夏休み編

56.夏休み!

 六月という長い長い一ヶ月が終わった。

 七月は夏休みが始まるということもあり、クラスメイトはどこか浮足立っていた。


 ただ待ってほしい。

 期末テストでもしも悪い点を取り、中間と合わせて悲惨な結果になり、評定が五段階のうちの最下層の一になってしまうと最悪だ。


 夏休み中に二週間ほど補修が行われ、そこで再テストを受けて合格点を取らないといけない。合格点を取れなかった場合、進学が難しくなってしまう。


 といっても俺には無縁の話。

 中間テストはどれも平均点以上をとり、期末テストも万全の状態で挑んだ。


 結果は問題なし。高橋や女性陣もクリアし、晴れて夏休みへ。


 とは言っても、梅雨が終わり本格的な夏が訪れた今、外出するのは命の危険がある。


 うだるような暑さ、ギンギラギンと容赦なく照りつける日差し。

 最高気温三十五度以上の日が続き、天気予報では危険な暑さと言って要警戒するように言っているが、平気で日中を出歩いているのはやめた方がいいと思う。


 他にも熱を吸収し下から攻めるアスファルト。冷房の熱気を放つ室外機。


 人が多く住むような住宅街はまるで地獄のような暑さだった。


 夜になったら涼しくなるだろ? 

 と、主張する人もいるかもしれないがそんなことはない。

 夜になっても二十五度を下回らない日だって珍しくなく、むしろ気温が下がらないせいで寝苦しい夜を過ごすことが日常となっている。


 ヒートアイランド現象のせいらしいが、本当に勘弁してほしい。


 ま、夏休みという学生にのみ許される長期休暇は、家でのんびりクーラーで冷えた部屋の中でのんびりするのが一番。


 外国人でさえ日本の夏はあり得ないくらい暑いという。ジャパニーズ夏を乗り切るには無理をしないのが一番。


 不要不急の外出を避け、水分・塩分補給を欠かさず、適度に冷房をつけて涼む。


 これでいい。こんな暑くて観光シーズンということもあって出歩く人が多い季節に、どこかに出かけるなんて自殺行為に等しい。本当に夏は変わってしまった。




 俺は冷房でキンキンに冷えたリビングでソファで横になりながら本を読んでいる。

 飲み物はもちろん冷えたオレンジジュース。


 うーむ。至高なり。

 朝は早起きしないで済むし、ダラダラと一日過ごしていても両親にガミガミ言われない。


 なぜかって?

 俺は成績優秀。夏は熱中症の危険もあって両親が不要不急の外出をしないように注意してくるからだ。


 学業の方で問題なく成績を残し、学校では一応問題行動なく過ごしている。

 まあ、来年に備えて二週間ほど予備校に体験学習しに行くことになるが。


「ふふ……夏休みは最高だぜ!」


 あぶねぇあぶねぇ。危うく夏休みを小学生と言いそうになった。

 どこの主人公ですかね?


 そんなことはさておき。

 今日も優雅な貴族のような一日を過ごして――


「ん? 櫛引?」


 スマホが先ほどからブーブーとうるさく、無視してもよかったが電話の主が櫛引とわかり少し気が変わる。


「もしもーし。ただ今橘千隼君は夏休みを満喫しておりますでのご対応できませーん。すみませんが夏休みが終わってから連絡してくださいねー。お疲れさまです」


 よしっ。これで向こうから電話がかかってくることがないだ――


「はーい。何度も言ってますけれども橘千隼君はですね、夏休みに入ってましてね。ご対応できませんので。ではでは~」


 よしっ。機内モードにしてっと。

 これで俺の邪魔をする者はいなくなった。

 はっはっは!!!


 と、思っていた自分を殴りたくなるのでした。




「コラボ……だと!?」


 櫛引からの電話から数時間後のこと。

 少し早めの夕飯を終え、俺は自室でゴロゴロと横になってスマホを眺めていた時のことだった。


 もちろん、スマホを見る理由の一位がアズチー関連。

 何か報告や告知がないか。

 配信や動画、ショート動画なども通知が来ていないかこまめにチェックしていた。


 この日もアズチーの公式SNSに更新がないか確認していると、彼女の新しい投稿に俺は息を飲んでしまった。


「星宮アズサがコラボ配信……?! お相手はデビューしたばかりの新人Vストリーマーだって!?!」


 これはあまりにも衝撃的なニュースだった。

 俺はすぐさま櫛引に電話。

 ワンコールで電話に出た櫛引は社畜の才能があるよ!


「もしもし櫛引か。どういうことなんだ!? アズチーがコラボって、俺には何が何だか……」


『そのことについてあんたに相談しようと思っていたのに、やれ夏休みに入っているだの、受付は夏休みが終わってからって言ったのは、どこのどいつかな~?』


 電話越しでもわかるほど櫛引がカンカンに怒っているのだけはわかった。

 俺のせいなんだけど、今はそれどころじゃない。


「悪い。あの時の俺は夏休みという呪いにかかったバカな学生だったんだ。今はその呪縛を振り払い、夏休みという名の堕落から自ら抗い、抵抗し、抜けだすことができたんだ!!!」


『あ、うん。そういうのいいから』


「はい……すみませんでした……」


『他に言うことあるでしょ?』


「あ、はい。なんでもするんで……許してちょんまげ」


『……ねえ、私を怒らせたいのかな~? そういうことだよね~?』


「ち、違うんです! ちょっと空気の循環が悪かったんで親父ギャグを一つまみして……」


『はあ……私の言うことを聞いてくれたら不問にする。だけど、断ったら……わかるよね~?』


「もちろんですとも!」


「それじゃあ、明日私の家に来て。コラボの件で相談したいことがあるから」

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