76.異変
夏休みも残り一週間。来週からいつもの日常が戻ってしまう。
それに九月が終われば高校生定番の文化祭と修学旅行もあるということで、俺はどうにかして時間を巻き戻せないか必死に技を出してみるが、何一つ効果がない。
文化祭はどうせ俺みたいな嫌われ者は輪に入れず、修学旅行もハブられるのがオチ。
ああ。俺もトラックに轢かれて異世界転生したいなぁ。そんなことを思いながら、俺は残り一週間をどう過ごそうか。そんなことばかり考えていても妙案が浮かぶことなく。
夏の地獄のような暑い時期は家でゴロゴロするのが最強。つまり家でごろごろするのが一番という。それでもずっと家にいるのも飽きてくる。
気分転換に散歩という名の外出でもするか。
俺は日が沈むのを待った。日中の日差しがギンギラの時間帯に外出することは自殺行為に等しい。仮に外出するとしたら帽子を被ったり、日傘を差す等の暑さ対策は必須。
今の日本の夏の暑さは、気楽に外出できるほど安全ではなくなった。
俺は日が沈みかけている夕方に家出を出た。
普通だったら日が沈めば多少涼しくなると思うが、現実はそうはいかない。
アスファルトだらけの街は日中の太陽に熱され、夜になっても熱を放出。
各家庭で排出されるエアコン等の排気熱。
もう嫌になっちゃうわ……。
将来はこんなクソ暑いところからおさらばして、涼しい場所で過ごしたくなる。
俺はムシムシとした湿気をかんじながら、本屋に行き到着。
すでにシャツは汗ばんでしまい、本屋の冷房で乾くのを待つしかない。
「さて……」
適当にウロウロして頃合いをみて帰ろう。俺は新刊コーナーに行ったり、ラノベを探したり。文学コーナーに足を運んだり。面白そうな漫画を探しに棚に陳列されている背表紙とにらめっこしたり。
そうして時間を潰していると、ポツポツと音が聞こえ、次の瞬間滝のような雨が降ってきた。
ゲリラ豪雨。ああいうのはすぐに止むから雨宿りすれば問題ない。
だけど、ここ最近はゲリラ豪雨が多すぎる。
少し外出するにも折りたたみの傘がないとずぶ濡れになっちまう。
「……?」
俺は弾丸のような雨が降る外を、ガラスの自動ドア越しに見ていると一人の女性がずぶ濡れになっているのを発見。
彼女は濡れてもお構い無しなのか、小さく元気なく歩いていた。
「長谷部……?」
夏休みにもかかわらず制服を着ており、びしょ濡れになるのもお構いなしに本屋を横切っていく。
元中の長谷部乃唖。ただそれだけの関係性。昔告白したがフラれてしまった相手。
ただそれだけ。友達でもなければ恋人でもない。
そんな薄い関係性の相手が何をしようが俺からするとどうでもいい。
自分に関係がないし、仮に俺が声をかけたところで何が変わるのだろうか。
心配して同情したところで相手を本当の意味で助けることは難しい。
今の世の中は手を差し伸べただけでは助けられない。それは偽善だ。相手を余計に疎外感に突き落とし、己の無力を晒すことになる。
だから、現代は生きづらい。レールを一回でも外れたら修復不可能。
脱線してから元に戻れるのは一握りの人間のみ。
そのレールを引いているのは壊れなかった人間。
壊れないことを前提に現代は構築され、付いていけない人は淘汰される。
酷い世の中だ。
俺が言いたいのは働きたくねぇということ。ただそれだけ。
「……はぁ」
いくら俺でも元中で最近多少なりとも交流を持った相手を見殺しにするほど、心のない人間ではない。俺は本屋を出て折り畳み傘を出して彼女の後を追った。
すぐに追いついた俺は彼女に傘をさしてやり声をかけた。
「奇遇だな。こんな所で会うなんてな」
「……橘」
「こんなところで話すのもアレだから本屋の所で雨宿りしよう。じきに雨はやむ」
