13.布教しちゃうぞ☆

 配信は深夜まで及び、最後まで見てしまった俺は睡眠不足に陥ってしまった。

 瞼は鉛が乗っているんじゃないかってくらい重く、俺の意思に反して閉じようとしてくる。頭もぼんやりしていて、自転車に乗って登校途中に危うく事故を起こしかけたり。みんな、十代の内は睡眠大事!

 睡眠時間を削っていいことはないので、ぜひ部活の朝練を無くして欲しいと思います。


 俺は眠たい目を擦りながら自分の席に着き、朝から仮眠をとることにした。

 

「おはよう橘。今日は朝から眠そうだね。夜更かししたの?」


 四面楚歌の状況に置かれた俺に変わりなく接してくれる橋が肩を叩きながら聞いてきた。その優しさが身に沁みて温かくなるぜ……。


 だけど、もうすぐ五月が迫り、ゴールデンウィークもすぐそこにせまったせいか真夏のような暑さが続いているから、できるだけ密着しないようにお願いしたい。


「ああ。ちょっとな。ちょうどいい。お前におすすめしたい配信者がいるんだ」


「配信? 橘ってそんな趣味があったんだね。一年の時から仲良くしていたけど新たな発見だ」


「プライベートは一人で楽しみたい派だからな。誰か他の人と一緒じゃないと楽しめないような、パーりーなピーポーと一緒しないでほしいな。奴らの本質はただ騒ぎたいのと楽しんでいる自分に酔いしれて浸りたいだけの空虚な行為に過ぎない」


「はいはい。君の自論はいいから話してみなよ」


 つい橘の本能が先走って変なことを言ってしまったが、高橋は上手いこといなしてくれた。こんなひねくれものと一年の付き合いがあればいなし方もわかってきている。流石だ。


「悪い。ポータルってサイト、アプリもあるんだけど知ってるか?」


「名前くらいは聞いたことはあるかな?」


「おお! そこでゲーム実況を中心にやってる星宮アズサっていうヴァーチャルストリーマーがいるんだ。一回でいいから見てみることをお勧めするぜ」


「ほー。橘ってVストリーマーに興味があったんだな。てっきり『そんなもんはくだらん!!!』って言うのかと思ったよ」


「流石に俺は物事すべてを否定しねぇよ。そこまでやばい人間じゃねぇよ」


「ふーん。それで、その星宮アズサという人を見ればいいんだな?」


「そうそう! キャラデザがマジで俺の好み。清楚系っていうか、純朴というか、アイドルがそのままヴァーチャルになったような、そんな魅力を彼女に感じるんだ。トークもよし、ゲームもそこそこ上手い。実はこう見えて俺は古参ファンでな。どうだ? いいだろ?」


「へ~。橘にそんな一面があったのか。やっぱり面白いなー」


 高橋はふむふむと頷きながら感慨深げに呟く姿に俺は誇らしくなって胸を張ってドヤ顔を作ってしまう。。

 俺はただ面白いと思ったことを紹介しただけだったが、高橋にとっては意外だったらしく俺の話に興味津々だ。


 そういえば橘ってプライベートな話を今までしてこなかったんだよな。

 だとしたら高橋の態度も納得できる。


「星宮アズサ、ね。後でチェックしておくよ」


「ああ。だけど、高橋のような太陽に近しい存在が果たして彼女の魅力を理解できるのか。俺は無理だと思うけどな」


「そこまで言う?」


 俺の熱を入れた発言に高橋は苦笑してしまう。

 他にも多々魅力があるのだが、話に熱が入っていると一人の女子生徒の接近に気づくのが遅れた。彼女は櫛引明日葉。


 俺を地獄の底へと叩きつけた人物であり、天敵ともいえる存在の櫛引は声をかけづらそうにしていた。


 そりゃあ、俺がいるから嫌だろうし邪魔なのは目に見えている。

 だからと言って俺が動こうものなら高橋という男もセットで付いてくるの想像に難くない。


 どうしたもんかと前髪をくしゃくしゃとかきあげると、櫛引の存在に気づいた高橋が彼女にあることを問いかけた。


「櫛引さん。星宮アズサっていうVストリーマー知ってる?」


「……はい?」


 櫛引は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまう。

 いきなり知らない人の名前を出されて知っているかどうかを聞かれたら誰だって困惑するに決まっている。


 俺は高橋に注意をしてやろうと思ったが、櫛引は顔を引きつらせダラダラと汗を頬を伝って落ちていく。

 お腹の調子でも悪くなったのか? トイレに急いだほうがいいんじゃないか?

