11.論外の男
櫛引は高橋と話すことができずお昼休みは終わってしまった。
櫛引は『大丈夫だよ~』とフォローしてくれたが果たして内心はどう思っていることやら。櫛引は高橋に用があるというのに、なぜか俺が席を外すと付いてくる。少しは櫛引の気持ちを慮ってほしい。彼女、絶対怒ってるって。
このままでは埒が明かない。
二人に任せていてはいつまでも時間がかかってしまう。先に手を打つべく俺は放課後になってすぐに櫛引の所へ行き声をかけた。
「櫛引、ちょっといいか?」
櫛引は友達の女子二人と楽しく話していたが、俺に声をかけられて少し困惑しているようだった。すっげぇ申し訳なく思うが、心を無にして任務に徹する。
「えっと……何か用、かな?」
明らかに動揺とも困惑ともとれる微妙な顔つきで訊いてきた。周りの女子は何事かと興味津々に聞き耳を立てている。
「ここだとあれだから、別の場所でいいか?」
「……わかった~。恵、佐那、また明日ね~」
櫛引は友人たちに別れを告げ、カバンを肩にかけて俺に向き直る。
俺は無言で頷き、回れ右をして歩き出した。高橋はクラスメイトと談笑してこちらに気づいていない。ありがとうな。えーっとチャラチャラした変な奴と加藤。彼らにはジュース三本で高橋の足止めに協力をお願いした。
高校生からすると飲み物三本は痛い出費だが、物語の進行には欠かせないのでグッと堪えるしかない。
よし、これで櫛引と二人っきりで話せるチャンスを得た。
先頭は俺。その後ろに櫛引。まるでRPGゲームのように付いてくる櫛引をチラ見しながら階段を下り、俺は売店兼食堂のある建物へ。
ここは一階が売店、二階は食堂になっている。用があるのは二階の食堂。ここは多種多様な自販機も揃っている。アイスクリームにお菓子、ハンバーガーまでもが自販機で買えるおかげでお昼になると人でごった返している。
あまりの種類の豊富さからテレビからの取材が来ることも多々あるとか。
そのおかげでうちの学校、音ノ内学園はそれなりに人気があるという噂も耳にした。本当か?
一方で放課後になると閑散としているせいでちょっとした穴場スポットになっている。ま、大体の生徒は部活か遊びでカラオケやらに行ってしまうからだろう。
食堂に着くと、俺はアイスの自販機に行きストロベリー味のアイスを買った。
「何か食べたいものあるか?」
「え? 奢ってくれるの?」
「ああ。ここに呼び出したわけだし。迷惑料みたいなもんだ」
「え~ありがとう~。じゃあ、どうしようかな~。チョコバニラも美味しそう! あ、でもでも、バニラもいいな~。どれにしようか迷っちゃうな」
櫛引は迷う素振りをしながらちゃっかりとチョコミントを指差していた。
うわあ、あざとすぎるだろ。俺のようなひねくれものしか見破れないくらい、わざとらしい仕草だった。
このあざとさがあるから人気なのかもしれないが、もっとバレないようにやってくれと言いたくなる。俺はチョコミントを買って櫛引に渡し、適当な席に座った。
それぞれ対面の席に座り、無言でアイスを頬張る。
アイスだから美味しい。時期的にも暖かくなったということもありちょうどいい。
この何とも言えない微妙な時間を過ごし、先に食べ終わった俺が話を切り出した。
「ここまで呼び出して悪い。あまり人がいない場所で話したかったんだ」
櫛引の体がビクッと動いた。あの、そんなに警戒しなくていいからね?
ただ俺は高橋と櫛引の橋渡し役をするだけだ。それを伝えてさっさと帰って昨日買った漫画の続きを読むんだ。
「え~っと。教室じゃダメなのかな?」
「ああ。あそこだと邪魔者が入るからな。大事な話をするにはこういう二人っきりになれる場所が最適だからな」
「あーなるほど。そういうことね」
櫛引は納得したように小さく何度も頷き、彼女のチャームポイントの笑顔は鳴りを潜め、凍てつくような目を向けながら顔を上げた。
「ごめんなさい。私はあなたのことよく知らないし、アイスを奢ってくれたことは感謝するけど、あなたと付き合うことはできません」
ん? あれ?
