18.秘密の共有

 櫛引と話すことに成功。さらにスマホを返してもらったが、俺の余計な一言で櫛引を怒らせてしまい、強制退去させられてしまった。

 褒めたつもりだったんだけど露骨過ぎたのかな?

 素の櫛引の方があのきゃるる~ん、とした櫛引よりも人間味があって好きだけどな。


 ま、あいつと話ができてスマホも返してもらって、噂話の件は全然解決すらしていないけどいいか。これで櫛引がどう動くのか。見ものだな。




 翌日。

 ゴールデンウィークまで残り三日。一週間ほどの休みに入るせいか、教室はやけに浮かれていた。どこどこに遊びに行こうとか、泊まりに行く話がちらほら聞こえてくる。


 俺のような一人の時間を苦にせずに過ごせる人にとっては、絶好の休みとなりうるのだ。部屋を掃除し、漫画や本を整理整頓。溜まっていたゲームを消化し、漫画やラノベを買い漁り等々。


 俺のゴールデンウィークは一人の予定で埋まってるんでね。すまねぇな。

 あーもう予定一杯で大変だなー。寝て起きてゲームするかマンガ読むか、もしくは本を読むか。で、本屋に行って……一人で言っててすっげぇ悲しくなってきたからやめよう。本当はぼっちで寂しいから高橋と遊ぼう。彼、結構暇だからね。


 そんなぼっちの戯言を脳内で繰り広げていると、あっという間にお昼となった。

 俺の席にやって来た高橋と隣の綾瀬の三人で昼食をとるが、今日は朝から彼女の視線が気になった。


「橘はゴールデンウィークの予定はどう?」


「……」


 櫛引が朝からやけに俺の方をチラチラと盗み見ている。

 あからさますぎて十回くらい目が合って、その度に殺意を向けられるのはやめてほしい。俺は悪くねぇ! どこの主人公かな?


「橘? おーい。どうしたの?」


「あ、ああ。ちょっとボーっとしてた。何の話だ?」


「もう。橘らしくないよ。ゴールデンウィークだよ。ゴールデンウィークの予定の話」


「ああ。友達がお前しかいない俺に予定があると?」


「なんでそんなことを自信満々に言えるのか理解できないけど。それだったら遊ぼうよ! せっかくだから綾瀬さんも入れて!」


「私は構わないけど」


 急に名指しされてビックリした様子の綾瀬だったが異論はないようだ。

 そういえばこの三人で話すことが増えたが、遊びに行ったことは一度もない。

 敵だらけの中、この二人は俺の味方、いや友達でいてくれる。神ですか……?

 あ、なんでだろう。目から汗が……。


「りょーかい! 僕の方で色々と決めちゃうけどいいかな?」


「俺はそれでいい」


「私も」


「わかった。後で連絡するから楽しみにしててな!」


 高橋はいつになくノリノリだ。ゴールデンウィークは時間がある限り遊べるからな。綾瀬は飄々としているが、その口元は少し緩んでいる。

 ま、俺も楽しみだが、その前に消化しないといけないことも多々ある。


「……もう一人誘ってもいいか?」


 俺はピンと人差し指を立て提案した。


「橘が? 珍しい。君に他の友達がいるなんて」


「俺を何だと思ってるんだ? ぼっちを極めすぎて幻の友達がいるわけじゃないからな。ちょっとそいつを連れてくるから待ってろ」


 俺は席を立ち真っすぐと櫛引の方へ。櫛引は俺に気づくと露骨に嫌そうな顔をするが、ぶりっ子の仮面を被り直して何事もなかったように振る舞う。


「櫛引。ちょっといいか?」


 櫛引に声をかけると、周りにいたクラスメイトは怪訝そうな顔を向けてきた。

 だけど、そんな有象無象の視線は気にもかけず続けた。


「高橋が呼んでるぜ?」


 嘘だ。ゴールデンウィークという休みを使って高橋との間に仲を取り持つのが狙い。櫛引は噂話を広めた張本人であるということもあり、俺からすると腹立たしいこの上ない。だけど、彼女の自宅で見た素顔を見るとどうしても憎めなくなる。


 俺は高橋の名前を使って餌をまくが、魚はなかなか喰いつこうとしてこない。

 世間体や自分の立場に囚われてしまった結果、翼を失った状態になっているのだ。

 俺には櫛引がそう見えてならない。


「いいのか? それで」


 俺はそんな雁字搦めになっている櫛引にそれでいいのか、口角を上げて問いかけた。

 偽りの仮面を被り表層でしか関わり合えない人たちと一緒に居て楽しいのか。

 人の悪口と陰口でしか繋がれない、そんな非生産的なことでしか会話ができない奴らとつるんで自分のためになるとは思えない。


 俺は櫛引とその友達については断片的なことしか知らないが、大体が俺の悪口かつまらなそうな世間話、もしくはスマホをいじって一言も会話しないのを知っている。


 俺はそんな馴れ合いは嫌いだ。反吐が出る。

 櫛引は承認欲求が高く嫌われるのを極端に嫌う。だから、捨てられないのだ。


「……っ! わ、わかった」


 櫛引はわかってくれたようだ。その一歩は大きな前進に繋が――ぐほっ!?

