58.橘、最大のピンチ!?

 コラボ当日。俺は櫛引のお家にお邪魔していた。

 彼女の両親は多忙で帰ってくるのは金曜日の夜。


 土日以外は家に帰らないとのこと。

 だから、俺みたいな男を夜に呼べるということだ。


 この字面だけ見ると相瀬を重ねるカップルかもしれないが、今の俺と櫛引はクラスメイトであり配信仲間でもある。


 別の言い方をするならば共犯者だ。

 偽りの兄妹を演じ、リスナーを騙す形で俺は配信に参加して盛り上げる。


 良心の呵責はどうなんだ、という意見があるかもしれないが、櫛引のとっさのアドリブで兄妹設定ができた以上、最後まで付き合わねぇといけない。


 義理人情ではなく、しょうがなく。

 俺にも責任があるからな。


「俺は何をすればいいんだ?」


 コラボ当日まで配信内容について櫛引は教えてくれなかった。


 仕方ないので自分にできる範囲でコラボ相手を調べてみた。来ヶ谷マリリン。彼女についてほとんど情報がなかった。


 自己紹介動画と初配信一時間ほどでは、来ヶ谷マリリンについておおよその部分しか知ることができない。


 どんなコメントに対しても丁寧に応対し、トークも軽快で初配信で千人を集めるほど、上々のスタートを切ったようだ。


 だけど、どこかで見覚えがあるような……。気のせいか。


「橘君は静かに待ってて。マリリンと初コラボの挨拶をして、それから呼ぶから。それまで口チャック。一言でも喋ったら……わかってるよね?」


「りょうかい。そんな脅さなくてもわーってるよ」


 ということで入念な打ち合わせと配信の諸々と準備をしていくうちに、初コラボの時間が迫ってきた。


 そして本番まで残り五秒。四、三、二、一……。


「はーいっ♡ 今日も星宮アズサの配信、はっじめーるよー!♡ みんな、元気にしてた~?」


 初コラボが楽しみと言っていた櫛引。そのため、初っ端から気分上々の様子のアズチー。コメントもアズチーが初コラボするということもあり、いつも以上に盛り上がりコメントの流れも滝のように流れていく。


「今日はね、Vストリーマーとして活動を初めて初めてのコラボ配信! お相手の方はデビューほかほかの来ヶ谷マリリンちゃん! では、お呼びしましょう。マリリーン!!!」


 配信画面にVの姿をしたアズチーが映っているが、彼女の隣にもう一人Vストリーマーが姿を現した。

 彼女こそが今回のコラボ相手、来ヶ谷マリリン。


 アズチーよりも大人っぽいきゃたらくたーデザインをしており、ちょっとばかりアダルトな雰囲気を感じさせる色っぽいキャラクターだ。

 そのせいか、コメント欄は別の意味で盛り上がっていた。


『えっどっっっ』


『えちちw』


『むほほほほ』


 等々のコメントが散見している。

 いや、まあ、気持ちはわからなくはないけど櫛引がドン引きしてるぞ。

 すっごい冷めた目でコメント欄を見ているから気をつけてね!


『皆様初めまして。来ヶ谷マリリンだよー! やっほやっほー。アズサちゃんもよろ~』


「うん! よろしくね~!」


 二人ストリーマー同士のコラボ配信が始まった。

 俺はアズチーと来ヶ谷二人の配信画面をひっそりと同時見しているが、どちらのファンも楽しんでいるようでホッとした。


「これからマリリンと一緒にゲームをしながら色々とお話していこうかな~って、思ってまーっす☆ それじゃあ、準備を始めるから待っててね~」


 配信画面が切り替わり、アズチーとマリリンでゲームのあれこれを設定しながら、準備を進めていく。


 俺の出番はまだまだ先になりそうなので、一人ジュースを飲みながらリラックス。

 まさか、アズチーの初配信に目の前で味わうことができるとは思わず、実は心の中でダンスダンスしている俺だが、引っかかることが一つだけある。


 なんだろうか。嫌な予感というべきか。

 やっぱり来ヶ谷マリリンの声に聞き覚えがあり、背中にいや~な汗がドバドバ出ている。


 まさか、長谷部じゃあ……ないよな?

