54.映画鑑賞で……
買い物を楽しんでいると例の映画の上映時間が近づいていく。
俺たちは遅れないように映画館に向かった。
柊は都内のここの映画館によく足を運ぶらしく、理由は聞かずともわかる。
ここの映画館は通常であれば劇場公開されないB級映画をよく上映するらしい。
本日は『サメVS侍and忍者andカウボーイ』という欲張りセット満載の映画を観るために来た。柊は鼻息荒くこの映画を楽しみにしているが、俺のようなB級映画に対していい印象を持っていない一般人からすると不安でしかない。
これに二千円の価値があるのだろうか。もし、内容が形容しがたいものであったらどうしようとか。
「橘君! ついにこの時が来たね!」
「あ、ああ……」
この落差よ。柊はポップコーンにジュース。更にはポスターや限定アクリルキーホルダーまで買っていた。準備万端っすね。
俺は飲み物くらいで申し訳なく思ってきた。なぜなんだろうか。
客席は五十にも満たない小さな劇場だ。
俺たちと同じく物好きなお客さんがちらほらと見受けられる。
柊が買った座席は一番後ろの真ん中。
なるほど。小さい劇場だからこそ一番後ろの真ん中が見やすいということか。
「橘君! ちゃんと上映前にトイレを済ませないとダメですからね!」
「あ、うん。大丈夫。柊こそ、ちゃんとトイレにいっといれ」
「はい! あっ……ぷぷっ」
柊は他のお客さんの迷惑にならないように笑い声を殺し、ドタバタと足を踏んだ。
こんな初歩中のギャグで大笑いしてくれるとこっちも嬉しくなる。
「柊はこれから観る映画、すっごく楽しみにしていたんだろ? この映画を観るまではシネマせん、ってな」
「えー……あーっ! そういうことですか!」
柊は小さくぺちぺちと手を叩いて喜んでくれた。
んーなんだろうな。この接待している感は。
「おっと、始まるみたいだな」
劇場の照明が落とされて暗くなり、スクリーンにCMやら新作の予告映像が流れ始めた。ここまでは至って普通であり、本当にこれからあのB級満載の映画が始まるとは思えない。
それから十分ほどして、CMやら予告に一区切りがつくと、本編がスタートした。
ハッキリ言おう。すっげぇチープだった。
そりゃあ、B級映画なんだからわかってはいたが、俺の知っているB級よりも遥かにお金がかかっていないとわかるスタートだった。
物語の始まりはどこかのビーチ。多くの人が海で遊んでいる風景が映し出された。
まあ、サメの名がつく映画なだけあって、オーソドックスなスタート。
このまま水着の女性がサメにぺろりんちょされる……と、思ったらなぜか唐突に出てきた忍者と侍。
大勢の人たちがいる前で剣とクナイで戦い始めて周囲は混乱。
なぜこのような始まりになったのか、監督や脚本家に問いかけたくなる気持ちを答えながら映画に集中する。
そして、当然ながら騒ぎを聞きつけた警察官たちがなぜかマシンガンやライフルで忍者と侍に向けて発砲。
忍者と侍は銃撃から逃れるために森の中へ行くのだった。
ちょっと待て。舞台は多分日本のはずだけど、日本の警察がそんな武装しているはずがないというツッコミはナシだ。
両者がなぜこんな場所を選んだのかわからない。
作り物感がすごい衣装を着てチャンバラを繰り広げる。
俺は一瞬、目の前で上映している映画を間違えたと思った。
なんか……
「えいやー!⤴」
「とりゃー⤵」
キャストの方は日本の方なんだろうが、全然知らない役者さんだし演技が大根過ぎて唖然としてしまった。
動きも素人同然。まったく忍者と侍ではない。
そんな茶番のような戦いが数十分続き、なぜか場所移動をすることになった。
まあ、うん。
雑草とか枝木のせいで何しているかわかんなかったもんね……。
忍者と侍が開けた場所に立ち止まった。
二人はまた剣を交えて戦い、虚無の時間だけが過ぎていく。
しばらくして、パカラパカラ!
