク行きに逆戻り。で、ここはミッドサマーパークの最寄駅一個前の駅」
「はっ? 本当に言ってるの?」
「ああ。残念だが俺たちはここに取り残されちまったみてぇだ」
人気のない駅。ミッドサマーパーク周辺は都心部から離れていることもあり、周囲は閑散としていた。
「ええ!? じゃあ、どうすんのよ!? 帰れないじゃないの!」
「そうだな。打つ手なし、だな」
「うそ~……でも、私もあんたも寝落ちしたんだから文句言えないし……あぁ、なんでこうなるのよ~!」
櫛引の叫びは無残にも消えていってしまう。
俺たちは駅員さんに言われ改札を抜けると、殺風景な街並みがどこにあった。
歩いている人はおらず。スーパーや飲食店といったものはすでに閉店。
ぽつぽつ存在している街灯だけが街を照らしている。
ああ、本当にやらかしたんだな。改めてこの無情な景色を見て思った。
「ねえねえ、どうするのよ?」
「どこか近くに寝泊まりできるところを探すしかねぇ。で、なかったら野宿するしかないか」
「野宿は嫌! シャワー浴びたいし、着替えたいし……もう最悪なんだけど」
「俺だってシャワー浴びてぇよ」
俺はスマホを取り出してここ近辺で寝泊まりできるホテルやネカフェがないか調べてみることにした。しかし、残念ながら都心から離れ住宅街が広がるここでは、この時間から泊まれるビジネスホテルもネカフェも存在しない。
俺は諦めてスマホをしまおうとしたが、約一件休憩できる施設を見つけた。
「櫛引。泊まれるホテルがあったからそこに行くぞ」
「え? 嘘!? 本当に?」
「ああ、この地図を頼りに行ってみるか」
櫛引はやりぃ、と手を叩いた。
ということで、俺はスマホの地図を見ながらそのホテルへ向かった。
歩くこと十分ほど。一度も歩いたことのない土地ということもあり、無事到着できるか不安だったが杞憂に終わる。
「ここらしいけど……」
着いたホテルはやけにキラキラしていた。おかしいな。俺の知っているホテルはもっとシンプルというか、こんなキラキラした装飾だったり、「ラブリーミシマ」という、おかしなネーミングしていないはずだけどな。
「ね、ねえ。ここって……」
「言わなくていい。まあ、ここしかねぇから……どうする?」
「わ、私に意見を求めないでよ! でも、ここしかないんだったら……」
「ああ。ちなみになんだが、こういうところ泊まったことあるか?」
「あ、あるわけないでしょ!? このバカ! 変態!」
「そうか。俺もない」
俺たちは煌びやかなホテル前で右往左往してしまうが、意を決して入り口を探し始める。
駐車場を抜けるとホテルのフロントらしき入り口を見つけ入ると、シンプルな内装の空間が俺たちを出迎えてkる得た。
ドリンクバーにアメニティの数々。どうやってチェックインするのだろうかと思ったら、受付はこちら、という張り紙を見つけて近寄る。
すると、タッチパネルでチェックインをするシステムらしく、俺と櫛引は値段を見ながら絶句してしまう。
「た、たけぇ……」
「……はぁ。私があんたの分も出すから安心して頂戴」
「それはよくねぇ。お金絡みの貸し借りしたくない」
「いつもお世話になっているからいいの。配信もよく手伝ってくれるし、この前だってタダで配信に出てくれたから。そのお礼だと……あーもう恥ずかしいからこれ以上言わせないでよ!」
「わりぃ。流石アズチーだ」
待てよ。これは裏を返せば俺はアズチーとベッドイン――
「あ? 何か変なこと考えてなかった~?」
「気のせいですよ~あはは……」
危ねぇ。一瞬でもアズチーを頭に思い浮かんだ俺はバーチャルのキャラとリアルを混同していた。危ない危ない。
好きで推すことと妄信的に都合の悪いことをシャットダウンするような、エコーチェンバーにもフィルターバブルになるところだった。
アズチーはアズチー。櫛引は櫛引。バーチャルはバーチャル。リアルはリアル。
みんなも気をつけてね☆
俺たちは近くのコンビニで部屋着を買い、またホテルに戻ってきた。
どうやらこのラブリーなホテル内に洗濯機もあるらしい。
今着ているのを洗濯して乾かして明日着て帰ればいい。
さて、カードキーを受け取った俺たちはエレベーターで上階に上がり、指定された部屋に入室。
一見普通のホテルっぽいが、ベッドが一つしかなく、ちょっと怪しげなグッズもチラホラ見える。アレは見なかったことにしよう。
テレビを付けるときっと卑猥な声と映像が出てくるので、リモコンに触るのはやめておこう。
「あーっと。お先にお風呂どうぞ」
俺は荷物を置いてどうぞと促す。
「絶対に覗かないでよ。覗いたら……目ん玉くり抜いちゃうぞ♡」
「アズチーっぽく言うなっつーの。怖すぎてゾッとしたわ。お前のシャワーシーンに興味ねぇから行ってこい」
「……」
なんでそんな悲しそうに、怒りを混ざりながらこっちを睨むんだよ。
やめいやめい。本当に興味ねぇから。
「さて、どうするか」
櫛引はお風呂で身体を清めている頃だろう。なんだろうな。言い方次第でそれっぽくなるの嫌だな。つーか、待っている俺もまさにそれじゃねーか。
「本でも読むか」
電車に乗っているときのために持ってきた本がここで役に立つとは。
まだ一ページも読んでいない本。俺は早速読み始めた。
「……」
それにしても。こういうホテルって案外設備が綺麗なんだな。
ソファもあってテーブルも常備。立地もあるかもしれないが室内は広くてテレビも大きい。
「あ、ここで飯も食えるのか」
テーブルにあったメニュー表はファミレスと見間違うほどのラインナップだった。
ふーん。ちょっと小腹が空いたから後で注文してみるか。
残念だけど俺はラブコメ作品にありがちな、お風呂場から悲鳴が聞こえて駆けつけてラッキースケベみたいな展開にならない。
俺は部屋の隅にあるソファに腰かけ、本から目を離さなければいい。
櫛引。早く風呂から出てくれないかな。
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