15.あっけない襲撃者
いっそのこと、ハリウッド映画のように抵抗するか?
そうするしかない。映画のように上手くいく保証はないが、無抵抗でスタンガンを喰らうよりかはマシだ。
俺はすぐさま行動に移す。素早く振り返り、彼女が持っているスタンガンに狙いを定める。持っている方の右手を掴み、ブンブンと乱雑に振ることでスタンガンを飛ばすことに成功。
まさか俺が抵抗すると思っていなかったのか、彼女は後手に回ってしまった。このまま攻勢を強め、彼女を押し倒して形勢逆転。チェックメイトだ。
なんとも呆気ない幕引き。映画だったらここからどんでん返しや急展開が待っているだろう。しかし、そのような創作のようにひっくり返るようなことない。
俺は彼女の素顔を隠しているマスクとニット帽を引っぺがす。
多少の抵抗はあったが、馬乗りになっている状態ではこちらが優位であることに変わりない。マスクとニット帽が外れ素顔が暴かれ――。
「櫛引……? なんでお前が?」
櫛引はこれ以上の抵抗は無駄と判断したのか、顔を背けて舌打ちをした。
学校で見かけるような柔和な笑みを浮かべてはにかむ櫛引は消えており、その対極にいるような彼女の顔があった。
「ちっ……」
「おい。なんでこんなことしたんだ? 答えろ、櫛引」
「……」
「答える気がないか」
俺は息を吐いて天を仰いだ。襲撃者の正体が櫛引だったことは驚いたが、まさかこんな危ないことをしでかすような人だとは思っていなかった。
俺にエアガンを突きつけ、さらにはスタンガンで痛めつけようとしていたとは。
彼女の仮面の下はこんな凶暴だったのか。今時さ、暴力ヒロインは流行らないぜ。
そんな御託はいいので軌道修正しよう。襲撃者の正体が櫛引だった。
で、こんな物騒な手段に出た理由を吐こうとしない。
一切答えるつもりがない櫛引を尋問しても意味がない。
暴力的な手段で吐かすことも脳裏をよぎったが、そんなことをしたら捕まってしまうのは俺だ。そんなくだらないことで貴重な十代を無駄にしたくない。
ひとまず櫛引が武器を隠し持っていないか聞くが、何一つうんともすんとも言わない。
俺は立ち上がってエアガンとスタンガンを確保。凶器をポケットに入れて櫛引に手を差し出すが、櫛引は無視して立ち上がった。
「私をどうするつもり?」
「何って。そんなのわかってんだろ?」
俺はなぜあのような蛮行をしたのか、話せと言っているつもりだったが、櫛引は俺の言葉を聞いて顔は一瞬にして沸騰したやかんのように赤く染まり、身をよじりながら後退していった。
「え、あ、あっ……さ、最低っ!? 本当にありえないんだけど!?」
「最低も何も、お前がいけねぇんだろ。危害を加えようとしたのはお前だ。こっちだって危うく怪我をしたかもしれないんだから、それ相応の措置をするのが普通だろ?」
理由を話すまではしつこく追及する構えだ。
櫛引からしっかりと説明し謝罪するまで俺は許すつもりはない。俺は一切妥協せずに最後まで付き合うつもりだ。
しかし、櫛引は小動物のように怯えて後ずさっていくので逃がさないように歩み寄っていく。
「ひっ……」
「逃げるなよ」
「や、やめて……」
「黙って俺の言うとおりにしろ。わかったか、櫛引?」
「うぅ……」
櫛引は怯えているようだったが、ここで下手に優しさを見せてしまうのはいけない。
「観念し――」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
櫛引は膝を曲げて丸くなり子供のように泣き出してしまった。
ごめん、と謝罪の言葉を繰り返し発しながら、嗚咽を漏らし、しゃっくりが止まらない。
ここまで泣かせてしまうのは想定外。申し訳なくなった俺は頭をかきながら優しく語りかけるように気をつけながら口を開く。
「あー……言い過ぎた。悪い。そこまで追い詰めるつもりじゃなかったんだけど、その、ごめん」
「ぃぃ……ぅぅっ、ぁぅ……」
「……どうすりゃあいいんだ」
泣き止むのを待つしかないか?
