23.勘違い?
「綾瀬。ほら、しっかりしろ。このままだと家に帰れねぇぞ」
綾瀬はウトウトしていて足取りがおぼつかない。
まるでお酒を飲み過ぎた酩酊状態になっているようにみえるが、ただ単に疲れて眠くなっているだけ。
運動音痴の櫛引よりも遥かに体力が乏しいことに驚きだが、まさかバスの中で眠るとは思っていなかった。
「ん……んん……」
このままでは転んでしまうかもしれない。千鳥足で目が明いていない。
怪我をされたり事故に巻き込まれてしまうのはよくない。
「しゃーねぇな。ほら、おんぶしてやるから乗れ。俺がお前の家まで送ってやるから」
「ん……ありがと……」
俺はしゃがんで綾瀬を受け入れる体勢に入る。綾瀬は目を擦りながらのろのろと俺の背に身を預ける。
背中に柔らかい感触が伝わり、一瞬だけドキッとしてしまったがブンブンと顔を振って邪念を振り払う。
綾瀬は着やせするタイプらしく、双丘はそれなりのボリュームがあるようだ。
俺の背中でむにゅっと押しつぶされ、その感覚がダイレクトに背中に当たるのは精神衛生上あまりよくない。
他にもおんぶをする際に綾瀬の脚を持ち上げるが、こちらも細く柔らかかった。
高橋とじゃれ合ったり、お風呂で自分の体を洗う時にない、女性特有の柔らかさにドギマギしてしまう。
「ダメだ。冷静になれ、俺。ただのおんぶに動揺するなって」
自分に喝を入れて思考を切り替える。
俺はしっかりと綾瀬をホールドし、足を踏ん張りながら立ち上がった。
想像していた以上に綾瀬は軽くて一安心。だが、すでに睡魔との激戦に負けてしまった綾瀬は俺に身のすべてを任せているため、体重以上に重く感じる。
「綾瀬。お前の家ってどこにあるんだ? もしもーし? 教えてくれないとわからんから頑張れ」
「んー……? あっち……」
「あっち? あっちに歩けばいいんだな?」
綾瀬が指差した方向にひとまず歩くことに。
かなりアバウトに指定された場所に向かって歩くため、これで本当に家に着くかは疑問。だけど、止まっていては意味がない。
暗い夜道を僅かな街灯を頼りに歩き続け、こまめに綾瀬に確認を入れて彼女の家を目指す。これってさ、高橋の役目だよなぁ。なぜ俺が綾瀬をおんぶしているんだか。
ラブコメ的にはちょっとしたイベントで、背中にいるヒロインがポツリと本音を漏らしてしまうとか。そうじゃないの?
まあいい。今はそんな疑問よりもこいつを無事家に届けないといけない。
それから額に汗をにじませること十分ほど経過。流石に疲れてきた頃合いだったが、
「ここ……」
「ここ? このマンション?」
「ん……」
言われた通りマンションに入りエレベーターに乗る。どうやら四階に綾瀬のご自宅があるようだ。四階に到着し外廊下を進むと、
「ここ……」
「ここで間違いないのか? お前が寝ぼけすぎて間違えちゃって、見知らぬ人が出てきたら嫌だからな」
「だいじょーぶ……ここにお姉ちゃんがいるから……」
「え? なに? お姉ちゃん?」
「……」
なんで肝心な時に答えてくれないんだろうか。まったく。
ひとまずインターホンを押すしかないか。
ピンポーン、と定番の音が鳴りしばらく待っていると、ドアの向こうからガチャガチャと音がしてガチャリと開いた。
「誰?」
ドアの向こうから現れたのは女の人だった。年は俺たちよりも何個か上の大人で、少しだけ綾瀬に似ている風貌をしている。
綾瀬が寝ぼけてお姉ちゃん云々を口にしていたので、おそらくだが俺の背中で眠る同級生の姉に当たるのだろう。
「すみません。こいつ……綾瀬莉子さんのクラスメイトです。綾瀬が相当疲れたみたいなんで俺が連れてきました」
俺はお姉さんに背を向けた。
「あ、本当だ。ちょっとー莉子? あんたそこでなにしてんの?」
「ん……? お姉ちゃん……?」
「はいはい。お姉ちゃんですよー。莉子。あんた男の子の背中でぐっすり眠ってどうしたの?」
