8.俺はサブキャラでありたい

 公開処刑のようなやりとりがあったせいで俺は大恥をかいてしまった。ああ、俺はもうお嫁に行けなくなったので出家します……。というのは冗談。

 

 高橋が主導して俺と綾瀬は無理やり友達ということになったが、果たして滑稽無稽なやり方で効果が出るのだろうか。


 ハッキリとした手ごたえもなく、上手くいった確証もなかった。

 あんな高橋の投げやりっぽい対応で噂話がなくなるとはにわかに信じがたい。


 が、その効果はすぐに表れることになる。

 俺と高橋、綾瀬の偶然できたグループの噂は瞬く間に広がり、彼女の周りにいた取り巻きたちは一人も残らなかった。


 流石高橋。『大好きはやめられない!』の主人公なだけあって効果は絶大。

 取り巻きたちも高橋に唾が付いた綾瀬に興味を無くしたのか、それとも太陽のような存在の高橋に負い目や嫉妬したのか、それは当人に聞かないとわからない。


 取り巻きたちだけではなく、俺と綾瀬の噂話もピタッと止まった。

 これも高橋という人気者に嫌われたくないのか、それとも彼が主人公だからそういう補正が働いているの。本当のところは不明だがどちらにしても、俺こと橘のようなサブキャラにできない芸当だ。


「……」


 朝。教室に着くと、俺はすぐに自分の席に着席。隣の席の綾瀬は文庫本を開いて読んでいるため、お互いに挨拶を一つ交わすこともなかった。


 今日は珍しく高橋は教室におらず、遅刻か欠席か。どっちにしろ、あの男がいないと朝は静かであった。俺はいつものように授業の準備をして、朝のHRが始まるまで仮眠を取ろうとしたとき、綾瀬は本を閉じて、ちらりと横目でこちらを見て声をかけてきた。


「おはよう」


「おう」


「すぐに言えばよかったのだろうけど、中々タイミングがなくて。その、ありがとう」


「ああ。感謝するんだったら高橋に言ってくれ。あいつが全部解決してくれたんだ。俺は何一つできやしなかったんだから」


「いえ。橘くんだって私の悩みを聞いてくれたわけだし」


 綾瀬に初めて名前で呼ばれた。ただ、それだけのことなのに俺は僅かだが心臓が跳ねた。


「過大評価し過ぎだ。俺は一人で解決できそうにないから高橋に相談した。そしたらあいつが一人ですべて終わらせた。俺は何もしてねぇよ」


「いいえ。私はあなたに……酷いことを色々と言ってしまった。そんな相手に嫌な顔一つしないで話を聞いてくれた。普通はできないことよ」


 綾瀬は申し訳なさそうに顔に影を作っていた。俺としては酷いことをされた覚えはないし、備品室でのことは事故で済むし、俺に対して当たりがきつかったのは、俺がひねくれもので性格が悪いので致し方ないことだ。


「別に気にすんなって。俺は何一つ気にしてねぇから、そこまで自分を責めなくてもいい」


「でも……」


「もう終わったことだ。これ以上は何も話すつもりがない」


「……」


 綾瀬はまだ何か言いたげな雰囲気だった。だけど、俺の方から催促しないし無理やり聞こうとは思わない。


 なぜかって?

 俺はあくまでこの世界では脇役だからだ。


 主人公は高橋。そのヒロインとなるべく人物の一人に綾瀬がいる。

 特に綾瀬はメインを張るヒロインであり、俺こと橘が深くかかわっていい存在ではない。


 『大好きはやめられない!』の橘千隼になってからまだ時間はそこまで経過していない。慣れることに必死で、と思ったら綾瀬関連で巻き込み事故が発生。

 事態の収拾のためとはいえ不要な注目を集めてしまった。

 少し出しゃばり過ぎた。本来、この渦中の中心人物は高橋浩人ではないといけないはずだ。


「ちゃんと高橋にありがとうを言っておけよ。俺は少し眠るから」


 あとは若い二人に任せて……って俺も若いけど。

 俺は机に突っ伏して目を閉じた。これ以上綾瀬と話すこともないし、なんだか彼女と話していると胸がざわつく。


 この胸騒ぎの正体は何か。ただの気の迷いなのか。それとも別の感情なのか。

 考えたくもない。だって彼女は――。


「橘くん」


「……」


 寝たふり寝たふり。そうすれば諦めて声をかけてこなくなる。俺は脇役。サブキャラ。目立ってはいけないし、主人公やヒロインの邪魔をしてはいけない。


「あなたは忘れてしまったようだけど、私はしっかり憶えているから」


 何がだ?

 この短期間のうちに綾瀬に失礼なこと言ったのか俺?

 いや、そんはず……ないよな?


「ひねくれもので口が悪くて……だけど、今のあなたは違う」


 綾瀬は何が言いたいんだ?

 俺は橘の影響でひねくれちゃったし、口も悪いし目つきも悪い。

 いい所はないけどルックスは悪くない。案外自分の顔は気に入っている。


「私は――」


「おはよう橘! あれ、寝ているのかな?」


 流石主人公だ。最高のタイミングでやって来たようだ。高橋は俺の肩を軽く突くがすぐにやめてくれた。


「これから授業が始まるというのにおやすみしたようね」


「そうだね。おはよう綾瀬さん」


「おはよう。この度は色々とありがとう」


「全然! 僕は橘と綾瀬さんのために行動しただけ。感謝するべきは僕じゃなく橘にしてほしい」


「それ、橘くんも言ってた」


「あーそっか。最近の橘らしいな」


「最近の橘くんはこんな感じなの?」


「うん。相変わらずひねくれて口が悪く、目つきも悪い」


 おい。俺が寝ていると思って悪口か?


「だけど、最近の橘は可愛い一面も見え隠れするようになったんだ。一見、ツンツンしているようだけど、本心ではまったく別のことを思っているんだ」


「……なるほど。もしかして、あれも照れているという解釈ができる……」


 やめろやめろ!

 まるで俺がツンデレキャラみたいじゃねーか!

 断固として否定する! おれはただ単に事実を述べているだけだ!


「そうそう。素直に笑ったり喜べばいいのにね。そこがまたいいんだけどね」


「ええ。本当におかしい」


 ……俺は二人にどんな顔して話せばいいんだよ。

 ふざけんなよ! そこは主人公とメインヒロインらしく、二人で乳繰り合っておけよ!


 俺は脇役でいいんだ。登場人物紹介では下の方にあって、説明も一言二言しかないサブキャラで充分だ。だって、この物語の主人公はお前、高橋浩人だから。

 

そのヒロインとなるのは綾瀬莉子。そう。俺は二人の恋路の邪魔をしないようにすればいいポジションであり、任されたキャラだというのに、主役級の二人にこうもいじられなきゃいけないんだ?


 本当にもう俺の知らない物語を進んでいる。どこから歯車が狂ってしまったんだか。でもまあ、悪くはない。かな?

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