22.バスの中で

 ボロボロの櫛引を最後まで見送ると、高橋も別の電車に乗って帰ってしまう。

 残された俺と綾瀬は言葉を交わさずにいた。駅内は多くの人出行き交い賑わっているにもかかわらず、俺と綾瀬はまるで他人のようだった。


 時刻はすでに夜の七時を回っていた。大人たちにとってはまだまだの時間だが、学生の俺たちからすると気をつけないといけない。


 変な男たちはウロチョロしているし、暗い時間帯だからこそ不審者が怖い。

 それにあまり遅くなるとお巡りさんに補導される危険性もある。なので、解散したら素直に帰宅するのが吉だ。


「じゃあ、帰るか」


「そうね」


「綾瀬は電車か?」


「私はバスよ。橘君は?」


「奇遇だな。俺もだ」


「そう」


 ただのやりとりがやけにむず痒かった。綾瀬と二人っきりになるのはこれで二度目。あの備品室での閉じ込め騒動以来だった。

 そのせいか、俺たちはどこか余所余所しくて会話も遠慮気味になっていた。


「俺はちょいと本屋に寄ってくから、先に帰っていいからさ」


「本屋? だったら私も行くよ。うちの近所にあまり大きな本屋さんがないから」


「そっか。これから行こうとしているところは結構デカいからな」


 俺と綾瀬は話すことなく駅近くにある書店に足を運んだ。

 ここは多くの人が行き交う駅近くにあるため、小さめの本屋の数倍の敷地面積がある。そのため、新刊だけではなく、多種多様な本や漫画、雑誌類が揃っている。


 たまに学校の帰りにここに寄るくらい、俺からすると行きつけの本屋だ。

 俺と綾瀬はそれぞれ漫画コーナーや文庫コーナーに行き、各々好きなように本を探した。俺は最新刊の漫画とラノベ、好きな作家さんの新作を買い綾瀬を待った。


 綾瀬も本を買ったらしく俺たちは本屋を後にした。

 語らずとも俺たちはわかっていた。こうしているだけでも笑えるような、熟練夫婦のような空気感だった。


 俺と綾瀬は同じバスに乗り、最後尾に座った。

 時間も時間なせいか人であふれるかと思ったが、想像以上にガラガラだった。


「何買ったんだ?」


「私はミステリーと恋愛を少々。あなたは?」


「俺は漫画とラノベと小説。ま、成果としてはまずまずだな」


「へえ。橘君って本を読むのね。意外」


「意外ってなんだ。俺くらいの賢者になると本は友達になるんだ」


「友達がいなかったから必然的に本を読むようになった。の間違いでは?」


「うっせ。これでも小学校低学年は人気者だったんだぞ? それはそれは、多くの友達に囲まれて橘ーって呼ばれていたんだ。すごいだろ?」


「ドヤ顔で小学生の、それも低学年の自慢をされても……虚しいと思わないの?」


 綾瀬は頭痛がするのか頭を押さえてしまう。


「いいじゃねぇか。俺の全盛期はそこで終わっちまったんだ。今では無残にも……」


「ええ。確かに。下手をしたら全人類、あなたのことを嫌っていそうね」


「俺って人類の敵だったの? すげぇな。ラスボスじゃん。誰が俺を倒しに来るのか気になるなぁ。勇者か?」


 そんな他愛もない話をしている間にもバスは走っていく。外は月明りと街灯、建物の照明で明るく、道行く人たちもどこか楽しそうだった。

 バスに揺られ自然と会話がなくなりガタガタと軋む音やエンジン音が響く中、綾瀬は外を眺めながらポツリと言葉を漏らした。


「楽しかった。本当に」


「なんだよ。急にどうした?」


 綾瀬が漏らした本音は嘘偽りなく出た言葉だと思った。


「ありがとう。橘君のおかげで楽しい一日だった」


「なんだよ。俺じゃなくて高橋に言ってくれ。元々、遊びの予定を提案したのはあいつだ。俺がしたのはあいつ、櫛引を誘ったくらいだ」