怯えて泣きじゃくる櫛引にどんな声をかけても逆効果になりそうだ。
俺はひとまずポケットティッシュをいつでも渡せるように手で持ちながら待機。
しばらくして落ち着いてきた櫛引だったが、鼻が詰まった低い声で何かを言い始めたようだ。
「好きにすればいい。もし、乱暴にするんだったら刺してやる……何度も刺して刺して、切り刻んでやる……」
「なに物騒なこと言ってんだよ。ほら、ティッシュ。これやるから使えよ」
「汚らわしい、汚らわしい……死ね死ね死ね……」
「どうしたんだよ……」
櫛引はゆっくりと顔を上げて、充血し光を失った黒目でこちらを見上げてきた。
やっと目が合って一安心。俺はティッシュを差し出すが、櫛引はふるふると首を小さく横に振った。
「やるならやりなさいよ……いつまでも私を辱めないで……」
「はあ?」
もしかして櫛引の奴、俺が乱暴をすると思っているのか?
俺は紳士だ。そのような犯罪行為に手を染めるような浅慮で自制の効かないケダモノと一緒にしないでほしい。
「櫛引さ。お前エロ漫画の読み過ぎじゃねぇか? 俺が要求しているのは何でこんな物騒なことをしでかしたのか、理由を話せって言ってんだけど。何一人で勘違いしてんだ?」
「……えっ!?」
櫛引の瞳に光が戻った。それと同時に白く血色を失った彼女の肌に血流が戻り、リンゴのように赤みを増していった。
「話の流れ的にわかるだろ。お前はなんでそっち方面に妄想してんだよ。あれだな。むっつりスケベか?」
「え、あ、あ……」
「安心しろ。俺はこう見えて口は堅い」
櫛引の盛大なる勘違いした件は口外しないでおく。彼女の名誉もあるし、何よりも言いふらして櫛引にバレたら本格的に命の危険が増すことに繋がるというものあるが。
「死ね……死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
櫛引は自分のカバンを開けて、中に入っていた弁当箱や水筒、筆記用具やその他諸々を俺に向けて投げつけてきた。
ノートや筆記用具はダメージが少ないが、中身の入っている水筒は危険。
すべて俺の体に命中してうずくまってしまう。というか、硬いものが鳩尾に当たったんだが……。
俺がひるんでいる隙に櫛引は足元をフラフラさせながら逃げてしまい、俺は彼女を追いかけようとしたがやめた。
ここで追いかけてしまえば、きっと櫛引は大声で助けを呼ぶだろう。
そうなってしまえば、誰かが警察に通報。俺の人生オワタ……になったら洒落にならん。
櫛引の姿が見えなくなり、薄暗い森の中に残された俺。
体のあちこちが痛むが、ひとまずは櫛引の私物を拾い集めることに。
あーあ。筆記用具があちこちに散乱してるし汚れちまっている。
一つ一つ拾っていき、丁度持っていたビニール袋に詰めていく。
そして、最後の私物と思われる手帳を拾い上げて気づく。
「ん? これって……」
ごくごく普通の手帳だがやけに厚さがあり不格好な形をしている。
気になるからといって中身を見るようなことはしないが、この一冊だけ異彩を放っていたのは確か。
まあいい。この手帳もビニールに入れて――。
「ん?」
手帳から何か落ちたようだ。
しおりか挟んでいた紙が手帳から滑り落ちたんだろう。
拾い上げると何の変哲もないただの紙だったので、俺は適当なページを開いてしまおうとしたが……。
「はぁっ!?」
これは星宮アズサ活動一周年記念の際に彼女のSNS上に載ったイラスト!?
櫛引の奴、もしや星宮アズサことアズチーの隠れファン!?
待て待て待て。だとしたら、俺が櫛引に星宮の配信を見せたことに対して怒ったとするならば矛盾してしまう。同じファンであるならば喜ぶべきことだが。
「……すまん櫛引。ちょっとだけ確認させてもらう」
一言謝罪をしてから、彼女の私物である手帳を開いた。このイラストを元に戻すついでに少しだけ確認するだけだ。他意はない。
適当にページをめくっていくと、そこにあったのは五月のスケジュール。
そこには配信ややる予定のゲーム、その他星宮アズサに関するもの。
来月の予定表だが、こんな事細かに配信の詳細が書いてあるとは思わず、俺は息を飲んでしまう。
最後の決定打になったのは備考欄の所。そこに書いてあったのは――。
「『ゴールデンウィークは配信をたくさんする!』って、つまり……星宮アズサの中の人は…………櫛引!?」
数々の物的証拠。俺が櫛引に対して星宮の配信を見せて逃げ出したこと。
点と点が繋がり一本の線となる。ああ、だから――。
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