73.ラブコメはやっぱりおかしい

 櫛引の下着事情はなんとかなった。幸いなことにスカートを履いてきたこともあって汚してしまったのは下着だけ。

 

 彼女がトイレで隠れているうちに俺はコンビニで諸々を買い、手渡して無事ミッション終了。高橋たちは櫛引の体調が悪くなって看病している旨と先に帰って大丈夫と伝えた。


 あいつらもあいつらでギブアップした綾瀬をフォローするので大変だったらしい。

 さて、櫛引はどうなったんだろうか。


「……」


 トイレの近くで待っていると後片付けを終えた櫛引が出てきた。

 すごくバツが悪そうで口元もキュッと結んでいた。


「サイズはどうだ?」


「そんなこと聞く? キモいんだけど」


「待て待て。ちゃんとMサイズでよかったのか聞いただけだ」


「……問題なし」


「そうか。そんじゃあ帰るか」


 外はすっかり日が沈んでいた。ミッドサマーパークは閉園となり多くの人が車や公共交通機関を使って帰路につき始めている。

 ま、お化け屋敷に言ったりお漏らし事件があって、帰宅のピークは過ぎてしまったが。


「……」


 櫛引は何も言わず俺の隣に行き、駅に向かおうとしたところで可愛らしいお腹の音が鳴った。俺ではなく櫛引から。


「夕飯はどうするんだ?」


「絶対殺す。後で絶対に覚えておきなさい!」


「素直にお腹が空いたって言えばいいだろ。で、どうなんだ?」


「……食べてくるってママに言った」


「そんじゃ、近くにファミレスがあるみたいだから食べてから帰るか」


「え、みんなは?」


「先に帰った。櫛引の方も連絡入ってると思うが」


「あ、本当だ! あちゃー……後で謝らないと」


 櫛引は自分のことで必死だったから綾瀬たちからの連絡に気づかなかったようだ。




 近くのファミレスでお腹を満たした俺と櫛引は、電車に乗って揺られていた。

 夜ということもあり、ガラス越しに見える外の景色はあまり見えなかった。


 街の明かりがポツポツと見えるくらい。

 それくらい。外の景色を見ながら暇つぶしもできない。


 必然的にスマホをいじることになるが、今回は櫛引がいる。

 まあ、櫛引はずーっとスマホをいじってるから俺もいじる。


「ねえ」


 と思ったら櫛引の方から声をかけてきた。

 俺たちが座る車両は俺と櫛引のみ。

 偶然かはたまたただ単に人がいないだけなのか。


「なんだ?」


 櫛引はなんか気持ち悪いから、とわざわざ俺の右隣に座っている。

 まあ、別に俺はあいつがどこに座ろうがどうでもいいが。


「今日は、色々とありがとう……」


「あ、ああ」


 なんだろうか。全身が痒くなってくる。

 俺はスマホをしまって電車の吊り革を見た。


「それと何を企んでいたの?」


「ナンノコト?」


「とぼけないで。ずーっと細川と私を引っ付けようとしてたじゃん。なんのつもり?」


 やっぱり気づいていたのか。まあ、そりゃあ、あんだけ露骨だとな。


「その細なんとかの頼み。ま、高橋が協力して色々してただけ。俺はノータッチ」


「高橋君が? そう……」


「ショックか?」


「ううん。別になんでもない。でも、細川だけはない。絶対ないから安心して」


「本人には聞かせられねぇ」


「ふん! あんな男好きになるわけないじゃん。私はたち……」


 櫛引は何かを言いかけてやめ、俺の横っ腹を殴ってきた。


「いったぁい……なんだよ。悪いことしてねぇだろ?」


「別に! なんでも……ごめん」


「そうかよ」


 まったく。意味がわからない。


 それから俺たちの沈黙が続く。

 無言だからといって気まずいと感じない。

 無言はコミュニケーションの一つでもある。


 話すこと、アイコンタクト、身振り手振り。それだけが相手と意思疎通を図る行為ではない。


 こうやって何も話さず、隣にいるだけでもわかる。相手の体温、呼吸、衣服が擦れる音。


「……」


 でも、流石に沈黙が続くと居心地が悪くなる。俺は櫛引に何か話しかけようとして、肩に重しが乗った気がした。


「すぅ……ふぅ……」


「櫛引?」


 櫛引はどうやら寝落ちしてしまったらしい。今日一日、プールで遊び、お化け屋敷にも行けば体力はなくなっておかしくない。


 現に俺も目茶苦茶疲れた。今すぐにでもベッドでお休みしたいが、帰るまでは我慢。


 それにしても、何このラブコメ展開。

 ヒロインが肩に寄りかかりながら寝てしまう。

 それも電車。二人っきりの空間で。


「はぁ……」

 

 どうしたもんか。起こすのも気が引ける。


「櫛引。寝ちゃったんだよな?」


「……」


 反応がない。


「はぁ……このままあと一時間か」


 そんなことをぼやく俺。


「……こんなラブコメ的なことされたら、好きになっちまうじゃねーかよ」


 いくら疲れているとはいえ、クラスメイトの肩を枕代わりにして寝られると、俺だってその気になってしまう。

 いや待て。冷静になれ。あくまで不可抗力なだけだ。


 逆に俺が櫛引の方に寄りかかって寝ちゃったかもしれない。その場合、彼女に叩き起こされるのは目に見えている。


「私も……」


 櫛引の声だった。


「はぁ?」


 俺は櫛引を見た。しかし、彼女は規則正しい寝息を立てながら眠っている。

 ただの寝言だろうか。それともさっきのを盗み聞きされていたのか。


「そんなまさかね」

 

 勘違いや聞き間違えは後々トラブルになる。

 俺も疲れているんだ。ただの寝言を意味あるものに聞こえてしまっただけだ。


 俺は電車に揺られながら思う。

 やっぱりラブコメっておかしいわ。なんで高橋じゃなくて俺なんだよ。

 主人公はどっちかわかんねぇわ。まあ、どうでいいか。


 つーか、俺も寝落ちできねーじゃねーか。

 櫛引がこんな呑気にスヤスヤされたら、俺は起きていないといけない。

 寝過ごして降りる駅をスルーして終電を逃すなんて、そんなラブコメ的な展開になるはず……。

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