52.お出かけ

 梅雨はどこに行ったんですか?

 そんなことを天気に直接問いたい。


 梅雨といったら一年で一番降水量が多く、スッキリしない天気が続くはず。というか、俺の中でそんなイメージ。


 だが、今年は常軌を逸脱した暑さに加え、一足先に夏が来てしまったようなギラギラと肌を刺すような日差し。


 先週はちょこちょこ雨が降ったが、今週から晴れの日が多くニュースで貯水量がやばい、とキャスターが言っているのを見かける。


 梅雨の時期に貯水量が危機的状況って、本当におかしい気候になったと実感してしまう。最近は春と秋が無くなった、と言われているが梅雨までも無くなってしまったのか。


 はあ……どうなってんだよ本当に。

 そんな真夏のような暑さとなった六月中旬。あまりの暑さにグロッキー状態になっている俺の肩に優しくちょこんと突く人が。


「ん? 柊か」


「あ……はい」


 柊は照れながら小さく手を振ってきた。

 その小動物のような仕草に俺は少しだけ暑さを忘れた気がして癒やされた。


「やっぱり柊は癒やされるなぁ。俺に罵詈雑言浴びせないし、自宅に凸してくることもないし」


「え? ありがとう……ございます?」


「いや。俺の独り言だ。気にしないでくれ。それで何か用か?」


 お昼の時間。各々が好きなように過ごしている時、俺は一人机で項垂れていた。

 そんな腐った死体のようになっている俺に柊は一体なんの用が?


 やっべl、めっちゃ汗かいたから匂い大丈夫かな?

 臭くない……はず。柊が嫌な顔してないからいいよね!


「あ、あの。た、た、た、たちばなな……橘くんにお願いがありまして……」


「飲み会の持ちネタにできそうだな。たちバナナ! 絶対にスベるだろうけど。で、お願いって?」


「は、はい……! あの、今度の休日、暇でしょうか?」


 柊はスカートをギュッと握り締め、目があちらこちらに踊っている。

 彼女なりに勇気を出して言ったのだろう。


「わりぃな。次の休日は外出しないって決めてるんだ」


「そ、そうですか……」


 落ち込む子犬のようにシュン、となってしまう柊。

 なんだろうな。心がえぐられるほどの衝撃が走った気がする。


「あ、や。ちょっとっくらいだったら、な。全然」


「本当ですか……?」


「あ、ああ」


 俺は嫌な顔しないように一所懸命笑顔を浮かべて言った。

 やっべぇ。あまり笑わないせいで顔中の筋肉が悲鳴を上げている。


「あの、少しお付き合いしてほしいんです……」


「そっか。俺以外はどうなんだ? 高橋とか綾瀬とか櫛引だっているじゃないか」


「い、いえ。あの、その、橘君と二人が……いいです!」


 柊はつま先立ちになって俺に押し寄せてきた。

 俺は背中を少し逸らせるが、柊のほんわりとしたシャンプーの匂いが心地よい。


「そうか。二人ね。うん。それで……なにをするの?」


「は、はい。えっと、まずは……買い物。それからご飯を食べて……映画を観たいです」


「映画?」


 この中途半端な時期に公開されている映画におすすめがあったか?

 春休みやゴールデンウィークに結構な大作やシリーズ物のアニメ映画が公開されていたけど、今はどうだろうか。


 うーん……。

 あのアニメ映画は流石に公開終了したしなぁ。真実はうんたらかんたらの。

 子供が麻酔持ってるって、冷静に考えるとすごい世界観だよなぁ。薬事法とは。


「なんか良さげな映画やってたっけ?」


「はい! 都内の方でやってる、『サメVS侍and忍者andカウボーイ!』がやっているんです!」


「さ、サメ? え??」


 柊は喰いつくように映画のタイトルを言ったが、俺の頭がおかしくなければとんでもないタイトルをしているような。

 なにその、タイトルだけでB級ってわかるやばさに加えて、聞いただけでお腹いっぱいになりそうなほど情報が渋滞してしまっている。


「もう一度いいか?」


「はい! 『サメVS侍and忍者andカウボーイ!』です!」


 柊は目を輝かせ、少しだけよだれを垂らしながらハキハキとした口調で答えてくれた。


「絶対にB級映画じゃねーか! 下手したらZ級の可能性も……」


「そ、そうなんです……! なぜサメと侍と忍者とカウボーイ、という本来であれば交わることのない要素がミックスされ、映画化されたんですから! これはもう見ないと損です!」


 いつにもなく声が出ていて饒舌になっている。

 ああ、柊はB級映画が好きなんだな、と瞬時に理解した。


「ちなみになんだが、あらすじってどんなもんなんだ?」


「はい! あらすじは侍と忍者が対立し、それを仲裁するためにカウボーイがやってくるんですが、そこに突如として別次元からサメが襲撃してきて――」


「やばい! ちょっと面白そうなのが腹立つ!!!」


 俺は机をダン、と叩いて悔しがった。

 B級映画というのは、大半は「なんだこれ……」と開いた口が閉じないようなストーリーや低予算丸出しのVG映像が目立つが、柊が言ってくれたあらすじのように気になってしまうものもある。


 なんでサメと侍と忍者とカウボーイが出てくるんだよ!

 というツッコミ満載だが、なぜか内容に期待してしまうという。

 B級映画のいいところであり憎めないということだ。


 ただ一つ言えることは、期待以上の作品ではないということ。

 これはB級映画好きではないと楽しめず、理解もできない世界。


 きっと俺が観に行けば、あまりのおかしさに笑うか映画が終わるまで真顔でいるかもしれない。

 これは博打だ。ただの博打ではない。


「だ、ダメでしょうか……」


「くっ……わかった! 俺も行く。ただし! 映画のあらすじはそれ以上伝えないでくれ。本編は劇場で楽しむことにするからな!」


「は、はい!」


 ああ、俺のお金が……。

 柊の笑顔のため、そのサメと侍と忍者とカウボーイのために。


 絶対につまらないかコメディに振り切ってるやつじゃん……。

 ここは俺も覚悟を決めて観に行くしかない。


 はぁ……なんでよりによって俺なんだよ。

 櫛引とか、絶対に劇場で寝ちゃうだろうが。

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