長谷部の顔に生気が宿っていなかった。だけど、それを指摘したところで何か変わるわけでもない。
ひとまずは無理やりにでも長谷部を本屋の屋根のある所まで誘導した。
「長谷部。すっげぇ濡れてるけど大丈夫なのか?」
「あなたには関係ない。本当に……」
「関係ある。お前をここに連れてくるのに俺もびしょ濡れになった」
「……ふっ。自業自得じゃない」
「そうだ。自業自得」
「バカみたい。でも、ありがとう。私の心配してくれて」
「心配してねぇよ。俺はてっきりゾンビに噛まれたのかと思って全人類のために行動しただけだ」
「ゾンビ? ふふっ、そっか。そう見えていたんだね」
少しだけ長谷部に元気が戻った気がする。
「雨が止んだら大人しく家に帰ってシャワー浴びろ。風邪なんて引いたらこの時期しんどいからな」
「帰りたくないなぁ」
長谷部はどこか上の空だった。いつもの彼女の飄々と何を考えているのかわからない、不思議な雰囲気を纏っていた長谷部はおらず、その言葉は嘘偽りなく言っていた。
「なんで?」
「……橘は」
俺と目を合わせる。
「もし、家出するんだったらどこに行く?」
「家出? 俺が家出するわけねーだろ」
「え?」
「知らない人のお家なんて気味が悪いし、俺はインドア派な人間だから家出は考えない。残念だけど聞く相手を間違えてる」
「……そうだった。橘はそうだったね」
長谷部はそう言って近くの自動販売機に行った。
「橘は何飲む?」
「オレンジジュース」
「ガキみたい」
「うっせ。変に大人びてお茶って言うよりいいだろ」
「確かに」
長谷部はお茶とオレンジジュースを買って、後者を俺に渡してくれた。
お代はいらないようで俺はありがたく貰って一口飲んだ。
「家に帰りたくない。ねえ、橘のお家に泊まらせてよ」
一口飲んでから、ごくごくと味わいながら飲んでいる俺にロケットランチャーが飛んできた気分だった。
よくアニメや漫画にありがちな、飲み物を噴き出してしまうアレ。まさか俺も噴き出してしまうとは思ってみなかった。
「お前、何言ってんだ?」
「だから家に帰りたくないから橘のお家に泊まらせてほしいってこと」
「男の俺じゃなくて女子に聞けよ。なんで俺に……」
「だって橘がいたんだもん。今ここに」
「……あのな」
「あ、タダでとは言わないよ。もちろん、私の体を――」
「ふざけんな!」
俺は飲みかけのペットボトルを潰し声を荒げて言ってしまう。
「俺を体目当てのクソ野郎たちと一緒にするな。反吐が出る。俺をそいつらと一緒だと思っているんだったら、いますぐ俺の前から消えてくれ」
長谷部は予想だにしていなかったのか、ただただ驚き戸惑っているようだった。
どんな理由があろうとも、どんな背景があろうと、俺は唾棄すべき最低でクソみたいな対価要求をするほど善悪の境界線が壊れていない。
「お前にどんな事情があるのか知らねぇし興味ねぇ。俺は帰る。好きにしろ」
「……やっぱり橘はいいな」
「はあ?」
「実は元中の男子数人に同じこと言ったの。そしたらさ、みんな目が変わった。橘も。でも、橘のは全然不快じゃない」
「はあ……」
「お願い! 一日だけでもいいから泊めて。お願いします」
長谷部が頭を下げた。あの長谷部が。俺は生まれて初めて長谷部に頭を下げられた。こうなると弱い。
「……はぁ。ちょっと待ってろ」
母親に連絡を入れないと。ラブコメ作品にありがちな家族いません的なことがないので、許可がないとダメだ。ま、どうせ許可が下りるだろうけど。
あっさりと許可を貰うと、すでに雨はやんでいた。長谷部の表情も少しだけ嬉しそうだった。
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