20.盛り上がる?

 カラオケは盛り上がっていると思う。トップバッターという犠牲があったおかげか、高橋たちはそれぞれ好きな曲を選びリラックスして楽しんでいる。


 高橋は雑食で色々なジャンルが選び歌っている。

 綾瀬はjpopを中心に選曲しているが、カラオケ自体初めてなせいか初々しい。

 櫛引はこの四人の中で一番歌がうまい。当然だろう。彼女はなんたって星宮アズサという名前で活動しているVストリーマー。歌が上手いということは知っていたので、俺にとって目を閉じれば星宮アズサが歌っているではないか!


 俺は当然ながら星宮がライブしていると脳内で妄想しながら一人テンション爆アゲで盛り上がったが、櫛引に足を踏まれて現実に引き戻される。


 くっ……目を開けると櫛引。

 目を閉じると星宮アズサ。罪深い女だ。


 ドリンクバーは所定の料金を支払えば飲み放題ということで、俺は部屋とドリンクバーを行き来してオレンジジュースを飲みまくっていた。

 そんなに飲んでいたら当然ながら尿意が襲ってきてトイレへ。


 幸いなことにトイレは誰もおらず、一番端のところで用を足した。

 日本人あるある。端っこが好き。異論は認める。

 全てを排出した俺は手をしっかりと洗い部屋に戻ろうとしたが、綾瀬がトイレの前で待ち構えていた。カツアゲじゃないよね?


「ちょっといい?」


 綾瀬はそう言って背中を向けて歩き出した。俺は綾瀬の後を追った。

 俺たちのいるカラオケ店は受付の所にドリンクバーやマラカスやタンバリン等の小物、ソファやテーブルなどもあって利用客が使えるようになっている。

 俺と綾瀬はそこのソファにそれぞれ腰かけると、綾瀬はじーっと俺の方を見て何か言いたげな様子。


「なんだよ」


「橘くんはいつの間に櫛引さんと仲良くなったの?」


「はあ?」


 綾瀬は少し不機嫌そうだった。なんで?

 事情の知らない綾瀬からすると、俺と櫛引が突然仲良くなったように見えるのも理解できる。が、詳細を話すわけにもいかないので、俺は言葉を選びながら慎重に話し始める。


「あいつが高橋と話したがっていたから、俺が間を取り持って関わるうちに話す回数が増えただけ。別に仲良くねぇよ。それ以上でもそれ以下でもない」


 ま、そのせいで変な噂を流されて大変な目にあったけどな。

 現在進行形で。だけど悲しいかな。俺という性格悪い+ひねくれている、というダブルパンチのおかげか、悪い噂は徐々に減っている。


 理由は元から俺がクソだということが周知されているのと、綾瀬のような大物が絡んでいないため飽きられるのが早かったとか。おいおい、昨今の消費の速さくらいじゃねーか。前期のアニメの○○が~って、早口で盛り上がっていたアニメ好きは△△っていう作品の□□ちゃんかわいいどぅふ~、って言っているようなもの。


 まったく、浮気が早く一途でもない。まったく、世の中のオタクたちは俺を見習ったほうがいい。

 俺は星宮アズサ一筋だ! あっ……某先生が主人公のソシャゲに一時期ドハマりしていたのは秘密だぞ☆

 あれは浮気じゃなくて調査の一環にプレイしていただけだ。断固としてハマったわけではないからな!


「だとしても。あなたと櫛引さん、とても仲睦まじく見えるけど」


「どこが? あいつの本性はやべぇぞ。承認欲求にまみれた現代が生んでしまったモンスターだ。みんなに見てもらったり愛されるようにキャラクターを演じているだぞ? 怖い怖い。俺のことも嫌いみてーだし」


「そう? 櫛引さんを見ているとどうも……。いえ、彼女はあなたにだけ本性を見せるということは……?」


「あいつが何を考えているかなんて俺はわからん」


 櫛引が本性を隠しているということは誰にも見せたくないということだ。

 性格が悪く、あれだと友達もできないことは自明の理。

 だから、あのゆるふわという仮面を被っているんだろうし、承認欲求のはけ口としてVストリーマーとして活動もしているし。


「そう。自覚なし、か」


「なんだよ。どういうことだ?」


「なんでも」


 なんだよ。おもちゃを買ってもらえなかった子供の用に拗ねてしまう綾瀬。

 なんっすか。俺のせい?


 う~ん……人の心はわからん。だからこそ、リアルの人間関係は面白いと言えるのかもしれない。


「なんだよ。お前もかまってちゃんなのか?」


「わ、私がそんな!!!」


 綾瀬には珍しく感情的に反応した。テーブルを力強く叩いて立ち上がり否定するが、他のお客さんや店員さんの注目を集めてしまい、綾瀬は恥ずかしさを堪えながら静かに座りなおした。


「ただ気になっただけ。他意はないから」


「本当か? 俺と櫛引が仲がいいわけねぇからな。それは口酸っぱく否定するし、あいつの根っこの部分を知れば綾瀬だった見方が変わるからな」


「え、ええ……」


 あー……なんだこれ。俺が悪いのか?

