12.星宮アズサにお任せあれ☆
櫛引のおかげで俺はすっかりとヒール役が定着したらしい。
教室にいても廊下を歩いているだけなのに後ろ指をさされ、学校の敷地内にいるだけで俺の噂が耳に入ってくる。頼むから陰口は俺に聞こえないようにやってくれ。
なんで俺の聞えるように陰口をするのか理解できない。
それはもう陰口じゃなくてただの悪口。はぁ……なんだろうな、本当にどうでもよくなってきそうだ。
綾瀬の時以上に俺はおもちゃにされているらしく、俺に対して面白おかしくあだ名をつけるのが流行っているらしい。
勘違い野郎、自爆王、突撃兵、下半身脳みそ野郎等々。センスがないね。もっとカッコいいあだ名をつけてくれと思う。でもよくもまあ、人の悪口がポンポンと出てくるもんだ。ぜひ、その想像力を勉強や多方面に活用してもらいたいものだ。
俺だけに被害が出ている状況は我慢できる。だって奴らは遠くで人の悪口を周囲に言いふらすだけで、直接本人の前で言えるような度胸を持ち合わせた人は少ない。
そう考えると悪口を言われようがどうでもよく思える。
有象無象の連中に好き勝手言われようが実害が出ていない以上、彼らを相手にしたり意識することが時間の無駄になる。
とはいえだ。こんなに噂になってしまうと櫛引に話しかけづらくなってしまった。
櫛引も高橋に声をかけようにも近くに俺がいるため、以前よりも接触しづらいという。
まあ、高橋は俺に変な噂が沸き上がっていても変わらずに接してくれている。
俺の言い分もしっかり聞き、ドンマイと言われて励まされた。
俺のよかれた思った行動のせいで俺自身が魔除けになっているようで……誰が魔除けだっつーの!
という、心の中でボケとツッコミをかましつつ、俺はどうしたもんかと思案していた。
授業中なら俺に対してあーだこーだ言ってくる人はおらず、安息の時間となっている。普段であったら授業中は退屈で眠気が襲ってきて、その戦いが日々行われているが今は一人で物事を考えられる貴重な時間となっている。
さて、どうしたもんか。高橋に俺の目的を話すわけにもいかないし、隣の綾瀬も編に巻き込むわけもいかないので協力を仰げない。
他に頼れる友人はおらず、一人で何とか解決するしかない状況だ。
あー……ぼっちはつれぇな。こういう時に頼れる人が一人でもいたら楽になるんだが。表面上だけでいいから愛想よく振る舞い、コミュニケーションを取りつつ人と関係を構築できればいいのに、橘という男は一切そういう努力をしなかった。
はぁ、つらぁ。橘を恨みながらも彼の趣味の一つである、アレに癒しを求めることを決めるのだった。
夜の九時。自分の部屋にて。俺はPCを起動しあるサイトを開きログインした。
ポータル、というライブストリーミング配信プラットフォームにログインした俺は、すぐさまある人物の配信を開いた。
その一連の動作に迷いはなく、普段の授業以上に集中して昂っていた。
配信画面は可愛らしい待機中の文字にデフォルメされたアニメキャラが動いている。ここ数年、著しい成長をしているヴァーチャルストリーマー、通称Vストリーマーの配信が始まった。
本日は告知された通り夜の九時に配信が始まるはず。俺と同じく配信を楽しみにしているリスナーたちのコメントが続々と流れていく。
俺はコメントはしない。なぜなら、配信を存分に楽しむためにコメントを打つ行為自体が邪魔であるからだ!
コメントを打ち送信するという一連の行為は、配信画面から目を離して文字を打ち込むというリソースを払うことになる。それでは配信を見逃してしまうし、コメントを打つことが目的となってしまい、配信を視聴して楽しむという本来の楽しみ方を損なってしまう恐れがあるのだ。
普段は腕を組み、ヘッドホンを装着して一言一句聞き逃さない体制を作るのがマストだ。あれ、もしかして俺ってゲーセンで格ゲーが流行っていた時にいた、対戦を見るだけの人がよくとっていたポーズをしているような。なんとか立ち……いや、何年前の話だっつーの。
『あーあー。みんな聞こえてるかなー?』
アニメ声をしたきゃぴきゃぴとした女性の声が聞こえると、画面が切り替わり女性アバターが現れ動き始めた。キタコレ!
『……大丈夫そうだねー。音量も問題なさげ? おっけー。それじゃあ、配信始めるよー!』
彼女が声高く宣言するとコメント欄が滝のように勢いよく流れる。
ふ、愚かな。配信は配信者のゲーム実況やおしゃべり、歌やその他諸々を中心に楽しむのがベスト。配信を盛り上げるためにコメントをする行為自体、それすなわち少しでも自分のコメントを見てほしいという承認欲求に過ぎない。
さて、諸君らは彼女のことについて知らないので紹介するとしようか!
