21.ボウリングにて

 改めて思う。高校生って体力ありすぎじゃね?

 考えてほしい。朝から三時まで授業を受けてそれから夜まで遊んだり。

 他にも運動系の部活動なら夜暗くなるまで体をいじめ、土日祝日休みなく活動する。


 元気すぎだろ! なぜ、世の中の高校生はこんなにも体力があり元気なのか。

 十代というバリバリに体が動く年齢というのもあるし、仕事に比べて疲れないというのも関係しているかもしれない。


 それでもさ、もうちょっと休んだり勉強しようぜ。

 俺の通う音ノ内なんて、土日は基本的に部活動禁止になっているし。

 学校の方針で勉強と部活の両立、そして過度の部活偏重を見直すためとのこと。


 さて、なぜ俺がそんなことを思うに至ったか。

 本日、ゴールデンウィーク初日。俺は高橋らと遊ぶことになっているがその予定がすごい。集合してからお昼を食べ、その後カラオケ→ボウリング。三時間歌ってからボウリングで遊ぶという一日だ。


 俺みたいなインドア派の人間からしたら、すでにカラオケの時点で帰宅したくなってしまうが、彼らはそうではないらしい。


「僕はカラオケは苦手だけど、ボウリングは誰にも負けないくらい自信があるんだ! ふっふっふ!」


 約一名、カラオケの疲れなど微塵も感じさせない勢いで、高橋は腕まくりをしながら自信を露わにした。

 各々が好きなハウスボールを手に準備万端。本当にヤードだのマイルだのポンドとか、どちらかに統一してほしい。意味わからん。

 映画を観ていても急にマイルやポンドと言われてもわからん。

 世界共通にしてほしいと願うが、到底かなわないことを知っているので諦めることにしている。


 さて、橘の独り言はここまでにしてだ。

 意気揚々の高橋と元気そうな女性陣。俺はすでにカラオケでの消耗が激しく、帰宅したいですオーラを放つが青春している彼らに通用するはずがない。


「私もボウリング得意だよ~。えへへ~」


「おっ? 櫛引さんは僕と勝負するのかい? 手加減できないけどそれでもいいなら受けて立とうではないか!」


「うん! 私も負けないからね~」


 櫛引は本当に外面は上手く取り繕うことができて順調のようだ。

 一方、綾瀬は一人で黙々と入念にハウスボールを拭いていた。

 君って表情に出さないけど誰よりも楽しんでるよね……。


「順番はどうするの?」


 綾瀬が高橋に聞いた。


「順番は僕の方で決めさせてもらったよ。受付するときに決めないといけなかったからね。順番は上のモニターを見てもらうとわかるから。ごめんね」


「いえ」


 高橋と綾瀬は特に変わりはない。順調なのかどうか判断に迷うが、険悪な関係ではないことを加味してよしとしよう。

 さて、投擲の順番は……俺かよ。なぜ俺? つーか、俺の名前だけ『たちば』ってなんだよ。自分の立場を弁えろという、この世界を司っている作者からの意味深なメッセージなのか?


「がんばれー、たちば……ぷっ」


 おい、笑うな。そこの猫かぶり変態仮面女子。

 まったくさ。櫛引っていいキャラしてるぜ。高橋たちがいなかったら星宮の真似でもしてやろうと画策していたんだがな。

 俺はハウスボールを手にしてレーンの方へ行く。しっかりとピンの真ん中あたり目がけてボールを投げた。


 コロコロと真っすぐ転がったボールはピンを倒していき、初っ端からストライク。

 あれ? もしかして俺、ボウリングの才能あるのか?

 今から『大好きはやめられない!』から『プロボウラー橘』にタイトル変更してもいいんですよ? どうですか?


 ……やっぱりやめておこう。

 十週くらいで打ち切られそうなタイトルしてからな。

 なんだよ『プロボウラー橘』って。すっげぇつまらなそうなタイトルだ。

 自分で自虐しておいてなんだが、ちょっと傷ついた……どうせ俺は主人公になれませんヨーダ。


「おー! 流石だね、橘! いきなりストライクはプレッシャーがかかるな」


「たまたまだ。次は高橋か」


「そうだな。さあ、気合入れてくぞー!」


 高橋が右手を上げたが気合を入れるだろうと思ってスルー。


「ハイタッチを要求したんだけどな」


「あ、わりぃ」


 高橋が求めていたのはハイタッチだったのか。いや、そんなウェーイ系の大学生みたいなノリが得意じゃないんで……。


 なんだよウェーイって。新手の新言語かなにか?

 そうか。大学生になるとウェーイという言語を学ばないと生きていけないのか。

 大学生って大変だ。


 残念そうに拗ねる高橋が物欲しそうにこちらを見ているので、仕方なくハイタッチを交わした。


「こうでなくっちゃ! よーっし! 僕も橘に負けないぞー!!!」


 高橋の第一投。プロ顔負けの綺麗な弧を描きながら転がり、見事にストライクを取ることに成功。ガッツポーズをして両手を挙げて喜び大興奮。

 あまりにもプロボウラーのような一投に俺たちは唖然とするしかなかった。

 

