37.柊の決意

 放課後。俺は高橋に図書館に用があると言って先に教室を出て、柊と図書館前で待ち合わせした。


 先に俺が到着し待っていると柊が小走りでやって来た。

 大人しめで引っ込み思案な柊だが、しっかりとしたフォームでブレも少ない走りをしている。そうとうの運動神経をお持ちのようだ。


「ま、待たせちゃったかな……?」


「全然。俺も来たばっかりだから」


「でも……」


「気にするなって。俺も柊に謝んねぇといけない。高橋の好みを聞き出せなかった。悪い」


 それから開口一番、高橋の好みを聞き出せなかったことを伝え謝罪。

 少し息が上がっていた柊は、そっか、と小さく呟いた。


「なんとか聞き出そうとしたんだが、高橋の奴が全然話してくれなくてな。いい人が条件らしいけどそれ以上は固く口を閉ざしてな。他の人ですら高橋の情報を持ってなかった。難攻不落の城だな」


「……」


 朗報を心待ちにしていた柊にとってかなり失望したのだろう。

 今にも泣きそうになったため、俺は慌ててフォローを入れる。


「あーなんだ。高橋は相手の容姿や体格で判断しないと思うから安心しろ。高橋の友達である橘千隼が保証する」


「本当ですか……?」


 柊が目を潤ませながら震えていた。

 安心しろ。柊は自己肯定感が低く、自分を過小評価している一面があるかもしれないが、もっと自信を持っていいと思う。


 体つきはやや小柄だが、しっかり出ているところは出ており立派である。

 どこが立派かはセクハラになるので言及を避けるが。


 容姿だって綾瀬や櫛引に劣るわけじゃない。

 性格だって自分を卑下したり、自信が無かったりするかもしれないが、それは言い換えるととても優しい心の持ち主であること。


「ああ。高橋は人を見た目で判断しない。そういう男だからな」


「はい……高橋君は、私のような人でも……ちゃんと話してくれました。だから、きっといい人です」


「そうだそうだ」


 高橋のことだからクラスメイト全員に一度は声をかけたんだろう。

 自己紹介しつつ気にかける。ただイケメンなだけじゃなく、心も他人の見本となるような素晴らしい一面がある。


 柊は一人でいることが多い。彼女に手紙を貰って協力するようになってから、普段どういう風に教室で過ごしているのが盗み見るようになった。


 好き好んで一人でいることを良しとする俺みたいなひねくれものは別にして、柊は孤立していた。


 いじめられているわけでも、はぶられているわけでもない。

 柊に声をかける人はいるが、口下手なこともあり話が続かずに終わってしまう。


 もう少し彼女を理解してくれる人がいればいいのに。

 そう思ってしまった。


 だけど、俺は柊のことをあれこれ詮索しない。

 他人に対してこうした方が良い、ああした方が良いという善意のアドバイスは、他人からしたら雑音でしかない。


 関係性が近ければ前向きなアドバイスは有効かもしれないが、今の俺と柊の浅い関係ではただのお節介焼きになっしまう。


 善意は素晴らしいこと。善意で人を助け、人のために活動する。褒められて称賛されるべき。


 だが、時として善意は有象無象のノイズとなり、相手に届くことなくシャットアウトされてしまう。


 あくまでも俺はクラスメイトの女の子の相談を受け、善意で彼女の要望に答える。

 それでいい。それ以上は踏み込んじゃだめだ。


「あのさ柊。お前はこのままでいいのか? 高橋の好みは……わからねぇままだけど、これで終わりでいいのか?」


「……」


 柊は手を胸のあたりに持ってくると、ギュッと拳を作った。


「仮に高橋の好みが背が高くて社交的だったら、柊はどうするんだ?」


「それは……」


「諦めるのは簡単。私と高橋君の好みが違うから。それでいいんだったらそれでいい。俺が決めることでもねぇし」


「……」


「このまま高橋と関わることなく学生生活を送るもよし。勇気を出して高橋に声をかけるなりして仲を深めるもよし。どうするかは柊次第だ。別に無理強いはしねぇ。判断はお前に任せた」


「……」


 酷く辛そうな顔をしている柊。彼女の心中でどれほどの葛藤や迷いがあるか、目視できないので予測しかできないが、彼女は一歩踏み出そうとしているはずだ。


「わ、私は……」


「ゆっくりでいい。お前のペースでいいんだ」


「わ、私は……た、た、た、た……高橋くんに……」


「おう」


「私の、わ、わ、わ、わたしゅの……想いを……つ、つ、つ、伝えたい!」


「そっか」


 柊は勇気を振り絞って自分の想いを口にして言ってくれた。ぜぇぜぇ、と疲労困憊。足が震えてふらついてしまう。


 そんな彼女の勇気を見て、俺は心が熱くなるのと突き刺すような鋭利な痛みが伴った。柊の告白が成功することはないだろう。果たしてそれでいいのか。


 俺の中の良心の呵責が起きるが、私情を挟んで彼女の気持ちを否定することは容易い。

 お前が告白しても高橋はイエスと言わない。そんなハッキリと彼女の言っていいのか。


 柊のことを本当に思っているなら伝えるべきだ。だけど、それを言ってしまったら人間として終わる気がして止めた。

 自分に言い聞かせるように柊の願いのため、ただ頼まれたことを淡々とこなせばいい。それでいい。


「よく言えたじゃねーか。頑張ったな」


「……そ、そうかな? えへへ」


「おう。告白上手くいくといいな」


「た、たちゅばなくゅん?!?」


 俺はそんなアイドルのあだ名みたいな名前じゃないぜ?


「ん? 想いを伝えるって要は告白だろ? 『あなたのことがだいちゅきでしゅ! 私とチュッチュしてください!』ってな」


「チュ……?!? チュウ……ふへっ」


 柊。ちょヒロインがしていい顔じゃないんだが……。やばいやばい。これ漫画やアニメ化したときに映せないやつ!


「柊! 正気に戻れ! 柊? おーい、柊さーん!」


 やべぇ顔をして奇妙な笑い声をあげている柊の目の前で手を振って、なんとか現世に戻るように必死に彼女の名を呼んだ。


 しばらくして正気を取り戻した柊だったが、己の痴態を俺に見せてしまったことに、ジワジワときくボディブローのように顔が赤に染まっていく。


「まあ、なんだ。今のは……見なかったということで」


「………………………………はい」


 柊は手で顔を仰ぎながら小声で答えた。

 さてと。柊が想いを伝えるという告白を決意したということで話が進んだ。


 人見知りをして、引っ込み思案。そして、その性格ゆえに髪の毛も伸び放題。

 この子の願いを叶えるためにどうしたもんか。


「まずは髪の方をどうにかしねぇとな。美容院に行ってカットしてもらったほうがいい。そんなボサボサヘアーはあまりよくないだろうから」


「あ、はい……頑張ります」


「一人で行くのが無理なら俺も付いていく。ま、カットしている際に店員さんに声をかけられるかもしれねぇが、適当に相槌でも打っておけば大丈夫だろう」


「そこまでしてもらわなくても……それに、橘君まで一緒だと、その……あの……」


「一人で行けるのか?」


「……無理です」


「よろしい。そんじゃあ、柊の告白を成功に導く作戦名を今考えた。今からそれを発表しよう。その名も――」


 一つ間を空けて作戦名を言う。


「オペレーション、ラブ・ラブ・ラブだ!」


「……はい?」

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