 ちょ、なんで腹パン!?


「あんた、私の秘密……誰にも話していないよね?」


 櫛引は忍者のようににじり寄り、誰にも見えないように俺の腹部に拳を叩きこんできた。すっごく痛かったっす。ボクサーってすごいんだな……。こんなのお腹に食らったらゲロ吐いちゃう自信あるもん。


「あ、当たりめぇだろ。アズチーの正体を知っているのは俺だけでいい。これぞ秘密の共有ってやつだ」


 小声でのやりとり。だけど、距離が近くなった分、櫛引の匂いがした。

 綾瀬とは全く違う、優しいけど棘のある甘い匂いだった。


「最低……! それで私の……脅迫して私を奴隷のように扱って、恥ずかしいことを要求するんでしょ!?」


「はあ? お前さ、そっち方面で考えるのやめたらどうよ。どんだけスケベなんだよおま――」


 また腹パンされた。それも二発。膝ががくがくと震えてしまうが、なんとか踏ん張って耐える。


「私はそんなスケベなこと考えてないもん!」


「わかったから腹パンはやめろ! いてぇんだよ!」


「なによ! あんたがいかがわしいこと言うからでしょ!?」


「はあっ!? 俺がいつエロ同人みたいなこと言った!? お前みたいなすーぐアダルティでムホホな方向に考える奴に言われたくねぇわ!」


「……あの二人、いつの間に仲良くなったんだろうね」


「さあ」


 高橋は腰に手をやって呆れ気味に言い、綾瀬は複雑そうな表情を浮かべながらとぼけるのだった。あの、助けてくださいって……。


「ほら、櫛引。観念するんだな!」


「うぅ~……」


 最後まで抵抗する櫛引を引きずり、なんとか高橋たちの元へ帰還。


「高橋、綾瀬さん。こいつも一緒にどうだ?」


「櫛引さん、だよね? あれ、橘が告白してフラれ――」


「ああ! こっぴどくフラれちまってな! いやー櫛引好きだったんだけどなー。で、色々とこいつと話したら、櫛引が高橋と仲良くしたいみたいでさ! それだったらゴールデンウィーク一緒にどうだって思ってな」


 最初からこうすりゃよかった。俺にかなりの痛みが伴うが、無理やりこじつけでもいいから誘ってしまえばこっちのもんだ。

 櫛引。俺のお腹をつねるのをやめなさい。皮膚がちぎれちゃうよ?


「僕はいいけど綾瀬さんは?」


「私も構わない」


「櫛引さんは? なんだろうな、橘に無理やり連れてこられたように見えるけどいいの?」


 高橋と櫛引の初めての邂逅。運命の瞬間かもしれない。

 高橋はいつも通り変わらずだが、櫛引は好きな人の前に立たされ声をかけられている状況。


 櫛引は冷静でいられず、髪の毛をいじったり視線が泳ぎ落ち着かない。

 首元まで赤く熱を持ち、櫛引は言葉を紡ごうとするがなかなかうまくいかず四苦八苦。緊張と好意がごちゃごちゃに混ざり合い、カオスを生み出しているようだった。


「櫛引さん?」


「あ、あひぃっ!?!」


 櫛引は声を裏返して固まってしまう。俺はすぐさま櫛引のフォローに入った。


「恥ずかしがってなかなか言えないみたいだから代弁するわ。櫛引が高橋と友達になりたいんだとさ。だからさ、ゴールデンウィーク中の遊びにこいつも入れてくれないか? 人数多い方が盛り上がるだろうしさ」


 俺は高橋の目を見て言った。高橋は特に異はなく首肯してくれた。

 うじうじせずに即決できるところは褒めてしかるべき。よしよし。頭撫でないけどな。

 綾瀬の方にも確認を取るために彼女の顔を見ると、こちらも問題ないのか小さく頷いてくれた。


「櫛引さんね。よろしく」


「あ、はい……」


 綾瀬と櫛引はほとんど初対面に近いせいか、たどたどしく言葉も少ない。

 俺の予想だとこの二人は仲良くやっていける。近しいものを持っているから大丈夫であろう。


「そんじゃあ、そういうことでいいか?」


 誰も異を唱える人はいない。これで櫛引と高橋の関係に進展があればいいが。

 さて、どうなることやら。


「……」


 ただ一人、不満そうに俺を見つめる転校生。おいおい。同じ女子同士だから仲良くしてやってくれ。口は悪くて性格は最悪。だけど悪い奴じゃねぇ。

 いや、どっちにしろダメじゃねぇか……あーもう。

 胃がいてぇな。

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