36.ふ~ん
さてと。『大好きはやめられない!』のサブキャラである、俺こと橘の新たな仕事が舞い込んできた。
正確にはヒロインの頼みなんだけど、細かいことは気にするな。
昔、どこかの芸人が小さいことなんて気にするなって言ってたからな!
今回の柊案件は高橋を筆頭に、綾瀬や櫛引らに知られないようにしないといけない。
あのイケメン鈍感異世界要素+俺やらかしましたか系ラノベ主人公に柊の想いを知られてはいけない。
誰にも頼らずに一人でこなしてみせる。
まず第一歩に高橋の女性の好みを聞き出す。それから、どうにかして柊と高橋に接点を持たせてやり、彼女の願いを叶えさせて見せる。
柊はあまり語らなかったが、櫛引同様高橋に好意を抱いている。
今になって俺に接近してきたことに諸説ありそうだが、陰謀めいたことを考え出したらキリがない。
やれることをやる。それが俺のモットーだ。
ごめん。今思いついたから忘れてくれ。
季節は梅雨目前に迫っていた。
ゴールデンウィークが終わり、中間テストが終わったこともあり、退屈な日常が戻ってきた。
まだ五月だというのに最高気温が三〇度を超えることも珍しくない。
幸いなことにまだ梅雨に入っていないため、日差しが熱くとも風はまだ涼しい。
「おはよう。橘!」
太陽がさんさんと照り付けるくらい元気な高橋が声をかけてきた。
高橋は一足早く衣替えを済ませたのか、半袖のワイシャツ姿で登校してきたようだ。
お若いねぇ。まだ朝晩はひんやりするのにな。
「おはよう。あのさ高橋。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「どうしたのさ、急に?」
「別に大したことじゃねぇ。いくつかお前に質問するから嘘偽りなく答えてくれ。もし、嘘をついた場合、偽証罪で一週間ジュース奢りの刑にするからな」
「国会じゃないんだから。僕が嘘をつくような人だとでも?」
「いいや。念のためだ」
ここまでは問題ない。如何に怪しまれないように高橋の好みを聞き出せるか。
二人だとあれだから、すぐそばで仲良く談笑している二人も巻き込むか。
「なあ。綾瀬と櫛引もちょっといいか?」
「なに? 橘君」
綾瀬は櫛引との会話を中断し、わざわざ立ち上がってきてくれた。
「最近気になることがあってさ。お前ら三人の意見が訊きたいんだ」
「ん~? なに~?」
莉子と楽しくお話してたのになんなの? 邪魔しないでくれる?
と、目で訴えているのが読み取れてしまう。
おい櫛引。目だけ笑ってねーぞ。もうちょっと演技しろって。
俺の前だけで露骨な態度をとるなっつーの。今度はアズチーのASMR要求するぞ?
そうだな。耳かきボイスとか。うわー想像するだけで背中がゾクゾクしてきた。
「そうだな。実はなある人物がいて、そいつがある人物から手紙を貰ったらしいんだ」
とある人物は俺のことだけど名前を伏せていこう。俺は悪徳業者のように邪悪な笑みで話し続ける。
「疑心暗鬼だったが手紙に書いてあった場所に行くと女の子がいた。それでそいつは女の子に告白された」
高橋はいつもの柔和な笑みを崩さず聞き、綾瀬は真剣に聞きながら頷き、櫛引は恋バナが好きなようでかなり食いつきがいい。
「告白されたはいいが、そいつはその子の好みじゃなかったからすぐに断った。結構評判のいい子だったらしいが、そいつにとって意中の子じゃないという理由だけで振ったらしい。この話で思ったんだが、お前ら三人は自分の好みじゃない相手から告白されたらどうする?」
話の導入としては悪くないはずだ。あくまでも他人の話という
俺としては自然な導入かつ、目的である高橋の好みについて聞ける。
普段の俺では考えられない話をしているため、怪しまれることも考えられるがそこは適当にいい訳でもすればいい。
「私だったらちゃんと断る」
綾瀬が先に答えてくれた。
「理由は?」
「好きでもない相手と付き合えるわけないもの。いくら向こうが好意を持ってくれても、私が好きになれないとただの一方通行。そんな関係で上手くいくはずないし、私は相手のことを知って好きにならないと付き合えないから」
「なるほどね」
俺も綾瀬の意見に同意だ。やっぱり相手のことを知った上で好きにならないと首を縦に振れない。
次に櫛引が手を挙げて話し始めた。
「私も莉子と同意見かな~。好きでもなんでもない相手から向けられる好意ほど、気持ち悪いものないと思うんだよね~」
「まあ、うん。言いたいことはわかるけどさ……」
気持ち悪いは言い過ぎだ。というか、真剣に考えこむ高橋を見ながら言うんじゃない。櫛引は好きな相手のリアクションを気にし過ぎだ。
「高橋はどうだ?」
一人輪を外れて考え込んでいる高橋。彼の表情はどこか影が見え、表情が引きつっているような気がした。俺の考えすぎであればいいが。
「僕は……断るかな。そういうのは両想いじゃないと、ね」
「だよな。みんなそう思うよな」
「橘、急にどうしたんだ? 君が恋愛話なんてらしくないんじゃない?」
「俺だって人間だ。恋愛の一つや二つくらい話してもおかしくねぇだろ。そういえば気になってたんだけどさ。高橋。お前の好みってなんだ?」
「またまた。僕の好みか……」
高橋はそう言って天井を見上げ、そして次に外の方へ顔を向けた。
今日は朝から雲一つない快晴。一言で言えばいい天気で気持ちがよい。
彼の視線はどこにあって、何を考えているのか。俺にはわからない。
ただ一つ言えることは、恋愛の話になってから少し暗くなったくらい。
表面上ではわからないくらい、極々微細な変化。
大したことがなければいいんだが。まあ、いい。
「いい人だったらいいのかな? ちょっと、僕はあまりわからないんだ」
「ふーん」
具体的にどういう人がいいのか、敏腕記者のように質問攻めをしたいところだが、しつこいのも不信感を与えてしまう。何よりも、この橘という男が恋愛話を積極的に話すというのも変な憶測を招きやすい。
「随分と曖昧だな」
「ね~橘君に同意~」
珍しく櫛引が俺と同意見らしい。まあ、こいつはこいつで高橋の女性の好みを知っておきたいんだろうな。だって、メモ帳にペンを手にして話を聞きたがっているんだもんな。そこまでするか……。
「いや、曖昧もなにも……それしか言いようがなくてな。悪い。これ以上はないんだ」
「そっか。んじゃあ、綾瀬は?」
「わ、私!? 私は――」
綾瀬は急に話を振られて珍しくしどろもどろになってしまう。そりゃあ、まさか自分に張りが向くとは思っていなかったんだろう。えーと、あーと、と口にしながらあれこれ視線を彷徨わせて、
「ちゃんとした人、かな? 明日葉ちゃんは?」
当たり障りのないコメントをし、櫛引にバトンを渡した。
「私は~顔がイケメンで~背も高くて~優しい人がいいな~なんて☆」
おいおい。櫛引、あからさますぎるほど高橋をチラ見しながら言うのやめろ。
全然アピールになってねーんだよ。この恋愛レベルマイナス百を超えている男にさり気ないアピールは効果が今一つだ。
「……」
高橋はどこか遠慮気味でいつもより数歩下がって話を聞いている。
これ以上の詮索はやめておこう。俺はこいつにだけは嫌われたくないからな。
まるで難攻不落の要塞みたいだ。高橋から女性の好みは聞き出せそうにないみたいだ。
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