俺ってもしかして、告白していないのに一方的にフラれてるのか?
「あ、いや、そうじゃなくてだな――」
「あはは……気を悪くしないでね? 私はあなたのこと嫌いではないから安心して。そういうのはまず友達になってからの方がいいと思うよ?」
「櫛引、一旦俺の話を聞いて――」
「それじゃ、私はここで」
「あ、待てよ!」
櫛引は残ったアイスを一口で平らげ、その反動で頭を痛めて唸る。
そそくさと後片付けをして、食堂から逃げるようにいなくなってしまった。
「あれこれ……やばいんじゃ……」
俺の悪い予感は的中。それは翌日になってわかるのだった。
翌日。朝から億劫で学校を休みたい気分だった。けど、仮病で休んだところで噂好きに燃料を与えるのも面白くない。
いつもよりもギリギリの時間に家を出て、俺はなるべく気配を消しながら教室に入る。脇役の俺だから目立つことなく教室の景色の一つと同化して、誰にも見つけられずに過ごすことは――叶わなかった。
俺を視界に入れたクラスメイトたちはひそひそと何かを耳打ちを始めた。
ああ、きっと昨日の話がすぐ伝播したんだろう。主に櫛引から。
俺は諦めて自分の席へ逃げるように座り、そのまま突っ伏して寝た。
タイミングよくチャイムが鳴り、いつもだったら俺のところへ来る高橋も自分の席へ。
しばらくは一人でいられるが、それも長くは続かない。
俺はどうしたもんかと悩んでいると、コンコンと叩く音が聞こえた。
首をひねって音のする方へ顔を向けると、隣の席の綾瀬が指の背を机に叩いて俺を呼んでいたようだ。
「橘くん。あなた何をしたの?」
「話が出回ってんだろ? どんな尾ひれがついたか知らんけど」
「ええ。櫛引さんを呼び出し、アイスを餌に告白しようとした橘千隼という男の話をね」
告白という間違い以外は史実通り。俺は何をやってんだ……後悔と共に自分の行動を恥じてしまう。ただ、話をするつもりが勘違いを生んでしまったことは紛れもない事実だ。
「告白じゃなくて話をしようと思ってたんだよ。あいつが勝手に告白だと勘違いして友達に言いふらしたんだろ。そのせいで俺はとんでもない被害を被ってる」
「あら、そうなの。ちなみに櫛引さんはあなたのこと、論外と言っていたそうよ」
「論外か。安心しろ。俺も眼中にねぇから」
あんなぶりっ子しておいて陰口は平然と行い、更にはわざと周りに言いふらして被害者ぶって同情を得るそのやり方、完全に計算高い女子であることは明白だ。まったく厄介な相手を敵に回したもんだ。
いや、俺は全然敵に回してないけど面倒なことになった。
俺としては櫛引と高橋を結ぶ橋渡し役をやろうとしたが、これでは俺の努力は無駄に終わる。ひとまずは誤解を解消しておかないと俺の学生生活が終わってしまう。
いや無理か。今回ばかりは俺が悪い。昨日、強引にでも話を聞いてもらっておけばよかったが、あまり接点のない女子と話すことを苦手とすることが裏目に出てしまった。
なんでこんなことになるんだよ。櫛引の奴、後で絶対奢った分を返してもらうから覚悟してろよ。アイス三本で許してやる。
「……あなたはどうしたいの?」
「決まってんだろ。告白しようとした件は誤解でただ話がしたいだけだったって、それが本人に伝わればいいけど、今行ったところで逃げられるか周りにガードされれるのがオチだ」
「そう。なんとかなるといいね」
「どういたしまして」
はあ……いつになったら先生が来るんだ。
チャイムが鳴って五分が経ったが、未だに現れる気配がない。
頼むよ田中先生……早く来てくれよ。
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