24.限界ギリギリの星宮アズサ
ゴールデンウィークの初日はあっという間に終わってしまった。俺の遅刻から始まり、カラオケにボウリングといった、まるで高校生らしい充実した一日を過ごした。
綾瀬が帰宅途中にお眠りしてしまい、仕方なく俺が彼女の家まで送っていくというイレギュラーな事態もあったが不問にしよう。
そんなことよりも疲れた……。今日以上に誰かと遊んだ経験が小学生以来だったこともあり、俺は帰宅してすぐに母親の歓迎を速攻で切り上げて就寝。
目が覚めると朝の九時を時計の針が指していた。疲れは睡眠をしっかりとったことによって大体解消した。が、若干ながら体のあちこちが筋肉痛を発症しているようだ。運動不足からくるものだろう。
だけど、日常生活に支障が出るほどではない。
さて、軽く飯でも食ってダラダラと過ごすか。そんなことを思いながら起き上がろうとしたタイミングでスマホが鳴った。
「ん?」
俺のスマホに通知が来るなんて珍しい。大体は登録している通販関連のメールくらいしか来ない。いや、俺ってやべぇぼっちじゃん……。ロックでも始めるか。
「櫛引?」
櫛引明日葉。もう一つの顔はVストリーマーの星宮アズサ。
彼女からメッセージが送られてきたようだ。あ、ちなみに綾瀬と櫛引とは遊ぶ前に交換したぞ! これでLAINの友達欄が増えたよ! やったね!
今まで母親と父親、高橋しか友達登録してなかったから随分と豪勢になったよ!
やめよう。これ以上は自分の傷口を広げるだけになるから……。
「えーっとなんだ? 助けて……? なんだこれ?」
助けて、という一言のみ。SNSの発達の影響か主語や目的語等がない、こういった短文の文章のみでやりとりをしているせいで国語力が~と、お偉いさんが危機感を覚えるのも仕方ない。
そのお偉いさんや大人もロクな謝罪すらできないのを見ると、やっぱり日本語能力が低下しているのを感じる。
そうだな。俺も悪いことしたら記憶にないって言うか。そうすれば許されるかな?
とりあえず、『どうした?』と返信する。すると、すぐに既読がつき、
「すぐに私の家に来て? なんでだ?」
俺の家から櫛引の家までかなり距離がある。電車で一時間以上かかるし、ゴールデンウィーク真っ只中ということもあり外は人でごった返していることは容易に想像がつく。
人、人、人! の中で外出するのはゴールデンウィーク初日だけにしてほしい。
俺には積み上げてきたゲームやアニメを消化しなきゃいけないんだ!
世界を救ったり、そのぶっとい大剣を振り回したいんだ! 興味ないね。
「断る……っと」
俺は困っている人を助けるヒーローじゃない。高橋にヘルプを出せば有無を言わずに駆けつけてくれるだろう。即返信すると、今度は電話がかかってきた。
「なんだよ……」
流石に電話を無視すると今度会った時に何をされるかわかったもんじゃない。
仕方なく電話に出ると、開口一番カンカンに怒っている櫛引の声が聞こえてきた。
『ちょっと! この私が助けてって言ってるのに、あんたはなんでそんな冷たい対応が取れるわけ? ありえないんだど!?』
「知らねーよ。いきなり助けてって言われても困るだろ。助けてほしいんだったら理由を述べてからにするんだな」
『あんたに言われて腹が立つけど……それもそうね。じゃあ、今から説明するから』
「手短にな」
『ええ。私の家に来なさい。今すぐに。本当に大変なことが起きたの』
「具体的には?」
『笑わない?』
「笑わねーから」
『本当? 本当の本当に?』
「ああ」
『…………筋肉痛で身体が動かなくて。その……』
「あー……」
恥ずかしそうに小声で言った櫛引に俺はうんうんと頷いてしまった。
昨日、高橋のノリに合わせて櫛引ははっちゃけていた。
あれだけ暴れまわったんだったら筋肉痛になっても不思議じゃない。
「そうかそうか。今日は安静にして湿布を貼るなり塗り薬をするしかないな。あと、しっかりと湯舟に浸かるのもおすすめだな」
『違う。そうじゃなくて……』
「ん?」
『配信ができないの……このままだと』
配信ができない……つまり、今日の配信はないことを意味している。
俺はあまりのショックで寝込みそうになった。
『腕が動かせないくらい筋肉痛が酷くて……だから、その、あんたに相談したくて……』
「わかった! 今すぐそっちに向かう。俺はアズチーのためなら足だろうがなんだろうが舐めてやる覚悟があるからな!」
『キモっ!?! ねえ、本当にキモいこと言うのやめてくれる!? 今すっごくゾッとしたんだけど!?!』
「あっはっは! それじゃあ、そっちに向かうぜ☆」
『え、ちょ、やっぱ来なくて――え? もしもし? もしもーし!?』
こうしちゃいられん!
