19.ゴールデンウィーク

 ゴールデンウィーク。四月から五月にかけてある大型連休を指す。

 学生にとっては一週間ほどの休みとなるため、両手を挙げて喜ぶ人が大半だろう。

 旅行に出かけたり、友達と遊んだり、将又一人でのんびり過ごすことだっていい。


 俺からするとゴールデンウィークはただのちょっとした休みという認識。

 どこかに出かけようものなら、人手ごった返しているため非常に窮屈だ。

 俺は思う。あのような人波に押され揉まれながら出かけるのはストレスにならないのか?


 人手の少ない平日を狙って観光なり遊んだりすればいいと思うが、簡単に休みを取得できない日本では不可能。

 だから、ゴールデンウィークのような祝日が重なるような大型連休ではないとできない。ああやだやだ。大人になると俺も彼らのように目が死に、上司にがみがみと小言を言われながら夜遅くまで仕事をするのか。


 元々俺の目は死んでるか。


 夢や目標も無くなり、ただ一日をどう乗り過ごして僅かな休みを堪能するか。

 その休みも睡眠やグダグダして消化してしまうというオチ。


 俺は決めた。働きたくねぇ。イラストで食っていこうと考えたが、俺に絵の才能は皆無。

 小説家やラノベ作家を目指そうと思ったが、そもそも一話をかき上げた段階で疲れて止めてしまい、継続できず終了してしまう未来が予言できてしまう。


 ということで、大人しく荒波に身を投げて働くしかないので俺はこの僅かな学生生活を堪能しようと決意し、俺は真昼間まで惰眠を貪るのことに決めた。

 ゴールデンウィークはまだ始まったばかり。一日くらい無駄にしたっていいじゃないか。


 ああ……もうそろそろ起きてトイレを済ませないと。漏らしそうだ。

 俺は起き上がってスマホを確認。すると、かなりの数の着信とメッセージが送られてきていることに気づく。


「あっ……!」


 俺はすっかりと忘れていた。今日は高橋たちとの遊びの約束をした日だが、俺はものの見事に寝坊してしまった。

 集合時刻はお昼の一二時。お昼を食べてからカラオケ、ボウリングというハードなスケジュールだった。


「……まあいいや。飯食ってから行くか」


 ここで慌てても仕方ない。それに、高橋とヒロイン二人が先に集まっているんだ。

 主人公とヒロイン二人がいるんだから、きっとラブコメ的な展開が繰り広げられて――。




「おーい! 橘ー!」


 結局、俺が集合場所の駅前のコンビニに着いたのは一三時丁度。

 高橋が俺を見つけてぶんぶんと手を振ってくれるが、大声で俺の名前を叫ばないでほしい。ほら、めっちゃ見られてんじゃん。まるで恋人との合瀬みたいじゃねぇかよ。


 ちなみに俺はシャツにパーカー。ジーンズにスニーカーという可もなく不可もないファッション。

 高橋は……やっべ。そうだった。一年生の時に一階だけプライベートで遊んだが、こいつのファッションは壊滅的に終わっていた。


 中学生が着るような英語が羅列しているシャツに、謎の鎖とポケットの多い謎のズボン。高橋だからまだ似合っているかもしれないが、流石にそれはない。でも、イケメン無罪だからいいのか。


 綾瀬は薄手のロングコートとシャツにホットパンツ、おまけに黒いタイツという身だしなみ。

 櫛引はカーディガンにひざ丈ほどのプリーツスカートという、こちらも洒落た格好をしており気合を感じられる。


 三人ともお昼を既に食べたようなので俺の寝坊から三人の距離が急接近したのであれば、怪我の功名?だ。


「悪い。ゴールデンウィークだから寝過ごしちまった」


「僕はいいけど綾瀬さんと櫛引さんに謝りなよ?」


「わーってるよ」


 綾瀬はかなり怒っているのか俺と目が合っても無視。櫛引はずっとスマホをいじっている。


 俺のせい、ですかね……?

 高橋は困ったように作り笑いをしながら俺の背中を叩く。


「悪かった。寝坊してごめん」


「……」


「いるよねー。約束を守れない和を乱す人」


 おい櫛引。小声で俺だけに聞こえように言うのはやめろ。


「まあまあ。少し予定は狂ったけどいいじゃないか。な? さ、カラオケに行って楽しもう!」


 高橋の必死のフォローに胸が痛くなる。

 遊びに出かけるって、普通は笑ってはっちゃけるものだと思う。


 しかし、俺が目の当たりしているのは、空気が崩壊してしまったグループであった。前途多難。苦しいスタートだ。


 ほとんど俺のせいだから、ただ申し訳ない。ねえ……こんな雰囲気で遊べないよ。

 それになんで女性陣俺に対して当たりが強いんですかね……。




 カラオケ店に着き、受付をすぐに済ませた俺たちは店員さんに言われた部屋に入った。四人でカラオケを楽しむには充分の広さの部屋で随分と余裕がある。


 さて、ここからが問題だ。どういう風に座るのか。ただの席順と見てはいけない。

 カラオケで席順はかなり重要な要素であり、ないがしろにしてはいけない。

 ちょっとしたことで接触があったり、隣同士でデンモクを見たりはしゃいだりする。


 些細なことから親密度が上がり、お互いを意識しちゃうことだろう。

 距離が近いことによって関係性が縮まるし、ドキッとしてしまうこともあるだろう。先に俺が端っこの方を占領してしまえば、高橋と女性陣二人に挟まれて座れるだろう。


「私は端っこに座るから」


 綾瀬はそう言って入ってすぐ奥のソファに滑り込むように座ってしまう。

 ああ、もうすでに俺の計画は破綻してしまった。


「橘。ほら、出入り口で立ち止まってないで座りなよ」


 高橋に催促されてしまう。お前……俺の陰ながらの努力を水の泡にするのは如何だと思うぞ?


