51.翻弄される橘

 カラオケボックスを後にした俺はそのまま帰宅することもできたが、長谷部が少し話したいと駄々をこねたので近くの公園に来ていた。


 休日ということもあって子供たちが追いかけっこしたり、遊具で遊んでいる。

 俺と長谷部は公園の端にあるベンチに腰掛け、何か話すこともなくボーっと時間だけが過ぎて行った。


 てっきり長谷部の方から何か話しかけてくると思ったが、向こうからそういったことは感じられず。


 意味がわからない。俺は帰って自堕落に睡眠を貪りたい。


「なあ。話すことがないんだったら帰っていいか?」


「ダメ」


「はあ? じゃあ、話があるんだったら言ってくれよ。時間の無駄だ」


「うん。後で」


「……あのな。お前の気まぐれに付き合うのは疲れた。なんで今日、俺をカラオケに誘ったんだ? 目的はなんだ? ただ俺を呼び出すだけの口実なのか?」


 他にも聞きたいことは山ほどある。

 いくら偶然とはいえ、本屋で再会してから俺に絡んでくるのか。

 つーか、なんで俺の家知ってるんだよ。あれか。裏で住所が流通しているとか?


「んー? 橘って昔、私に告白したことあるでしょ? 憶えてる?」


 まさか向こうからその話題を持ち出してくるとは思わず、俺は目が泳いでしまった。


「あー……キオクニナイデス……」


 製造から五十年以上経過した錆びまみれのロボットのようになってしまう。

 外は暑いから汗が止まらないやーあはは……。


「あっはっは! 憶えてるじゃん! ねー。あの大人しい橘が急に告白するものだから私驚いちゃったよー。全然、君に興味なかったから断ったけど、今だったら考えちゃうな~」


「えっ。それって……」


 俺は唾を飲みこんだ。


「オーケー……するわけないじゃーん。あははははっ!」


 膝をパンパンと叩いて嬉々として笑う長谷部。


「だと思ったよ。はいはい。俺はアレだ。『橘くんって~いい人だと思うよ? 掃除当番サボらないしー、授業だって真面目に受けているでしょ? でも、いい人以上になれないかな~ごめんね?』という、モテない男に共通する言い訳をされてフラれるのがオチだ。いい人。つまり他に褒めるところがないということ。いい人は言葉によっては退屈だとか刺激がないという風に見られる。本当に世の中は理不尽だ」


「それって橘の実体験? ウケるんだけど。本に書いて出せば売れるんじゃないかな? 非モテ男の回顧録ってタイトルで」 


「ふっ。照れるな。こう見えて俺はいい奴なんでね」


「普通に自分で言う? やっぱり橘って面白いな~」


 長谷部は足をバタバタと動かしてまた笑う。


「橘って中学の時に比べて変わったよね」


 少しドキッとすることを言われ、俺は思わず声が出てしまった。

 長谷部の綺麗な目が俺の目を通して何かを見つめているようだった。


「昔の橘って、すーーーーーーっごい変わり者だったじゃん? 誰とも関わるつもりがないと言っておきながら、私に告白するし。私が声をかけたら声が裏返って、挙動不審になったり」


「何が言いたいんだ?」


「その橘君はどうやって莉子を手懐けたの? 私が一年かけても心を開かなかった莉子に、君はどうやってハートをアンロックしたのさ」


「はあ?」


 長谷部は架空の鍵を手にして伸ばして手首を捻った。


「言ってる意味がわからねぇよ」


「だーかーら。私は誰とでも仲良くできるの。オタクくんでもヤンキーくんでも、なんでも。だけど、一人だけ打ち解けず私の目の前からいなくなった子がいた。それが綾瀬莉子。そのリコリコは今、なぜか橘君と仲がいい。もちろん、莉子の性格が丸くなったことも関わっているかもしれないけど。本屋さんで見ちゃったよ。莉子があんな楽しそうに誰かと話しているの。正直、嫉妬しちゃった」


