50.居心地の悪いカラオケ

 俺は長谷部に付いていき、俺たちの地元で行きつけのカラオケボックスにやって来た。ここで大人数でカラオケを楽しむとのこと。


 綾瀬を一人にさせるのはまずいと判断したのは俺だが、会わせたくない奴ばかりで憂鬱だ。みんなが俺のことを忘れてくれているか、もしくは幽霊のようにいない存在として扱ってくれたら気が楽で済むが。


「どうしたの~? そんなにみんなと会うの楽しみなの?」


「全然。むしろ向こうが俺を見てフリーズするんじゃないか。うっわ……なんであいつが来てんだよ。テンション下がるわ~って言う確率が高い」


「そこまで卑下するかな? しっしっし。橘らしいか」


 長谷部さん。そんな強く背中叩かないでください。

 緑色の仮面を被った主人公みたいに目玉が飛び出ちゃうんで。

 あの映画面白いんだよな……。


「あ、おーい! みーんなーひっさしぶり~!!!」


 あーあ。ついにこの時が来てしまった。

 カラオケボックスの前で待っていた何人もの見知った男女。

 長谷部は彼らに手を振って小走りで近づき、早速何かの話題で盛り上がっている。


 あいつのコミュ力の高さは異常だ。

 俺なんか、元中と人たちと十メートルほど距離を置いて一人で群れからはぐれている。

 一匹狼なんで。すんません。


「ちょっとちょっとー。橘はなーに一人で黄昏てんのさー。ほらこっちこっち!」


 俺は空を見上げながら、近年の異常気象について今後どう対策していけばいいか、そんな真面目なことを考えていると、長谷部に無理やり群れの中に混ぜられてしまう。


 橘千隼、という異物が混入した結果、新しい化学反応が起きてしまう。

 それまでワイワイと旧友との再会で喜び、近状報告で盛り上がっていた面々が白けた顔つきで俺を見ている。


 なんでお前がここにいるの?

 そんなことが顔に書いてあるようだった。

 俺だって好きでここにいるんじゃねーよ。つーか、長谷部だけ笑っているところを見るとわざとやったな。


 クスクスと笑いを堪えているし、何よりも俺を混入させてから一歩引いてるし。

 はあ……綾瀬の件がなければ絶対に来ていなかったのにな。


 それから、綾瀬と三馬鹿たちが合流してカラオケボックスに入っていくのだった。

 ああ、地獄の始まりだ。どうなっても知らねーぞ。




 大方の予想通り、カラオケはこの世のものとは思えない地獄絵図となってしまった。


 元中という狭いコミュニティで彼らはデカい顔をし、更には自分が指揮者のように振る舞っている。


 あの有名な三馬鹿が勢揃いしたということもあり、折角のカラオケが台無し。


 言葉を失うほどの悪ノリの嵐。元中のドリンクを勝手に飲んだり、三馬鹿のうちの一人が誰かのコップに様々なドリンクを混ぜ合わせて、まずいドリンクを作って無理やり飲ませたり。


 三馬鹿のせいでここに来た面々は苦笑いを通り越して、空笑いしてしまっている。

 何が面白いのか理解できないし、被害にあっている元中の子が可哀想だ。


 更に最悪なことに案内された部屋が想像以上に狭く、満員電車のぎゅうぎゅう詰めで座らなくてはいけない。


 俺はなるべく出入りができるようにドア付近に陣取り、その隣に綾瀬が座っている。わかってはいたが、やはり俺に向けられる目は厳しいものばかり。


 だけど、カラオケが始まれば俺をいないものとして扱えば、彼らは歌ってはしゃいで大盛り上がり。あ、三馬鹿がマイクとデンモクを占拠しているので、実質彼らのコンサートになっていることを除けば。


 それに取り残される俺と綾瀬。


 綾瀬は彼らと一年ほどしか一緒におらず、当時は荒れていたこともあり親しい友人がいなかったとか。俺の仲間じゃん!


 と言ったら綾瀬にドスの利いた眼光を向けられて、ヤンキーの片鱗がチラついてしまったのですぐに撤回し謝罪。


「ねーねー盛り上がってる~?」


 他の部屋からやって来た長谷部に声をかけられた。

 彼女は別室でエンジョイしたのか、額に汗を浮かべている。


「まあ、見たまんまじゃねぇのか?」


「確かに! ずーっとあの三人がマイクを独占してるから、周りの人が全然歌えてないからね!」


「おいおい。あいつらに聞こえたらどうすんだよ……」


 三馬鹿がずっとマイクを回して、ずーっと歌っていることに何も指摘しないで地蔵のように時間が過ぎていくのを待っていたのに。


 長谷部は何も忖度せずにズバズバ言うところに危うさを禁じ得ないが。

 誰に対しても媚びない。忖度しない。自分の知的好奇心を優先する。

 それが長谷部のいい所かもしれないが、綱渡りのような危うさがあることは確かだ。


「リコリコは~? 楽しい?」


「ノーコメントで」


「えーつまんなーい。橘は? カラオケに来たのに歌えない。お金と時間だけを溶かす休日のお味は如何ですか?」


「間違ってねぇけどさ……。まあ、大学生の飲み会ってこんな感じか、と先に体験できたと思えば安いんじゃねぇか。絶対に飲み会なんて行かないと決断できた。知らんけど」


「おお! その視点はなかったな~流石橘。ひねくれ具合だけでいったら、体操選手顔負けのひねりにひねって空間を捻じ曲げるだけあるねー」


「おう。床と鉄棒の成績だけ言えば世界レベルだ。で、本音はクソつまんないとだけ言っておく」


「二人とも容赦ないのね……」


 綾瀬は痛む頭を手で押さえて溜息をつく。

 俺だって頭いてぇよ。あいつらの歌下手くそだし、さっきからギャーギャー高音を出して騒いでいるだけだし。


「だよね。じゃあ、私帰ろうかな。ここにいても時間の無駄だし」


「はあ? まだ三十分くらいしか経ってないけどいいのか?」


「うん。だって、下心を隠そうともしないで私と話してくる人ばっかりだし。あの三人だって私が来てから上半身裸になったりして変なアピールしてるからね~。あんなブヨブヨの体のどこに自信があるんだろうね!」


「……」


「私は帰るよ。お代は北浜くんに渡せばいいから。そんじゃまったね~」


「俺も帰る」


「え? ちょ、二人とも!」


 俺と長谷部はお代を北浜に手渡しし、カラオケボックスを後にするのだった。

 長谷部の言動に振り回されてばかりで後手後手になっているが、今回ばかりは問いたださないと。

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