26.お、お兄ちゃんなの!

 櫛引の凡ミスによって俺と櫛引のやりとりが世界中に公開してしまうという大失態を犯してしまう。


 あっ死んだ。

 俺は全身の血の気が引いたと同時に社会的にも死んだと目の前が真っ暗になった。

 

 リスナーの立場からすると星宮アズサに男がいることが発覚。

 星宮は彼氏がいるなんて情報はなく、配信に見知らぬ男が同席していたということは彼氏と思われても仕方がない。


 櫛引こと星宮アズサは炎上。引退を余儀なくされ相手とされる男も特定されてしまい、社会的に抹消されてしまうことだろう。


 ネットの掲示板に今夜の配信のまとめが載せられ、さらには各種SNSで瞬時に拡散され大炎上。ネットニュースになるほどの大騒動に発展する可能性もあり、収集不可能という事態になるかもしれない。


 そんな最悪な未来が脳裏によぎってしまい、俺は諦めて降参してしまいそうになる。が、櫛引だけがマイクに向かってあることを言い始めた。


「あ、みんなごめんね~。うちのがちょっと……」


 いやいやいや。お兄ちゃんとか弟の話をしているけど、実は彼氏で……みたいに勘ぐられても知らねぇぞ。

 櫛引はバレバレの嘘で誤魔化そうとしているようだ。

 普通ならそんな嘘は通用しないが、櫛引の咄嗟の機転を生かすべく俺も乗ることにした。もうやけくそだった。


「あ、ああ。うちの……妹が迷惑をかけてすまん」


「あはは……みんなね、実は……」


 櫛引はリスナーのみんなに向けて盛大な嘘話を展開する。

 腕を怪我しているせいでゲームができない状態であること。配信はしたいのでお兄ちゃんに頼んだこと。お兄ちゃんがイライラして喧嘩しそうになっていたことを謝った。


 こんな荒唐無稽の話をリスナーたちは信じてくれるだろうか。

 絶対無理だもん。だってさ、明らかに嘘くさいじゃん。

 いくらなんでも星宮のリスナーが彼女の言葉をそのまま信じるとは思えない。

 俺は不安と恐怖に苛まれながらコメント欄の反応が気が気でならなかった。


「ほんっとうにごめん!」


「俺からも、すまなかった」


 櫛引に頭を鷲掴みにされモニターの前で謝罪。

 果たして彼らの反応はいかに。絶対に怒っているのが目に見える。


「は?」


 おそるおそるコメント欄を見ると、そこには「お兄さんか~」「アズチーが他所の男を連れてくるはずないもんな」「お兄さんがいたんだな~」「お兄さんめっちゃいい人じゃん!」という感じに擁護するコメントが大多数。


 俺はスマホでSNSをチェックするがこちらも俺が心配するような投稿は皆無。

 むしろ、ご家族登場wwwといった投稿が目立つ。


(助かったのか……?)


 俺はまさかの事態に混乱してしまうが、ぺちぺちと俺の頬を叩いた櫛引によって正気を取り戻した。


「みんなを騙すつもりはなかったんだけど、どうしてもみんなと一緒にゲームをしたくて……それで……うぅ……」


 うっわ……声だけ聞けば年相応に泣き崩れる女の子に聞こえるが、隣にいる櫛引はまったく泣いておらずピンピンしている。

 いや、むしろしてやったり……みたいな極悪人の顔をしていた。

 やっぱりお前さ、俳優業向いてるんじゃね? もしくは声優とか。

 才能あるわこいつ。俺が呆れるほどに演技が上手い。


 俺がうっわ……みたいなドン引きした顔で櫛引を見ていると、それに気づいた演技は女優が天使のような笑みですねを蹴ってきた。

 いった。そんな嘘泣きしながら蹴るなよ。うっわ、そんな人を殺すような眼光を向けて……怖いわよ。

 わかってるよ。俺もお前の演技に合わせろって意味なんだろ。


「……うちの妹に頼まれたからと言って、協力した俺も俺だ。どうか妹の気持ちをわかってほしい」


「うぅ……ごめんなひゃい……」


 コメント欄は星宮を擁護して慰める言葉が滝のように流れている。

 この様子を見るとリスナーたちをだま……説得できたようだな!