 そう忠告してやろうと思ったが、櫛引は視線が泳ぎながら口を開いた。


「え~誰なんだろうな~。私は、うん。全然知らないな~。あはははは……ごめんね~」


「知らないか。なあ、橘。星宮アズサってそんなに有名じゃないのか?」


「え? そりゃあ、ヴァーチャル界隈ではそこそこ有名だと思う。ここ最近はフォロワーの数も増えているし、配信の注目度も上がっている。だけど、そういうのが好きじゃないと知らないのも無理はないか」


 櫛引の頬が少し緩んだ。なんだ。櫛引も星宮アズサこと、アズチーの隠れファンなのか!?

 説明しよう。星宮アズサはファンの間ではアズチーと呼ばれているのだ!

 これは以前説明したが、この話には裏があるのだ!!!


 なぜアズチーと呼ばれるようになったのか。

 きっかけは彼女が配信始めたばかりに実況したホラーゲームにて、プレイヤーネームを決める際にアズチーと記入したことがきっかけ。


 これはアズチーファン必見の情報だから憶えておいてな!

 やばぇ、早口で語るオタクになっていたの反省。やばいやばい、自重しないとダメだ。


「へ~。そう言われると気になるな」


「気になるか? ここでどんな感じか見てみるか?」


 折角の機会だ。高橋と櫛引には星宮アズサを通じて仲良くなってくれたらいい。

 俺は櫛引を手招きし、俺はカッコよくスマホを取り出してアプリを起動。


 櫛引は小刻みに肩を震わせ、引きつった笑みをしながら手を振って拒否を示す。

 俺のことそんなに嫌いだったら直接言えばいいのに。日本人は意思表示が苦手だから仕方ないか。


「櫛引さんも一緒に見てみようよ。橘がおすすめするストリーマーさんだからさ。綾瀬さんもどうかな?」


「私は興味ないから結構」


 綾瀬は特に興味ないらしく文庫本から顔を上げることなく答えた。


 ということで、高橋は櫛引を強引に引き込み、三人で配信アーカーイブを観賞することになった。櫛引はフラフラと落ち着かない。トイレに行きたいのか?

 俺は早速昨夜の配信を選択し、音量ののボリュームを上げて見やすいように机に置いた。


『みんなーこんばんは~。星宮アズサだよー☆ きゃは☆』


「ぴぎゃーーーーーーー!!!」


 星宮アズサ定番の挨拶。このちょっと古風なアイドルのような挨拶が癖となるんだよなぁ。

 と、俺は高校野球をバックネット裏で見守るおじいちゃんのように、達観した態度で見ていると、櫛引がまるで怪物のような奇怪な奇声を上げた。


「ど、どうしたの櫛引さん!?」


「い、いえ~。少ししゃっくりが……あはは……」


 なんでもないんだったらいい。

 続きを再生し、今度は悩み相談を読み上げて彼女なりに答えていくところ。


『――ここでアズチーの……アドバイスターイム☆』


 星宮アズサの決め台詞が発動。小気味いいBGMと可愛いSEが鳴り、彼女の考えるアドバイスを送る時間となる。

 これがまた可愛いんだわ。悔しいくらいに。きっと橘も最初は嫌悪していたが次第に彼女の魅力に引き込まれて好きになっていたと思うと、橘のことがほんのちょびっとだけ好きになる。


「うぼぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!?!」


 今度は発狂した声を上げる櫛引。

 瞬く間に教室中の注目を集めてしまい、櫛引は慌ててわざとらしい咳ばらいをし、いつものように微笑みを携えて首を傾げた。


「な、なんでもないのよ~。変な虫が飛んでて……はい……」


 虫が目の前を飛んでいたらビックリして声を上げるのも無理ない。俺は再生ボタンを押して再開させる。


『恋愛巧者のアズチーに任せて! 私にかかればどんなお相手さんも一撃で落としちゃうんだからね☆ ミラクルミラクル……キューピット!☆ てへっ♡』


「もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!」


 櫛引は何を思ったのか俺のスマホを取り上げ、そのままクラスメイトをかき分けて教室から出て行ってしまった。


「俺のスマホ……」

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