「やりぃっ! 次は櫛引さんだね」


「あ、私!? えへへ~私ってボウリングって得意じゃないんだよね~」


「あ、そうなんだ! あんまりやったことないのかな?」


「そうなの~。だから、高橋君にコツを教わりたいな~って。あ、ごめんね! 手間、だよね?」


 おお、櫛引渾身の上目遣いでおねだり攻撃で高橋を攻略しにかかった。

 まず手始めに得意でないことをさり気なく言い、教えてほしい旨を伝えるが申し訳なさを同時に出す。こうすることによって相手から「そんなことないって!」という言葉を引き出して教えてもらうという高等テクニック。


「櫛引さんのあれ、わざとよね?」


 綾瀬は小声で俺に聞いてきた。


「ああ。だけど、本人には指摘するな。あいつだって必死なんだ」


 俺は片膝に肘をついて頬杖をつき、死んだような目で櫛引を眺めながら素っ気なく答えた。


「もしかして好意があってあのようなことを?」


「じゃなきゃイチャイチャしてねーだろ。ほら、櫛引の方からボディタッチを積極的しているけど、高橋は微塵も気にする素振りも照れることもない。あの要塞は難攻不落だから櫛引は相当苦戦するだろうな」


「言われると確かにそうね」


 櫛引は持ち前のあざとさで高橋との距離をがっつりと縮めるが、肝心のお相手が子供相手に指導するようにボウリングはこう持ってだの、投げるときは滑らないように気をつけてだの、好きなボウリングの説明にお熱のようだ。


 必死になってアプローチをかけるが、高橋には何一つ効果がないようだ。

 効果はいまいち。RPGのゲームだったとしたら、弱点一つない強敵認定されるであろう。


「それじゃあ、僕に教えられることは全部教えたから櫛引さん、投げてみようか!」


「……あ、うん。わかった~」


 全然話を聞いていなかった櫛引は高橋に見守られながら第一投を投じる。

 コロコロと緩慢に転がるハウスボールは徐々に右方向に流れていき、溝にあっけなく落ちていってしまった。結果はガター。


「全然ダメだったよ~。ごめんね高橋君。ちゃんとやったつもりだったんだけ……」


 櫛引としてはここで励ましてもらおうという魂胆が見え見えだが、流石音ノ内学園きっての知将こと櫛引明日葉。わざとらしくならないようにガターを見事やって見せる手腕。これで高橋から手厚いフォローが期待されるが……。


「櫛引さん! どこを狙って投げたのかな?」


「えっ!?」


 なんだなんだ?


「真ん中……かな?」


「真ん中! 確かに狙いは悪くないけど、真ん中じゃなくて右のピンの間に狙いを済ませるといいかも。あと、投げるときはまっすぐ立ってまっすぐ歩くことを意識しよう! 投げるときは力任せにやるんじゃなくて、振り子運動のように腕全体を使って――」


 インストラクターのような丁寧なアドバイス爆撃が始まった。高橋なりの厚意を持ってのアドバイスが櫛引からすると斜め上のフォローだったらしく、笑顔を崩さないが片側の口角が吊り上がって痙攣しているのがわかる。


「あの感じだと校長先生の朝の朝礼の挨拶並みに長くなるからな」


「あなたの例えに納得してしまうのもいやね……」


「なんだよ。褒めてるのか?」


「いえ。ひねくれていると思っただけよ」


 ありがとさん。

 俺は心の中で櫛引にドンマイと同情し、綾瀬は頭痛がするのか額を手で押さえる。

 そんな俺たちとは裏腹に高橋の熱のこもった指導が続く。


「そうそう! そんな感じ!」


「ほ、本当? えへへ~これで私もストライク取れるようになるかな~?」


「大丈夫なはず! 次は櫛引さんの番だよ。さあ、僕との特訓の成果を見せてくれ!」


「うん!」


 本当ならラブコメ漫画にあるような、ちょっぴり歯がゆくて甘酸っぱい青春物の展開を期待していたが、二人は昭和の時代のスポ根もののようになっている。

 いや、二人がそれでいいんだったら俺から言うことはなない。楽しければそれでいいんだけど。


 その後、順々に投げていき一ゲームが終わった。成績は高橋、櫛引、綾瀬、俺という結果に終わった。

 次の二ゲーム目。こちらはまるで熱血スポーツマンがの展開が繰り広げられていた。


「た、高橋君……私もう投げられないよ……」


 そりゃあ、無理して重いハウスボールを選んで一ゲーム投げたからな。

 櫛引は泣きそうな顔でギブアップを申し出るが、すっかり熱血キャラになりきっていた高橋は許さない。


「櫛引さん。諦めたらそこで――」


「おい。ここはバスケじゃねぇからな」


 俺は危うい発言をしそうになった高橋を注意した。


「おっと。違う違う。櫛引さん。後一ゲームだ。僕と一緒に頑張ろう!」


「で、でも腕が……」


「大丈夫さ! 櫛引さんの力はまだまだこんなものじゃない! 限界のその先、極限の境地まであと一歩だ! 体の底の底から力を入れるんだ!」


「え、あ、う、うん?」


 高橋のノリに追いつけなくなっている櫛引。


「こうだ! ばぁっと! ぶわっと!」


「……た、高橋君、力が湧いて出てきたよ!」


 嘘だ。絶対に嘘だ。

 櫛引の脚が生まれたての小鹿のように震えているし、顔中は汗にまみれていて目が血走っている。


 あーあ。これ以上無理すると明日以降筋肉痛で大変な目に合うのに。

 大丈夫か? 星宮アズサの活動に支障が出ないといいけど。


 結局、櫛引はボウリングが終わった後、ゾンビのような足取りで電車に乗って帰宅するのを見守るのだった。

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