16.凸撃!
翌日。俺は一時間以上早く家を出発し学校へ向かった。
いつもよりも早い登校に橘の母親は気を失いかけるアクシデントもあった。
なぜそんな早くに家を出たのか。昨日の櫛引の件で悩みに悩み、結果的に徹夜してしまった。家にいても落ち着かないので早めに学校に行くことでクールダウンを狙った。
それが事の真相だ。だが、睡眠をとっていない弊害で目の下にクマが薄っすらとでき、眠気と吐き気のダブルパンチ状態。
コンディショニングは最悪そのもの。ひとまずは学校についたら一休みしよう。
それと忘れずに櫛引の教科書やノート、筆記用具といった一式と手帳を返さないといけない。本当はアレの真相を問いただしたいが、まずは睡眠をとって脳を休めないと死ぬ……。
学校に到着。いつもより時間がかかってしまったが、早めについたこともあって教室はだれもいない。俺はひとまず櫛引の机に教科書類を置いた。
俺は席に座って眠りそうになるが我慢。時間の経過とともにクラスメイト達が現れるが、櫛引は始業時間になっても来なかった。
「えーっと、櫛引さんは体調不良で休みです。以上」
田中先生が肝心の話をサラッと言ってHRが終わってしまった。
体調不良……か。きっと仮病だろう。
昨日の暴れっぷりを見るに一日で体調が悪くなるとは思えない。
俺は朝のHRが終わると田中先生に声をかけて引き止めた。
「すみません。櫛引って体調不良で休みなんですよね?」
「そうだけど、何か問題でも?」
「えっと。櫛引にノート持っていこうかなって考えてまして。あいつと仲がいいんで櫛引の住所って教えてもらうことって可能ですか?」
「なるほど。もうすぐテストだからな。悪用しないと約束できるのであれば教えてもいいかな」
「悪用しませんって」
「約束だからな。放課後、職員室に来てくれ。そこで櫛引さんの住所を教えるから」
「わかりました。ありがとうです。先生」
「いやいや~。青春っていいな~。俺ももう一度学生生活を送ってみたいよ」
「あはは……」
田中先生の愚痴とも昔話とも取れる話が続いた。俺は愛想笑いで乗り切ることにするのだった。
放課後。田中先生に教わった住所を頼りに櫛引の家へGO。
なんとかGOは一時期爆発的なブームが巻き起こったが、スマホを見ながら歩くのは危険だからやめるんだぞ?
俺のスマホは櫛引が持っているので。先生からもらった地図を頼りにアナログ形式で探すことになった。アポなしで行けば門前払いされるだろうが、俺はある最強の手札を持っているので大丈夫だろう。
櫛引の家に行けば直接話をすることができるし、俺が一番気になっているあのことも問い詰めることができる。というか、俺の一番の目的はそれだ。
俺の事情と私情が挟まっているかもしれないが気のせいだ。多分。
今の時代、住所をスマホに入力すれば現在位置からルートを勝手に決めてくれる。
こう行けばいいですよ~という感じに。本当に便利な世の中になったものだよ。
当然だけど、俺は櫛引が住むところは当然ながら訪れたことがなく、土地勘もないため苦労することになった。
彼女の自宅近くの最寄り駅に着くと、駅前はそれなりに賑わっているが、少し離れると閑静な住宅街が広がっている。アパートにマンション、一軒家が所狭しと建てられており代わり映えしない景色に手間取ってしまう。
地図を凝視して、間違えてしまいながらも着実に櫛引の自宅に近づいていく。
歩くこと三〇分。櫛引の住む家らしき家を発見。
彼女の自宅はごくごく普通の一軒家。
表札に櫛引があるのも確認できたので、意を決してインターホンを押した。
しばらく待っても応答がない。もう一度押すが無反応。
インターホンにカメラがあるので、きっと櫛引はモニターで訪問者を確認していることだろう。で、俺がいてビックリしている。そんな顔が浮かんでくる。
居留守を使って俺を帰す算段かもしれないが、俺には最強の手札があることを櫛引は知らないようだ。だったら遠慮なく使わせてもらうとするか。ぐへへ……。
なんか悪役みたいなムーブしてんな、俺……。
