14.襲撃?!

 櫛引が奇声をあげて俺のスマホを取り上げ、どこかへ逃げてしまってからというもの。彼女が教室に戻ってくることはなく、五時間目の授業が始まる直前に現代文の先生が櫛引が体調不良で早退するということを告げるのだった。


 保健室の先生が櫛引のカバンを取りに来て、ああ本当に早退するんだなと思った。


 やっぱり体調不良を我慢していたに違いない。無理をさせたことに申し訳なさを感じてしまう。そりゃあ、体の調子が悪いのにアズチーのきゃぴきゃぴした声を聞いてさらに悪化させたのかもしれない。だとしてもだ。

 俺のスマホ返してくれねぇかな……。


 俺のスマホの行方が気になって授業に集中できない。スマホがないだけでなぜ手が震えて貧乏ゆすりをしてしまうのだろうか。まるで禁断症状が出ているかのようだ。

 それだけ現代人がテクノロジーに支配されていることなのかもしれないが、そんな現代の問題はいいので早くスマホを返してください櫛引さん。まじで不便なんで……。


 櫛引は早退してしまった。つまり俺のスマホも彼女と共に帰宅してしまった。と、なれば明日以降、櫛引本人に返してもらうようにお願いするしかない。はあ……まあいいや。家に帰ればPCでなんとかなるし。




 学校が終わり、これからどうしたもんかと思案する。

 高橋からの遊びの誘いを秒で断り、俺は真っすぐ帰路につくことにした。

 スマホがない以上、学校に残っても暇つぶしの道具がないと退屈で仕方ない。


 デジタルデトックスする時間でも取るか……など、ちょっと意識の変革が訪れようとしている俺だったが、帰り道のこと。

 いつものように自転車に乗り、ぎこぎことペダルを回して快走していたが突如として人影が俺の目の前に現れた。


 ちょうど曲がり角で死角となっていてぶつかってもおかしくなかったが、のんびり走行をしていたおかげでブレーキが間に合った。ギリギリでぶつからずに済むホッと胸をなでおろした。が、俺のこめかみ付近に何かを突きつけられた。


「動いたら撃つ。痛い思いをしたくなかったら私のいうことを素直に聞け。わかったか?」


 女性の声。うちの学校の制服を着ているが、ニット帽にサングラス、マスクという怪しさ満点の変装をしているため相手がどちらさんなのかわからない。

 彼女は銃口を向け、引き金に指をかけていた。もちろん、彼女が持っているのはエアガンだろうが、この至近距離で撃たれたら痛いので彼女に従うことにした。


 それ以前に平然とエアガンを人前に向け、脅しの道具に使っている時点でこいつはやべぇ奴だ。なぜか並々ならぬ敵意や殺意を俺に向けて放っているが、俺は恨みを買うような言動を取った記憶はない。ないよな……?


 彼女が持っている武器が他にもあると考えられる以上、反抗的な態度は逆上してしまう恐れがあるので余計なことを口にしないように注意する。俺は無抵抗を意思表示するために両手を挙げて降参の意志を見せる。


「わかった。お手柔らかに頼むよ」


「……自転車から降りろ。お前のカバンを私に渡せ。私の指示に対して少しでも抵抗したり反論すれば撃つ。いいか?」


「りょーかい」


 カバンを取られるのは痛い。その中に財布を入れているから逃げたらお金を失う。

 ひとまずはこの人の言うとおりにするしかない。俺は自転車の前かごに置いていたカバンを彼女に手渡した。


 彼女は片手でカバンを受け取るが、想像以上に重かったのか姿勢を崩して可愛らしい声をあげた。そろそろテストも控えているから家で勉強しようと思ってノート一式を持ち帰ろうとしていたところだ。


 彼女は重い俺のカバンを肩にかけ、ゆっくりと俺の背後に回って背中にエアガンを突きつけた。俺は彼女の指示通り、自転車を押して進んでいく。


 しばらくすると徐々に人気のない場所に。

 住宅街から自然が多く茂るような景色が広がっていき、やがて完全に人工物が見当たらない森の中へ。


 さすがに命の危険を心配するようになってしまう。彼女の目的が命を殺めるようなことでなければいいが。強盗という線もある。ちょ、この年で死にたくないんだけど……。


 やがて視界が広がり、薄暗い広場のような所にたどり着いた。ここはちょっとした隠れ場のようなスペースで子供たちが遊ぶには十分の広さだ。


「自転車を停めて跪け」


 彼女の言う通り俺は自転車を停めて跪く。

 日が当たらない場所だからか地面が湿っている。膝の部分が徐々に水気が侵入していく感じが気持ち悪い。帰ったら洗わないといけなくなったじゃんか。うぇ……。


「目的はなんだ? 身代金を俺の家族に要求しても見捨てられるだけだからやめておけ。こんな価値もないゴミカスのような男を連れ込んでも徒労に終わるだけだ」


「……自分でそれ言ってて恥ずかしいと思わないの?」


「全然。むしろ、俺に価値がないということ=無敵の存在であることを意味するからな!」


「はあ? なに言ってんの?」


「ふ」


「……お前の戯言に付き合ってられない。覚悟はできてる?」


「お手柔らかに」


 背後でがさごそと何かを取り出しているような音がする。エアガンの次は何が出てくるんだ? 鞭とか? どんなSMの女王だよ。俺はSでもMでもない。


 俺は楽観的に考えていたが、バチンっ! と、爆裂音にビックリして立ち上がってしまう。その音はもしや……。


「スタンガンっすか……?」


「正解」


 またバチン、と電撃音がしたがさっきよりも激しく威力が強そうな音量だった。

 洒落になんねぇよ! なんだよ、スタンガンって!?

 それって本来の用途を逸脱してますよね? 自衛目的では……?


「動くな。そして振り返るな。少しでもいうことが効けない場合――」


 バチンっ!

 俺は冷や汗が体のあちこちからダラダラと噴き出し流れていた。


「ちょ、何考えてんすか?! それは流石にアカンっすよ! そこまでする理由って何だよ!?」


「……仕返しよ」


「はぁっ!? 俺が何をしたって言うんだよ!?」


 全く身に覚えがない。誰かに恨みを買うことをした記憶はない。

 俺は身の潔白を主張するが、後ろにいる女子生徒は黙れとスタンガンのスイッチを押して脅す。


「お前が知る必要はない。さあ、大人しくこれを受け取るがいい」


 死なないよな……?

 でも、スタンガンは相当痛いと聞く。どこかでスタンガンの威力を自分の体で確認する動画を見たが、大人の男が失神するのを見て背筋が凍えた。


 このまま黙って従っていてはスタンガンの餌食だ。

 だけど、下手に動けばもろにスタンガンを喰らってしまう。そうなってしまってはしばらく行動不能。更なる追撃が見えてくる。


 くっそ……ここは実力行使に出るしかないのか?

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