という軽快な音と共に馬に乗ったカウボーイが現れた。
俺のイメージでは車と同じスピードでやってきて、馬を手足のように操って忍者と侍の仲裁に入ると思った。そうイメージができていた。
しかし、実際のシーンはと言うと。
のろのろと歩く馬に跨った、小太りのカウボーイが現れ、馬から降りるのに苦戦してしまい尻から転倒。
お尻を強打して悶絶したカウボーイはしばらく動けず。
その間に忍者と侍は戦いを続ける、という謎のシーンが続いた。
『待てい⤴!!!』
やっと立ち上がった小太りカウボーイは流暢かつ、イントネーションが独特で思わずくすっと笑ってしまった。
太っちょカウボーイ(外国人)が忍者と侍の戦いの仲裁に入るが、運悪く二人の武器がカウボーイを貫いた。
あまりの衝撃的な展開に俺は目を疑った。
これでカウボーイが死亡……しなかった。
カウボーイの厚い脂肪によって致命傷にならず、忍者と侍を力づくで抑え込んでしまった。なんなんだよ、これ。
戦いが強引な形で終わり、カウボーイが忍者と侍になぜ戦っていたのか問うた。
二人曰く、将軍徳田国光に忠誠を誓う侍の織田野と秘密結社徳田暗殺部隊の隊長の忍者、豊田が将軍を巡って戦っていたとのことらしい。
つまり、将軍側の侍の織田野が将軍徳田の暗殺を目論む忍者の豊田の戦いらしい。
まあ、うん。会話を聞いていると千人規模で戦争状態になっていると言っているが、二人しか戦っていない理由は明かされず。
きっと予算が足りずにド派手な合戦を描けなかったんだろう。
B級の涙ぐましい努力に俺は米粒程度の感動を覚えた。
というか時代設定バラバラ過ぎんだろ!
物語冒頭は明らかに現代日本だったし。スマホ弄っている人わんさか映っていたんだが。
と、思ったら徳田将軍とか織田野に豊田とか。完全に戦国時代じゃねーか!
どうなってんだよ、これ……意味わかんねぇよ。
ちなみにカウボーイはアメリカから派遣された、特使のような存在らしい。
そんな三人が揃ったら、これからどうなるのか皆さんもお分かりのことだろう。
時空を切り裂き(超低予算のCGで)空飛ぶ神々しいサメやなぜか斧や剣を武装したサメたちが現れ、なぜかこのジパングを支配すると宣言。
いや、サメが喋るんかい!
という細かいツッコミはナッシングだ。
サメというのは頭が複数あったり、家の中でサメが出てくる映画なんてものがある時点で、もうなんでもありなのだ。
謎のサメ集団の支配なんぞゆるさん。忍者と侍とカウボーイが手を組み戦うが、その圧倒的なまでのサメの必殺技『波動瞬獄爆風烈火鬼人斬』によって三人は撃墜されてしまう。
なんなんだよ、その中二病がカッコいいと思った単語をただ羅列してくっつけたような名前の必殺技は……。
そして、サメによってジパングは支配され、サメのために人間は食料にになってしまう。このままでは世界が終わる。
三人は当初、対立し合い喧嘩も絶えなかったが、ジパング並びに世界を救うということで一致団結。
そして、摩訶不思議な友情パワーと共に魔法少女になった忍者と侍とカウボーイ。
某プリなんとかを彷彿とさせる魔法少女になった忍者と侍とカウボーイ。
もうここまできたら笑いを通り越して楽しくなってきた!
サメを続々と打倒していき、最後はフォーエバー・ラブ・サンシャイン・ギガントアタックでボスを打ち滅ぼして終了。
ツッコミどころ満載の映画が終わり、エンドロールが流れた。
俺は情報の処理が追い付かず、頭がショート寸前だったが隣に座る柊は満足そうな顔をしていた。
「楽しかったですね!」
エンドロールが終わり、証明がつくとニコニコとした柊が感想を言った。
「まあ…………うん。やばかったな。色々と」
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