「ううん。違う。橘君がいたから今日四人で遊べた。そうでしょ?」


 改めてそう言われるとリアクションに困ってしまう。

 自慢するつもりも誇るつもりもないため、自分ではなく高橋のおかげだと謙遜しようとするが、いつにもなく真剣に見つめられているからか言葉が出てこない。


「……別に俺は」


「そうやって自分を卑下する。あなたのおかげなのに」


「……」


 俺はこの世界では脇役だ。モブキャラらしく影に徹し、主人公の引き立て役になるのが俺に与えられたロールだ。嫌われてもいい。どう思われてもいい。

 あいつらが幸せに楽しそうにしていたら俺は何もいらない。そう思っていた。


「俺はただ……」


 肩にどっしりとした重みが加わり、何事かと見てみると綾瀬が俺の肩を枕代わりにして眠ってしまったらしい。静かで規則正しい寝息が聞こえてきた。


「お、おい。綾瀬。こんな中途半端な時間に寝ると夜眠れなくなるぞ?」


 周りの乗客に迷惑をかけないように訴えるが、綾瀬はすぅすぅと小さく肩を上下に揺らすだけ。困ったもんだ。


 いつになく俺に密着し、彼女の顔や髪、薄っすらの見える首元。そして、ふんわりとした心地よい匂いが鼻腔をくすぐる。


「起きろって、綾瀬。綾瀬?」


 痛がらないように優しく体を揺らして起こそうとするが、相当疲労が溜まっているのか目覚める気配がない。

 仕方なく綾瀬の肩をトントンと叩くと、重そうな瞼を懸命に開けて目覚めたようだ。


「綾瀬。こんなところで寝たらバスから降りれなくから起きろって」


「んにゅ~……? まだだから……まだ」


「あ、おい! 寝るなって。はぁ……」


 また俺の肩を枕にしてスヤスヤと夢の中に入ってしまった。

 綾瀬を起こし、そして大丈夫と言って睡魔に負けてしまう。

 それを繰り返している間にもバスは進んでいき、最寄りのバス停にそろそろ到着してしまう頃合いになってしまう。


 ここで俺が降りないと家から遠くなってしまう。

 俺だってカラオケにボウリングというハードな一日を過ごしたので、早く風呂に入ってベッドにダイブしたい。

 だけれども、そうはさせないぞと言わんばかりに俺の肩に綾瀬が眠っている。

 

「おい。そろそろ降りるバス停につくんだが」


「……まだまだ~……だよ……」


「いや、俺のだよ。いいか? 俺は先に降りるからな?」


「む~……む~……」


 寝ぼけてんじゃねーかよ。ああ、もう……。

 なんで俺の周りの女性陣はこんなにもわがままなやつばっかりなんだよ。

 しかも、面倒ごとのすべてが俺に降りかかってくるというおまけ付き。


 俺って何か悪いことしたのか?

 橘になってから彼ら彼女たちのために奮闘しているんだがな。

 少しくらい報われてもいいんじゃないかと思うが、やはり橘は苦労する運命なのだろうか。


「このまま寝ぼけているお前を放っておくわけにはいかねぇか」


 無情にも俺が降りるはずのバス停を通り過ぎていってしまう。

 はぁ……帰りが遅くなる……。せっかく本を買ったのにおあずけだ。


「おーい。綾瀬? お前はどこで降りるんだ? 言ってくれないとこのまま終点まで行っちゃうぞ」


「んー……あの、病院前の……」


「病院前? あと二つくらい先か」


 そうとなれば簡単。

 病院前のバス停に降車ボタンを押し、バス停に止まると疲れて寝ぼけている綾瀬を支えながらバスから降りる。さて、このお姫様のおしろはどこにあるんだ?

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