「……後で話す……から」
「こりゃダメだ。莉子はエネルギーが空になるとこうなっちゃうのよね。私の方で莉子を寝かせておくから、えーっと」
「橘です」
「橘くん、ね。ありがとう。うちの莉子のために送ってくれてさ」
「あ、いえ」
「……ふーん」
なんだろうか。頭から足先までじーっと観察されているような。
いやな予感がしたが見事に的中することになる。
「もしかして……莉子の彼氏さん!?」
「違います。ただの同級生です」
きっぱりと否定。
「ただのクラスメイトです。今日はクラスメイトの友達に遊びの誘いを受けて一緒に遊んだだけなんで。では、俺は帰りますんで綾瀬のことお願いします」
「え~っ!? うっそ~!? 信じられないな~」
「信じなくてもいいですよ。ほら、綾瀬を下ろしますんで手伝ってください」
「え、ああ。そうね」
ひとまず綾瀬をお姉さんに引き渡すことに成功。
お姉さんが綾瀬の肩をさせながら部屋の奥へ行ってしまい、しばらくして戻ってきて無事寝かしつけたことを報告してくれた。
「ありがとうね。えーっと橘の下は?」
「千隼です。数字の千とハヤブサの隼と書いて千隼です。橘千隼」
「橘千隼……うん! 憶えた!」
なんだろうな。この人と話しているとこっちの調子が狂ってくる。
まるで子供のような純粋さと年上の余裕が俺の波長と合わないのかもしれないが。
「では、俺は帰りますんで」
「待った!」
「なんですか?」
俺は振り返ると、先程までの人の好さそうな柔和な顔が消え失せ、凍てつくような目で俺を見ていた。
「莉子は……友達がいるの?」
「いるんじゃないっすか」
「君がそうなの? もしくは他にも?」
「あいつが俺のことを友達と思っているかどうかわかりません。他の人は……友達だと思っているはずです」
「そっか。そうなんだ……」
俺の言葉を聞いてお姉さんは破顔した。ホッとしたような、緊張の糸がほぐれたような。
「もう帰っていいですか?」
「あ、うん。引き止めちゃってごめんね」
「いえ。それじゃあ」
「うん! 莉子のことありがとうね! それと、莉子のこと頼んだよ」
「……」
変な人だ。頼むも何も俺と綾瀬はただのクラスメイトの間柄でしかない。
そんな期待を込めたお願いはプレッシャーになるが、あの人の向日葵のような屈託のない笑顔で言われると自然と口角が上がっていた。
まあ、クラスメイトとして仲良くしてやるか。
「ただいま」
結局、俺が帰宅したころには夜の一〇時を過ぎていた。もちろん、母親に遅れる旨の連絡を入れたので怒られる心配はない。
が、俺が帰ってくると玄関まで迎えてくれた母親だったが、なぜか一人で感極まって泣いているではないか。
あの……疲れたからとっとと風呂に入って寝たいんだが。
「ちょ……なんで泣いてんの?」
「うぅ……千隼が……千隼が……」
「俺?」
「こんな夜遅くまで友達と遊ぶなんて……いつも学校が終わったらすぐに帰宅して一人ぼっちのあなたについに……お母さん嬉しいわ!」
「えぇ……」
そんな理由でまるで卒業式を迎えて一歩大人に成長をしていく我が子をみる親のように泣くものなのか?
「あなたが遊びに行くと、それも友達とって言った時は信じられなくて……だけど、本当に友達と遊んでこんな遅くまで外にいることなんて初めてよ! さあ、千隼のためにピザを頼んでおいたわよ! 早くしないと冷めちゃうわよ!」
「え、あ、うん……」
夕飯にピザは嬉しいよ。嬉しいんだけど……なんだこの複雑な心境は。
こうして俺のゴールデンウィーク初日は、なぜか感極まった母に出迎えられ、ピザと特大のケーキを食べさせられて気持ち悪くなってしまうのだった。
うぉっぷ……
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