 いや、きっと他人の空似だろう。なーに敏感になってんだよ、俺。

 来ヶ谷マリリンは人当たりもよさそうだし、しっかりしていそうな性格をしている。


 そんな、気まぐれ強欲モンスターの長谷部のはずがねぇよな。

 そうだそうだ。


「はーい☆ それじゃあ、今日はこのメインクラフトワークをやっていきま~す。のんびり建築しながらマリリンちゃんとおしゃべりしていくね~。マリリンちゃん、今日はよろしくね!」


『よろしくよろしくー! えーっと、早速だけどいいかな?』


「うんうん! なになに~?」


 メインクラフトワークという、全世界で絶大なる人気のあるクラフトゲームだ。

 自分好みの建物や村を作るのもよし、ラスボスをいかに早く倒すかというRTAをするもよし。


 HPがゼロになるとデータが消される、ヘルモードでプレイしながらするもよし。

 友達と一緒にプレイして遊ぶもよし。

 無限の遊び方があるのがこのメインクラフトワークというゲームの特徴だ。


『アズサちゃんのお兄さんって、どんな人かな~? 私ね、アズサちゃんの配信をちょっと見させてもらったけど、お兄さんとってもいいキャラしているよね?』


 来ヶ谷は材料となる木を伐りながら俺こと、アズチーのお兄さんについていきなりぶっこんできた。


「え、うーん……そうかな~? 私は全然、何も思ってないからな~」


『本当に? 一緒に何度もゲームをしているのに?』


 コメント欄がざわつく。

 そりゃあ、女の子二人によるてぇてぇ会話が繰り広げられると思ったら、男の話で盛り上がりそうなのだから。


「み、みんながたち……お兄ちゃんが面白いって言うから、何回か一緒にゲームしただけだって~あはは……」


 おい、櫛引。

 危うく俺の名前を呼びそうになったよな?

 緊張しているのか知らないが気をつけろよ?

 と、横目で注意を促すが櫛引はゲームに熱中しているため俺の目線に気がついていない。


『ふ~ん。そっかそっか~。じゃあ、今度そのお兄さんとコラボ、しちゃおうかな~なんて♡』


「はあ!?」


『私、知ってるよ。アズサちゃんのお兄さんのこと……ねー? そうだよねー。すぐそばで聞いている、お兄さーん? 私とお兄さん。仲いいもんね~』


 ああ、そうだ。

 この何を考えているか一切読み取れない飄々とした態度。

 今まで勘違いだと、そう強く念じて誤魔化していたが来ヶ谷マリリンの正体はあいつで間違いねぇ。


 長谷部乃唖。

 俺の元中でついこの前、再会して俺を取り込もうとした奴だ。


『あれれ~? おかしいな~? コラボ配信にお兄さんも同席しているはずなんだけどな~?』


 マリリンがとぼけたように言っていると、櫛引が自身と俺のマイクをミュートして、隣の俺を睨んできた。


「なに? 知り合い?」


「あ、いや、ただの……元中かもしれん」


「元中だったとしても、橘君に対する態度、ちょっとおかしくない? どういうこと? 説明してくれる?」


「ただの元中なだけだ! あいつは人をからかったりおちょくるのが好きな、変わったやつなんだ。多分……」


 長谷部がなぜVストリーマーになったのか。俺だって知りたい。

 櫛引はまだ疑っているが、すぐにマイクをオンにして配信に戻った。


「お兄ちゃんがマリリンちゃんのこと全然知らないって~」


『あら。とぼけるつもり? 一緒にカラオケ行ったのにな~。マリリン悲しい……』


 コメント欄は俺に対する罵詈雑言、非難轟々の雨あられ。

 こうなってしまうと収拾がつかない。


「へ、へぇ~お兄ちゃんが……」


 あの、なんでそんな殺気丸出しで俺を見るんですか?

 何もしてないですよ。ええ、途中で帰ったから。


『そんなちんちくりんと妹さんではなくて、私のようなおっぱいが大きくて性格もよくてお金のある、来ヶ谷マリリンがよいと思いますけど?』


「はあ!? 誰がちんちくりんですって!!!」


『しっしっし。あら、図星なの~?』


「この……」


「おい。二人ともそこまでに――」


「そんなに言うんだったら白黒ハッキリしましょ! どちらがお兄ちゃんに相応しいか、勝負しましょ!!!」


『あら。魅力的な提案ね』


 ちょっと俺を置いて話を進めるなって……。

 ああ、コメント欄が燃えに燃えてる……どうなっても知らねぇぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る