 長谷部不敵な笑みでこちらを見定めるように首を傾げる。

 俺に言われても……わからないものはわからない。


「わからねぇよ、そんなこと。俺と綾瀬に何の接点もなかったし、高校になって話すようになっただけだ」


「うーん。嘘はついてない。じゃあさー、莉子ー? そこにいるんでしょ? 教えてよ、ね?」


 長谷部がくるりと振り返り、意地悪そうに声をかけると自販機の影から綾瀬が出てきた。距離にして五メートルあるかないか。この距離では会話を聞いていたのだろう。  


「なんのことか、私にもさっぱりわからない」


「え~二人揃って否定するの~? 共謀しているんでしょ~? ねーねーリコリコ。君はどんな魔法を受けたのかな?」


「言ったでしょ。私にもわからないって」


「………………はあーあ。そっかー。なるほどね~」


 長谷部は何度も頷き、つまらない顔をしていたが次第に興味津々な子供のような無邪気なものに変わっていった。


「そっかそっかー。お姫様はすでに魔法の虜になっちゃったんだね。それなら合点いくな~。恋は人を変えるって。ね」


 人差し指を唇に当て、ブツブツと独り言を並べていく。

 長谷部はスッと立ち上がって俺の前に立ち、挑発的な目で俺に向けて手を差し伸べてきた。


「うん! やっぱり君は面白いね! あはっ! なーんでこんな美味しい餌が近くにあったのに気づかなかったのかな? ねーねー、橘。私と付き合ってみる?」


 いきなりの告白に俺と綾瀬は目を見開いて驚いただろう。

 長谷部はイエスかノーの二択を突きつけてきた。

 きっと答えはその手を取るか取らないか。


「い、いきなり何を言って――」


「しーっ! 莉子は黙って。君はギャラリーだ。演者ではないお客さんは静かに劇を見るものだよ?」


「ふざけないで!」


「ふざけてないよー? 莉子は他人の告白を邪魔するつもりなの? それってさ、どうかと思うよー? 部外者は黙って事の経過を見守ればいいじゃん。君に妨害される筋合いはないよ。しっしっし」


「……」


「それで……橘の答えは?」


 綾瀬は痛む胸をギュッと抑え、長谷部はいたずらっ子のような笑みを携えて問うた。


「答えは――ノーだ」


 俺は目の前で手を待っている長谷部の手を振り払い、俺はベンチから立ち上がった。


「えーなんでさー。こんな美少女でおっぱいだって大きい。私の家ってお金持ちだし優良物件だよー? そんな宝石を自らの手で逃すってこと?」


 自分の容姿がすぐれ、実家がお金持ちであると眉をひそめてアピールする長谷部。

 胸が大きいのは初耳だが、そんな自分アピールに俺は動じることなく言った。


「ああ。昔は俺に優しく声をかけてくれるから勘違いして好きになっただけで、今は好きじゃねぇ。わりぃな」


「それだけ?!」


「ああ。俺はな、あの三馬鹿や女を道具のようにしか見ていない、そんな男と平然と仲良くできるお前が嫌いだ。同類と思われたくないし、何よりも反吐が出る。だからもう、俺に関わんな。じゃあな」


「え、ええ!?」


「聞こえなかったのか? 嫌い。お前が嫌い。長谷部が嫌い。長谷部乃唖という元中が大っ嫌いだ。第一、なんだよ、魔法って。ファンタジー作品の読み過ぎか? 現実と創作の区別をしっかりつけないとやべぇぞ。それに自分で美人だとかおっぱいがデカいとか。そんな薄っぺらいものを自慢してアピールして虚しいだけじゃねぇか。今の俺はアズチーと自分の趣味と、あいつらでもう事足りてんだ」


 俺は綾瀬の方を見た。

 他にも高橋や櫛引、柊やあのなんとかさん。バスケ部の加藤らの顔が浮かんできた。


「だ、誰? アズチーって?」


「アズチー。彼女の愛称さ。活動名、星宮アズサ。この世で一番可愛くて面白い子さ。長谷部には彼女の良さと素晴らしさを理解することは難しいだろうな。彼女は俺の光であり、支えとなる大事な人だ。綾瀬、帰ろうぜ」


「あ、え? いいの?」


「いいんだよ。おい、長谷部」


「……」


「俺はアズチー一筋。悪いけど俺はお前と付き合えない。意味わかんねぇこと言って、急に付き合おうって言ってくる気分屋と付き合える人なんて限られてくるだろ。じゃあな」


「ちょっと、橘君!? あの……長谷部さん、お元気で」


 長谷部は俺の言葉が上手く整理できなかったのか、しばらくの間公園のベンチ前で佇むのだった。

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