53.柊とデート
曇り空の土曜日。雨は降らないとの予報だが、念のために折り畳み傘を携帯し待ち合わせの場所まで電車に揺られていた。
本日は晴れていないこともあり肌寒いと思わせて、湿度があるせいで少し動くだけで暑くなる。梅雨の嫌なところが出ている一日だが、今日は運動をするために外出しているわけじゃないので我慢だ。
都内某所。駅を降りると多くの人で行き交い、外国人観光客の姿がちらほらと見える。待ち合わせ場所は駅を出てすぐのコンビニ。
相手方はまだ来ていないようだ。待ち合わせ時間まで十五分前に到着したのでここで時間を潰そう。俺はコンビニに入って涼みながら相手を待った。
それから十分が経過し、駅からある人物が出てくるのが見えて俺はコンビニを出た。
相手はこちらに気づき、申し訳なさそうに小走りで近づいてきた。
「す、すみません……待たせちゃいましたか?」
「全然。むしろ、ぎゅうぎゅうの満員電車から解放されて涼むことができたところだ」
「それならいいんですけど……」
柊はペコペコと頭を下げながら眉がハの字になる。
全然気にしなくていいのになぁ。
「そんでだ。これからどこに行くんだ?」
「あ、はい。まずはディスティーノ・ショップに行く予定です」
「ディスティーノ・ショップ?」
説明しよう!
ディスティーノ・ショップとは、世界的に有名なディスティーノというエンタメ会社の公式ショップのことだ。
千葉県にあるのに東京ディスティーノ・ランドと呼ばれているテーマパークがあったり、映画やその他諸々で有名だ。
ディスティーノの公式ショップは都内に数店舗しか存在せず、柊はここでお買い物がしたいようだ。
ビルの一角に公式ショップがあり、俺と柊はエスカレーターで五階に上がるとすでに多くの人がショップを支配していた。
「わ~! 橘君! 早く行きましょう!」
柊はピョンピョンとその場で小さくジャンプして大喜び。
彼女は俺の手を取ってショップへ引っ張っていく。
柊と話すことも増えてわかったが、彼女の決して大人しい子というわけではない。
興味のあるディスティーノだったり、B級映画の話になると向日葵のように明るくなり、いつもよりも饒舌になる。
ただ、自分に自信がないだけで柊は明るく素直な子なんだ。
だからと言って、俺の手を取ってショップの中に特攻を仕掛けるのは予想外だったが。
こんな積極的で不意打ちをしてくるような、小悪魔的な子だとは思わなかった。
やべぇな。手汗のせいで手が冷たくなってるけど大丈夫かな?
「橘君! 橘君! これ見てください!」
柊は人をかきわけて進んでいき、あるコーナーに止まってそこを指差した。
俺はなんだろうと思って見ると、ディスティーノで一番有名で人気のあるキャラクターである、羊のメーさんの各種グッズが陳列されていた。
ぬいぐるみにキーホルダー。ボールペンにメモ帳等々。
バラエティー豊かに揃っているところを見るに、羊のメーさんの人気が高いことをうかがわせる。
ディスティーノは数作品のアニメ映画しか見たことがないが、俺ですら羊のメーさんは知っているし好きなキャラクターの一人だ。
「へ~。こんなに売ってるもんなんだなぁ。ここに来なくても売っていそうだけど違うのか?」
「違いますよ! ここは公式ショップですから、他では買えないようなものがいっぱいあります! 限定品も数多くありますから、ディスティーノファンの方は必見です!」
「そうなんだ。例えば限定品ってどんなものがあるんだ?」
「はい! このマグカップはここでしか買えませんね! 他にもこのぬいぐるみはショップ限定です! ネットでも買えませんからここに来るしかないんです!」
柊がぬいぐるみの一つを手に取って俺に見せてくれた。
羊のメーさんのぬいぐるみであることに間違いないが、これがショップ限定品なのか。
普通に売っていそうな羊のメーさんぬいぐるみだが、大ファンの柊が言うんだったら間違いないないんだろう。俺は値札を見て言葉を失ってしまう。
「二万円か……まあ、これくらいするもんか」
「そうですね! 私はすでに持っているので!」
「お、おう。そうか」
「折角ですから橘君も何か買っていきましょうよ! 映画まで時間がありますから!」
柊の屈託のないキラキラとした目で言われて、ノーと言えない。
俺は彼女の勢いそのままにグッズを購入する流れになった。
まあ、一つくらいだったら別にいいしな。
「おすすめはあるのか?」
「おすすめは……そうですね。橘君が実用的なものか、それとも観賞用にするかによりますね!」
本格的なアドバイスだった。
「あー……そうだな。家で使えるものとか? あまり予算的に余裕もねぇから高くないものがいいな」
「なるほど。そうですね……これはどうでしょうか?!」
羊のメーさんの可愛らしいメモ帳を手渡された。
まあ、うん。実用的だし洒落ているのもいいけど、メモ帳いっぱい持ってるんだよな。
百均でついつい買っちゃって余らせてしまう。
たまに行く百均ってついつい買いすぎちゃったり、時間を忘れてあれこれ見てしまう。あるあるだよね!
「メモ帳は未開封のものが沢山あるからいいかな。他は?」
「これはどうです? 羊のメーさんの孫の手!」
「あ、や。俺はおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に住んでないし、うちの両親と仲悪いから」
「あ……すみません!」
「気にすんな。孫の手は却下」
「すみません……えっと、これはどうでしょうか?」
「ふむ。鷹のタカさんのボールペンか。日常使いにできそうだから買ってもいいかな。というか、柊。そろそろ手を離してくれると助かる」
「え、あっ!?!」
柊は勢いよく手を離して、顔を真っ赤にして下を向いて縮こまってしまう。
まあ、傍から見たら休日にディスティーノショップに来ている、カップルのように映っただろうし、柊も無意識のうちで手を握っていたころだろう。
いや、まあ。言うて俺の心臓も爆発寸前だったけど、恥ずかしいから口にしない!
「あー、なんだ。気にするんな。柊はアレだろ。好きなディスティーノの公式ショップに来てテンションが上がりまくって、無意識のうちにやってたんだろ。それだったら、別に。な」
「は……はい。すみません、すみません……」
「謝らなくていいって。ほら、俺はこのボールペンにするけど、柊はどうするんだ?」
「わ、わたしゅ……わたしゅ……は……えっと…………」
すっかり柊の調子がおかしくなってしまっていた。
視線が定まらないし、さっきから噛み噛みで湯気がたっているし。
「柊」
俺はすっかりと自分を見失っている柊の頭に手を置いて、優しくポンポンしてあげた。本当はこんなラブコメ漫画の主人公みたいなこと、したくねぇし高橋の役目だが、混乱している柊を落ち着かせるのはこれしかない。
「俺は全然怒ってないし、柊が俺の手をずっと握っていたことに負い目を感じる必要なねぇよ。俺だって、アズチーのライブがあったら柊をお姫様抱っこして会場に向かう自信があるからな!」
「お姫様抱っこは嫌です……! 目立っちゃいますよ……!」
「冗談だ。ま、折角買い物にも映画を観に来たんだ。楽しくいこうぜ!」
「……はい!」
はぁ……。
キャラにないことをしたせいですっげぇ疲れた。
柊が元気を取り戻してくれたからいいのか?
まだ顔が赤いままだけど、人が多くて暑いのか?
あとで冷たい飲み物でも買って渡してやらねぇとな。
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