「いや、お前が先に座れよ」


「いいっていいって。遠慮しなくていいからほら!」


 高橋に無理やり押されて綾瀬の隣へ行ってしまう俺。

 いやいやいやいやいや。ちょ何やってんの?


「櫛引さんもお先にどうぞ」


「え、ええ」


 ということで奥から綾瀬、俺、櫛引、高橋という席順に決定。

 対面の方に小さいソファは荷物置き場になってしまったので、この席順が変わることは無さそうだ。


 つーか、俺と高橋の席順逆じゃね?

 なーんで俺みたいなモブ・オブ・モブが女の子に囲まれてるんだ?

 おかしいよね。おかしいよな?


 おかしいと言えば隣の櫛引がそうだ。綾瀬は俺と肩が触れ合うような距離感で座っているが、お前。なんで人一人分のスペース開けてんだ。


 そんなに俺が嫌いか? 柔軟剤をちゃんと使って洗濯しているはずだから、むしろいい匂いがするはずだが。


「それじゃあ歌う順番どうしようか?」


 高橋がデンモクをテーブルに置き、マイク二つをアルコール消毒しながら言った。


「俺は歌わないから他の三人で順番通りにやればいいんじゃね」


「え?」 「はあ!?」


 綾瀬と櫛引の二人が呆れたような視線を向けてきた。いや~そんな見つめられると照れちゃうよ~。

 

「カラオケは苦手なんだ。俺みたいな歌が下手で音痴が歌ったら場がしらけるだろ? だったら、俺はマラカスでも持って盛り上げ役に徹すれば問題ないだろ?」


「橘君のその自虐というか卑下する癖、やめた方がいいと思うけど……」


 すまんな綾瀬。俺だって直したいんだけど、橘の因子が雑草のようにしぶとく生命力が強くて難しいんだ。


「うっわ……きっしょ」


 櫛引さん。本気でドン引きしないでよ。本当のことだもん……。


「橘は気が向いたら歌えばいいよ。ささ、僕は最後でいいから綾瀬さんか櫛引さんのどっちか先に予約していいよ」


「「……」」


 あの~……俺を間に挟んで目線だけで会話するのやめてもらっていいですか?

 身動き一つできないし、間に挟まれている俺の気持ちを考えてください。

 そういえば、この二人ってあまり話さない間柄だったの忘れてた。


 てっきりゴールデンウィーク入る前や今日の昼食で多少なりとも打ち解けてくれたと思ったがそうでもないらしい。馬が合う二人だと思うんだけどな。


「お先にどうぞ」


 先に提案してきたのは綾瀬。櫛引はそれを聞き、日本人あるあるの譲り合いが始まってしまう。


「あ、いえ。私はいいから綾瀬さんから歌っていいよ~」


「いえ、私はカラオケ初めてで……」


「嘘っ!? カラオケ行ったことないの~」


「ええ。だから、よくわからなくて……」


「そっか~。それならしょうがないよね~」


「……」


「……」


 でたでた! このあまり親交が深まっていない状態で話すと、途中でピタリと会話が途切れてすっげぇ気まずくなる状態。

 こうなってしまうと、相手を気遣うがあまり遠慮して言葉が出てこなくなってしまう。

 高橋は二人の対応に苦慮しているし、俺は間に挟まれて非常に心苦しい。

 ああ、折角の休日。それもゴールデンウィーク初日だというのに。


 なんでこんな重苦しい空気で遊ばなきゃいけねーんだよ。

 はあ……ここは俺が空気を変えていかないとダメか。うん。覚悟を決めろ、俺。


「しゃーねーな。トップバッターは俺だ。次は櫛引。高橋、綾瀬にデンモクの操作教えてやってくれ。その間に俺が歌ってやるから」


「は? ちょ、勝手に決め――橘くんがお先に歌うんだったら~、私も曲決めないとな~」


 櫛引。高橋の前だからかキャラを被るのに必死だ。やめりゃいいのにな……。

 俺はデンモクを操作し、チャチャッと曲を選択し予約。

 すぐさまモニターが切り替わり、曲名や作曲者等が表示されてミュージックが流れ始める。


 カラオケのトップバッターというのは非常に重要だ。

 最初に歌う曲が誰も知らないものだと場がしらけてしまうし、だからといっておとなしめな曲は盛り上がりに欠けてしまう恐れがある。


 多くの人が知っていて盛り上がりそうな曲といえば、俺はアイドルの歌しか知らない。カラオケなんて行かないからレパートリーなんて限られているが、ここで俺がミリオンセラーを達成したアイドルグループの曲を歌えば間違いなく盛り上がるはずだ。


「行くぜ……俺の歌を聴けーーーーー!!!」


 俺はマイクをオンにして叫び、立ち上がって歌い始めた。

 なんとか歌詞の通り歌い、振り付けも曖昧だが憶えている範囲で行い、最後まで歌い切った……。結果は……。


「おー! いいよ~橘~!」


 高橋は笑顔で拍手してくれた。やっぱお前はいい奴だ。

 一方、綾瀬はポカンと口を開いて義務拍手をしていた。ありがとうな。


「ぷっ……歌下手すぎだし、振り付けなんて変な踊りになってて……面白過ぎでしょ」


 おい、櫛引。今ここで星宮アズサの動画流してもいいんだぞ? ああ?

 俺の頑張り虚しく、微妙な空気でカラオケが始まるのだった。

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