 うん! みんな聞き分けがいい子だ! 流石星宮アズサ! リスナーも調教済みだね☆。


「うちのお兄ちゃん……私のことを溺愛し過ぎて、よく気持ち悪いこと言っちゃうの……本当にひどいよね。うぅ……」


「はあ!? ちょ、誤解を生むようなことを言うなって!」


 櫛引の目は邪悪なほど笑っていた。ふざけんなよな!


「うん……うん! みんなもそう思うよね?」


 コメント欄はお兄さん(俺)を気持ち悪がり、批判するコメントで溢れている。

 四面楚歌。項羽の気持ちになった気分だった。ああ、楚漢戦争。

 俺は韓信が好きだけどな! あいつこそ、異世界転生者だろ……。


「てめぇ……後で覚えておけよ」


「きゃー(棒)。お兄ちゃん怖いなー(棒)」


 何を言っても櫛引はリスナーを味方につけ、俺は仇敵の如く目の敵にされる。

 俺は盛大なため息をつき、両手を挙げて降参することにした。


「悪かった。俺が……お兄ちゃんが悪かったから」


「ふーんだ! お兄ちゃんなんか大っ嫌いなんだから!」


 俺もお前のことが嫌いだよ。まったく……。


「それでだ。ゲームはどうするんだ? このまま終わりにするか?」


「そんなまさか! 最後まで私のためにゲームやってくれるよね~? お兄ちゃん♡」


 うっわ……なにその妹の必殺技みたいな頼み方に俺はげんなりしてしまう。

 櫛引は確かに可愛いが、こいつの表と裏の顔を知っている俺からすると、まったく好きになれない性格をしている。


「いや。俺がよくてもリスナーの人はどう思うんだ?」


「え~? みんなは全然気にしないもんね~?」


 コメント欄は星宮の味方。というか、肯定するコメントしかない。

 一対一+数えきれない視聴者という構図に完敗宣言するしかないようだ。なんだこれ……。多勢に無勢ってレベルじゃねぇ。


「ほら~。みんなもお兄ちゃんにゲームをやって欲しいんだって~」


「……わーったよ。やりゃいいんだろ。やれば」


 ということでゲームを再開するのだが、すぐさまカラスに妨害されてしまい、スタート地点まで落とされてしまう。

 俺の一時間かけて苦労の末、半分踏破した努力は一瞬にして水の泡と解す。


「あああああああああああああああっっっっ!?! ダメだ! もう無理! こんなゲームやってられないわ!」


 何度も何度も何度も、俺が操作するキャラクターは数多の妨害を受けて落下し、一からやり直しをしたことか。

 徐々に心のHPが減っていき、空になった瞬間泣き出したくなる気持ちと蕁麻疹が出てくるほど、このスリーアップというゲームに嫌悪感が出て来てしまった。


 俺は逃げ出したくなるが、隣に座る星宮こと櫛引が妹キャラ全開で応援してくる。

 最悪なことに配信中でマイクもオンになっているため、下手なことを口走ることも出来なければ、暴言だって度が過ぎてしまえば星宮アズサの配信に傷がついてしまう。


「お兄ちゃん! 大変だしストレスが溜まるのも理解できるけど~、アズチーと一緒なら頑張れるもんね!」


「……だめだよ。もう俺の精神がボロボロの粉末状態になっちまった。こうなったらもう無理。無理だもん……」


「諦めちゃだーめ♡ ほら! みんなもお兄ちゃんの応援してるよ!?」


 ……そうだ。俺は一人じゃない。

 すでに何千人ものリスナー(星宮アズサのファン)が励ましや応援のコメントをしてくれている。

 彼らの応援や期待に答えないと……星宮にも迷惑はかけられない。

 俺は活力とやけくそパワーが湧き出てきた!


「こうなったら意地でもクリアしてやる! くそがああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 約三時間後。無事ゲームをクリアした俺は終電ギリギリで帰宅することができたが、あのゲームに精魂すべてを吸い取られてしまった俺は倒れるようにベッドで眠りの世界に入ってしまうのだった。


 ちなみに余談だが、お兄ちゃん(俺)の突然の乱入によって一時はどうなるかと思ったが、謎の人気を得たことによって次回は未定だが兄妹配信が決まるほどの人気になってしまうとさ。


 それはまた後日、話すかもしれない……。

 いや、なんで俺に人気が出るんだよ……。

 勘弁してくれよ……。

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