おれはすぐさまシャワーを済ませ、身支度を整えて自宅を飛び出て走るのだった。
待っていてくれ!
俺はアズチーのためなら地球の裏側だろうが向かって助けてみせるぜ!
「ふむ。事情は分かったけどそんなに痛むのか?」
「ダメ。本当に痛くて痛くて無理なの」
櫛引の自宅リビングにて。俺はテーブルに両膝を立てて寄り掛かり、両手をクロスさせて口元に持ってきながら櫛引から話を聞いていた。
簡潔にまとめると筋肉痛が酷くて聞き手の右手が動かせないとのこと。ただ、それだけだったら日常生活に多少なりとも不便が出るだろうが、問題はないはずだ。問題は彼女がVストリーマーであるということ。
雑談や歌をするだけでなく、ゲーム実況を生業としている。
櫛引は星宮アズサとしてゴールデンウィークスペシャルでゲーム実況をする予定だが、筋肉痛でゲームをすることが困難になってしまっていると言うのだ。それで藁にも縋る思いで俺に助け舟を出した、ということらしい。
「試しに腕を上げてみてくれ」
「無理! 無理だって言ってるでしょ?」
「いや、それはお前が最初から諦めてるだけかもだろ? 俺が手伝ってやるから」
「嫌よ! どうせ手伝うふりして私の体を障ろうと画策してるんでしょ!?!」
「あのな。俺はどこぞのエロ本みたいな、マッサージに乗じてちょめちょめしちゃう竿役と一緒にするなって。もしかしてお前、エロ本好きなんじゃ――」
「ああっ?」
やだなー。冗談だって~。櫛引さ~ん。その手にあるスタンガン下ろしてくれると助かるんですが……。あははー目が笑ってないのが怖いな~。
「……とりあえずだ。筋肉痛は利き腕だけか?」
「うん。右腕全般。それと右肩も痛くて……」
「なるほどな……ゲームは本当にできねぇのか?」
「物を掴むだけでも痛くて……無理よ」
「それだったら配信は休むしかねぇな」
「そ、それはできないの!」
「だったらやるしかねぇだろ。お前の配信を聞きに来る奴は櫛引の体の状態なんて知ったこっちゃないからな。配信って確か夜の七時からだろ? まだ時間もあるんだから安静にして少しでも筋肉痛の痛みを緩和するように頑張るしかないだろ」
「そうなんだけど……そうだけども……」
そこまでして配信をする意義とは何か。櫛引は異様にこだわっている節がある。
「明日以降にずらせないのか?」
「それは無理。サムネだって今日の日のためだけに作った特注よ? お金もかかっているし、なによりも随分と前から告知して期待してくれているファンも多いし、なによりも筋肉痛が原因で配信を延期したくないでしょ」
「そりゃあ、筋肉痛でゲームができませんってとんだ笑いものだな」
「うるさい! 言葉にして言わなくていいから!」
「悪い悪い。じゃあ、どうするんだ? 俺にできることなんてたかが知れてるぞ?」
今日という日にこだわる理由もわかった。だけれども、俺というただの一般人にできることはごく僅か。配信だってしたことのない俺にできる助言は少なく、助けになれるとは思えない。
「あの……だから頼みがあるの。あんたにしかできないことが」
「なんだよ」
「私の代わりに……ゲームをプレイしてくれる?」
「…………正気か?」
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