 綾瀬はすっかりと落ち込んじゃっているし、周囲からお前が悪いんだろう? みたいな目で見られてるし。


「心配すんなって。俺はどこにも行かねーし行くつもりもない。これからも高橋とお前、綾瀬と仲良くするつもりだ」


 自分で言ってて全身が痒くなってくる。俺はこんなキザなセリフを言うキャラではない。高橋という『大好きはやめられない!』の主人公が言うべき台詞だ。


「……やっぱり変わったね。橘君は」


「なにが?」


「本当に憶えていないの?」


「だからなんのことだ?」


「やっぱり話した方がいいのかしら……でもそれだと……」


 綾瀬はブツブツと一人であれこれ呟いている。店内BGMと遠くから聞こえてくる歌声が合わさって、綾瀬の声は聞こえない。


「いいえ。あなたが気づいてくることを願うからいい」


「はあ……」


 ハッキリとした目的や意味を言わず、曖昧でふわふわとした言い方に俺はクエスチョンマークを浮かべてしまう。

 人はコミュニケーションの生き物だ。そのために言葉が発達し文字が誕生した。

 何かを伝えたい場合は言葉でハッキリとわかりやすく説明しないと、人間は理解できずに混乱してしまう。

 もしくは相手が言葉を曲解したり、別の意味でとらえてしまうかもしれない。


 そうやって些細なコミュニケーションのズレが歴史を動かしたり、戦争になったりもしている。


 だから、俺はコミュニケーションのズレが起きないようにハッキリというし、どう思われようが徹底しているつもりだ。

 綾瀬は本当に意味がわからない。裏があるのか、それとも別の意図があるのか。

 俺にはわからない。わからなくてもいい。俺は脇役なんだ。そう自分に言い聞かせる。


「私は今の橘君の方が可愛いから好きよ」


「……あれか? 珍獣的な意味でってことだろ?」


 あるあるー! ちょっとブサイクなんだけど憎めない顔つきの動物に言うよねー。

 アルパカとかね! ちなみに俺はウォンバットっていう動物が可愛くて好きだからみんなにおすすめするぞ!


「ふふっ。確かに。あなたのような魂からひねくれている人はそうそういないものね」


「俺の魂は勾玉のように美しい曲線を描いているからな。そう見えてもおかしくねぇな」


「勾玉に失礼よ」


「失礼ってなんだ!?」


「言葉のとおりよ。あなたの勾玉は濁っていて汚いものね。つまり泥でできた勾玉の形を模倣したナニカよ」


「確かに……って、サラっと俺のディスるのやめてくんない?」


 相変わらず俺に対して酷いことを言うもんだ。

 ま、綾瀬が楽しそうに笑っているからいいか。あいつの笑顔、目の保養になるからな。眩しいなぁ。俺みたいなどんよりとしたジメジメした笑顔じゃないからな。




 さてと。綾瀬とおしゃべりしたおかげであの個室は高橋と櫛引の二人っきりになっている。俺と綾瀬のトイレが偶然重なったことも要因だが、ここで空気を読んだ俺もナイスファインプレーだったと自分を褒めてやった。


 流石にいつまでも席を外すわけにもいかないので俺と綾瀬は揃って戻ることに。

 さあ、ラブコメしてるかな?


「あ、おかえり~」


 呑気そうな高橋が迎えてくれた。櫛引はというと、すっかりとカラオケに熱中しているらしく、一人で熱唱している。上手い、可愛い、星宮アズサがチラつく。

 おいおい。まさかだけど……二人っきりにしたのに何もなかったのか?


「ちなみなんだが、櫛引はずっと歌ってたのか?」


「そうなんだよ。櫛引さんって本当に上手だから聞き入っちゃったんだ。僕はずーっと感動しっぱなし状態だったよ」


「……嘘だろおい」


 なぜ絶好のチャンスをぱあにしたんだ?

 おい、そこの満員のアリーナで熱唱している感を出している櫛引!


「はあ……」


 しゃーない。ここはほんのちょっぴりと痛い目にあってもらおう。

 丁度いい。櫛引が歌っているのは配信でよく歌っているのと同じ曲。

 俺はテーブルに置かれたマイクを手に取り、櫛引と共に歌い始めた。


「えっ、ちょっ!?!」


「へいへいへい! 俺と櫛引のデュエットが始まるぜ~~~~~~~~~~~~~~~!!!」


 歌い終わった後、櫛引にしこたま殴られたが貴様の貧弱なパンチなど効かぬ!

 ぬっはっはっは……あの痛いんでやめてくださいお願いします俺が悪かったですはい。

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