彼女の名前は星宮アズサ。個人で活動しているVストリーマーで主にゲーム実況をしている。他にも雑談や歌枠、お悩み相談等々をしている。
橘のやつ。こんな趣味を持っているとは。
奴のことだからこういうのを毛嫌いしていると思っていたが、実際はかなりのファンと見受けられる。
橘の部屋は一見して無趣味っぽさそうな内装をしている。
ベッドに本棚、机に椅子、PC一式。クローゼットは服やなんややらが収納されている。
橘はどこぞのやばいノートを持ってしまったキャラクターのように用心深い。
机の三つほど引き出しがあるが、その中で一番容量がある引き出しに星宮グッズが隠されていた。
まさか、隠し板が設置されているとは思わなかった。変な取り出し方をすると発火する……ことはなく、橘が必死の工作の末生み出したカモフラージュと言ったところか。へ~意外だな~、と他人事のような感想を抱いたが、気がつけば俺も星宮アズサのファンになってしまった。
キャラデザも〇、トークも〇。まるでアイドルのような声質や甘え方に、誠に遺憾ながらハマってしまいました☆。
マジでアズチー最高……アズチーは星宮アズサのあだ名。ファンの間で定着している名前だ。アズチーアズチーアズチー♡
うっわ、自分で言っててあれだが気持ち悪い……こういうのは鏡を見ながら言えばどう他人に見られるかわかるのでお勧めだぞ☆
さて、独り言はここで終わらせて配信に集中しよう。
今日はお悩み相談を生で受け付けるとのことで、俺は本来の目的を思い出して急いで文章を作成していく。
内容としては、俺が櫛引に対して勘違いを生んでしまい、そのせいで彼女と話せなくなった。どうすればいいでしょうか、ということを簡潔にまとめた。
もちろん、櫛引の部分は匿名にして、どうやったら告白と間違えられた女の子と仲直りできるのか、藁にも縋る思いで送信した
こんな悩みをVストリーマーにしたところで読んでくれるか定かではないが、少しでもヒントが欲しい現状では猫の手も借りたいのだ。
星宮アズサのお悩み相談は彼女に対して匿名で相談事を送ることができ、ランダムで選択されたものを読んでいくという流れになっている。
ま、結構な人数が送っているとアズチーも言っていることだし、ほとんど無理だろうと俺はあきらめムードだった。
素直に配信を楽しんで気持ちを切り替え、どうにかしようと後日考えればいい。
今はちょいと精神的に疲れ果ててしまった。今日、駐輪場で陰キャの星ってバカにされたんだ。
なんだよ、陰キャの星って。俺は火の玉でノック受けたりしねぇぞ。まったく。
陰とか陽とかで区別している人たちは、その時点でつまらない人間であると自覚した方がいい。
自分が上だと優越感に浸りたいのだろうが、陰だの陽だの気にしている時点でダサいことを声を大にして伝えたい。
陰だの陽だの、大人はまったく気にしない。つまり、それを気にしているのは精神的に未熟であり、選民思想を持っていることを危惧した方がいい。
『えーっと、みんな沢山の相談ありがとうねー☆ 全部読めないから、そこのところよろしくね~』
それにしてもコメント欄はすごいなぁ。アイドルのライブ会場並みに統制されており、新規が入り込める余地がない。すげぇな。
続々と悩み事が読まれ、それについてアズチーは思案しながら答えていく。
そして、俺はボーっとお菓子を頬張りジュースを飲みながら悠々と聞いていると、見覚えのある文章が読まれ始めたことに気づき、慌ててモニターをなめまわすように見つめた。
『なるほど。ある人と話そうとしたけど告白だと勘違いされちゃったのね~。誤解を解こうにも話しかけづらいのね。そっかそっか~……』
やっと読んでくれた。かれこれ配信開始から二時間待ったかいがある。アズチーがどんな回答をするのか興味ある。俺は静かに待つことにした。
しかし、待てど待てどアズチーは一声も発さず、黙り込んでしまったようだ。
コメント欄も彼女を心配するコメントで溢れている。
『んーえっと……話し合いが必要なんじゃないかな~って。うん。そうだね~あはは……』
何か様子がおかしい。訥々と答える星宮だが明らかに声のトーンが数段下がっている。無理やり空笑いしているようにも聞こえ、俺は彼女の体調の心配をしてしまう。
いくらヴァーチャルとはいえ、中身は普通の人間。体調が急激に悪くなることだってありうる。
だけど、こんなことを考えれば考えるほど現実要素が見えてしまう。
俺はヴァーチャルの世界観を壊したくないので、これ以上余計なことを考えないようにしようと心に決めた。
『まさかね、そんなはず……』
ん? 一瞬聞いたことのある声がしたような。
だけども、星宮は元気を取り戻し次のお悩み相談へと移行した。
結局、Vストリーマーに相談したところでハッキリとした答えを得られず、ただ配信は思いのほか楽しかったことだけが残ってしまうのだった。
星宮アズサ。ふむ。悪くねぇな。
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