「櫛引いるんだろ? 俺だ。橘千隼だ。お前に用があってここまで来たんだけど、いい加減応答してくれないか? 昨日、お前が置き忘れたこれを返しに来たんだけどなぁ。誰もいないんだったら帰るしかないか。残念だ」
櫛引に見えるように俺は彼女の私物である手帳を見せつけた。
すぐに手帳をカバンにしまい、俺は帰宅するそぶりを見せて歩き出すと、玄関のドアが勢いよく開けられた。
上下青のスエットを着たラフな格好をした櫛引が、敵対心バチバチにガンを飛ばしてきた。
「入って」
「元気そうじゃねぇか」
「黙れ。入らないと殺す」
「はいはい。そんな物騒なこと言っちゃダメだろ。ヒロインなんだからさ」
「説教? うざっ……」
俺は櫛引の後に続いて玄関に入っていく。
ローファーを脱いで上がり、リビングに行こうとするが櫛引から手を洗えと言われて大人しく従う。
手を洗ってからリビングにお邪魔すると、櫛引はすでにテーブルに着席していた。その殺気を込めた目で俺の動向を監視しているようだった。安心しろ。手荒な真似はしない。俺は話し合いに来たんだ。俺は椅子を引いて腰を下ろして持ってきた荷物を椅子の近くに置いた。
「手帳、返してくれる?」
「返すよ。だけど、条件がある」
俺は切り札である手帳をカバンから取り出した。すると、櫛引は前のめりになって手帳を奪い返そうとするが、俺は手を引いて彼女から遠ざける。
櫛引の手は空を切り、そのままテーブルにビターンと落ちていってしまった。
顔面から落ちていったので痛そうだ。ふぎゅ、という可愛らしい声が出た点もポイントが高い。流石ヒロイン。
「いったぁい……」
「お前ってどんくさいんだな。ちょっと意外」
「バカにしてんの?」
「全然。人間だれしも欠点はある。気にすんな」
「やっぱりバカにしてる! あんたね……私をどれだけコケにすれば気が済むと思ってんの!? タダじゃ置かないから覚悟してなさい!」
「ほう。そんな口をきいていいのか? お前の秘密を握っているのは俺だぜ?」
「くっ……ほんっっっとうに最低! 私を脅してなにをしようとしているわけ?」
なんだろうな。俺が悪者みたいな言動をしているが、決してそんな意図はないので安心してほしい。が、櫛引は顔を朱に染め、体が僅かに震えている。どんな辱めを受けるのか、それに敏感になっている節があるようだ。
「なにって……櫛引ならわかっているんじゃないのか?」
「はあっ!? ちょ、あんた正気で言ってんの!?」
「ああ。俺は正気だ。なんなら準備万端だ。いつでも始めて欲しいくらいだ」
「くっ……やっぱりあんたはケダモノよ! そんな、私の、私のか……体目当てなんでしょ!? これだからあんたみたいな性欲にまみれた男は嫌いなのよ! 死ね! 消えろ! 切り刻んでやるんだから!!!」
俺は口角を上げ、すっと自分のカバンを開けて手を入れた。
櫛引はすでに覚悟を決めたのか、歯を喰いしばりながらギュッと瞼を閉じて体を震わせながら祈っていた。
「あの……サインお願いします!!!」
「……へ?」
「いやー櫛引さんが星宮アズサちゃんだったんっすね! 俺感激してるんっすよ! あ、この色紙にサインお願いします! あ、ちゃんと『橘千隼くんへ☆』って書いてください!!!」
俺は色紙とマジックペンを櫛引に手渡し、ぺこぺこと平伏してサインをねだった。
櫛引はちょめちょめ(意味深)されると思っていたらしく、ただ単にサインを求められて目が点になっていた。
「あっれ~? 俺はただサインをお願いしようと思ってたんですけどー? 櫛引は一体何を妄想していたのかな? あれ、もしかして櫛引って結構スケ――」
「わああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっ!?!」
櫛引の叫び声、それはそれはとんでもない声量かつ空気を振動させるほどの威力を放ち、俺は鼓膜が破れそうなほどの衝撃に襲われた。
聴力が回復するまで俺は何も思考も喋ることもできず、意識がはっきりした時、色紙に星宮アズサのサインが書かれてあった。やったね!☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます