9.クラスメイトの櫛引明日葉

 主人公高橋浩人のおかげで変な噂は鳴りを潜めた。高橋にあっぱれを送りたいが、調子に乗ると嫌なので保留することにした。


 高橋の強引ともいえる手段で解決? したことによって問題は収束。

 流石主人公なだけある。雑音がなくなることは俺も多大な恩恵を受けるのでひとまずは友達の高橋に感謝感激雨あられ。


 当初の目的通り、高橋と綾瀬の二人の距離も縮まったと思うので良しとしよう。

 俺の周りも平和になったし、ひとまずは一安心。安心すると気が緩み、授業中もついつい眠たくなってしまうので気をつけないといけない。


 それと、ここ数日でわかったことだが俺はぼっちに近い存在。ノートを取らなければテストの存在が危うい。おいおい。高橋がいるんだから見せてもらえばいいじゃないかって?


 ちっちっち。俺みたいな真のぼっちは一人で勉強したい性分。それに普段から授業を聴かず、寝たりふざけてばかりでノートを取らず、テスト前になった慌てて周囲を頼るという連中と一緒になりたくない思いもある。


 本音としては今すぐにこの世界から脱出したいところだが、今のところ糸口さえ見つからない状況。今を生きるしかない俺は、この世界が幻であろうが夢であろうが普段と変わらずに過ごさないといけない。


 軽く顔を叩いて眠気を飛ばしてシャーペンを走らせる。

 このままトラブルに巻き込まれずに過ごせればいいな……そんなフラグを立てるようなことを思いながら授業を受けるのだった。




 お昼休みの時間。俺の机を高橋と共有してお昼を食べることに。

 ちなみに綾瀬は隣の席で大人しく食べている。彼女としては高橋という後ろ盾ができてから大人しく学生生活を過ごせるようになってリラックスできているとのこと。


 とはいえ、俺と高橋の会話に加わらず、スマホをいじるか本を読んでいることが多い。一人でいてもなんら問題ない人かもしれない。俺と高橋もそんな綾瀬の性格を知っているので不干渉を貫くことにしている。


 さて、そんな説明をしているとお腹も空いた。早くお昼を食べよう。

 俺は普通サイズの弁当箱をカバンから取り出すと、高橋のは俺の倍以上の弁当箱を持ってきた。前々から思っていたが食べ盛りにも程があるだろ……だから背が高いのか? 少しは身長寄こせ。


「どうしたの? 食欲がないんだったら君の弁当貰ってもいいか?」


「ボーっとしてただけだ。あと、絶対にお前にあげないから安心しろ」


「え~」


 食べる気満々だったのか拗ねてしまう。小学生かっつーの。

 しょうがないからあまり好きじゃないカチカチのブロッコリーを一つだけあげた。

 高橋は子供のようにはしゃぎながらブロッコリーを一口で食べてしまう。


「ありがとう! もっと頂戴!」


「あげるかっつーの。一つで我慢しろ」


「え〜ケチ!」


「はいはい。ケチで結構。そういえば、綾瀬とはどうだ? 上手くいってるか?」


 さり気なく綾瀬のことについて聞いた。高橋は特段表情を変えることなくサラッと答える。


「んー。別に? 少しメッセージのやり取りしたくらいだけど。なんだよ、そんなに気になる? 嫉妬しちゃったかな?」


「別にそんなんじゃねぇよ」


 進展なし、と。折角、接点ができて連絡先も交換したはずなのに、二人の関係性は停滞気味のようだ。どうにかして二人の距離を縮ませないと、そんなことを考えながら俺は白米を咀嚼していく。


 という感じでお昼を過ごしていると、一人の女子生徒が近づき声をかけてきた。


「高橋くん。あの~ちょっといいかな~?」


 なんだこのゆるふわ的な甘ったるい感じで喋っている奴は。

 こういう口調に限って本当にゆるふわか裏表のあるキャラに違いない。


 俺は声の主を見てすぐにその人物が誰なのか気づいた。

 櫛引明日葉。ポニーテールと今どきらしく制服を着崩したり、スカートが短いことがすぐ目に入る。

 なぜ俺が櫛引明日葉を知っているのか。勿論、この世界にやってきて時間も経ってクラスメイト全員の名前を憶えたということもあるが、櫛引は『大好きはやめられない!』のヒロインの一人だと知っているからだ。


 残念ながら一巻までしか読んでおらず、櫛引も一巻の最後に登場したくらいで彼女がどういうキャラクターなのか全く知らない。


 だけど一つ言えるのは、こいつは裏がありそうな感じがすることだ。

 特徴的なそのゆるふわそうな雰囲気とスイーツ並みに甘ったるい話し方。


 こいつはいわゆる猫を被っているに違いない。裏の顔は絶対に性格もひん曲がり、悪口も流しそうめんのように言っていることだろう。


 というのは俺の櫛引に対する第一印象でしかなく、今の櫛引が本来の性格である可能性が以上、あーだこーだ憶測を並べることは不毛だ。

 というか、初対面の相手を勝手に○○だと決めつけて悪く言っちゃダメだ。

 橘の悪い癖はどうしても出てしまう。橘ってまじで性格悪いんだな……。


「櫛引さん? 何か用?」


 櫛引の対応は高橋に任せよう。彼女の目的は高橋だ。となれば考えられる理由は一つ。高橋と仲良くなり。これ以外考えられない。


 高橋に好意を寄せ、どうにかして距離を縮めていきたいと思っていることだろう。

 ま、俺には関係ない話。道端に落ちている石のように俺はスッと気配を消した。


「えっと〜、本当に大した用ではないんだけど〜。相談、というか悩みがあるというか……」


 櫛引が一瞬だけこっちを見た気がする。いや、俺の気のせいでもないようだ。

 彼女は目で訴えかけているのだ。邪魔がいるから話せない、と。

 ふっ……俺の目は誤魔化せないし、お前の意図なんてすべてお見通しだ。櫛引のような女子は特にな。


「そうか。どんな悩みなんだ?」


 高橋は空気が読めない。この男は恋愛面に関してはラノベやラブコメ作品にありがちな鈍感さを有していることを失念していた。俺は頭を抱えてしまう。


「高橋。わりぃ、ちょいとトイレ行ってくるわ」


 さり気ない退出を宣言していなくなる。で、時間を置いて戻ってくればいい。

 俺という邪魔者がいなくなれば櫛引は高橋と二人で話せる。気が利く俺ってすごくない?


「僕も一緒に行くよ」


「はあ? 付いてくんなよ」


「えー連れションだよ。あ、もしかして橘ってそういうの気にするタイプ?」


「別にそういうんじゃ……」


「僕は他人が用を足しているところを覗くような趣味はない。安心してほしい。僕は決して――」


「あーもう! わかったから黙れ!」


 櫛引はニコニコと表情一つ崩さないが、俺にはその鉄仮面の下がどんな顔をしているのか読める。ふざけんなよ、と般若のような形相で俺を睨んで罵倒しているだろう。


 櫛引さん、よく聞いて欲しい。俺の最大限のアシストを台無しにしたのは高橋だということをお忘れなく。俺のせいじゃないからな?

 責任転換しつつとっととトイレを済ませて戻り、二人で話せるように場を整えないといけない。


「櫛引さん、トイレに行ってくるから待っててくれるかな?」


「うん♪ 全然平気だよ~」


 嘘つけ。その笑顔の仮面の下で舌打ちしてるだろ。

 ということで俺と高橋はトイレへ行き、素早く用を済ませて教室へ帰還。

 まだまだ俺に手段が残されているのですぐさま実行しよう。


「飲み物買ってくるわ」


 さり気なく離席するもっともらしい理由になるだろう。それにオレンジジュースも飲みたくなっていたのも都合がよかった。流石に高橋が付いてくることはないだろう。


「お、じゃあ俺も一緒に行くよ。櫛引さんもどうかな?」


「え? 私はいいかな~。えへへ……」


 ちょっとーー!!!

 この男は一体何を考えているんだ!?

 天然か? それともわざと狙っているのか!?


 ほらほらー櫛引の眉が引きつってるぞ。内心相当腹が立ってるだろうな。

 怖い怖い怖い。ああ、彼女の拳がわなわなと震えているじゃねぇか!

 だけど、俺が言い始めたところで行くのやめたと言えない。


「じゃあ、行くか」


「そうだな。櫛引さんごめんね?」


「いいって~。私のことは気にしなくて平気だよ~。いってらっしゃ~い」


 櫛引の顔が引きつっている。急いで飲み物を買ってこないと。

 俺は高橋の首根っこを掴んで教室を後にした。


 教室から一番近い、グラウンド近くにある売店兼食堂の建物へダッシュ。

 俺は紙パックのオレンジジュースを、高橋は少し悩んでから自販機のコーヒーを買った。飲み物を買い終わると主人公の背中を押して急いで戻る。


「そこまで急がなくてもいいんじゃないか?」


「うっせ! お昼休みは有限なんだよ! ちんたらしていたら貴重な休みが終わっちまうだろうが!」


 ラブコメ作品の主人公は鈍感または天然というのが定跡なのか?

 わかるよ。そこら辺の感覚が鋭かったら、すぐにヒロインと結ばれてendになってしまう。


 ラブコメの醍醐味は付き合うまでの過程だ。紆余曲折、衝突や勘違い、山あり谷ありを歩んでいった先にゴールというエンディングを迎えるのがラブコメの到達点なのだから。


「あ、おかえり~」


 健気にもその場から一歩も動かずにまってくれていた櫛引。

 どんな顔で待っていたのか気になるが、俺は高橋の背中を押して強引に櫛引の前に持っていく。


「そんじゃ、また後でな」


 もう席を外す言い訳が思い浮かばないのでさっさといなくなることにしよう。

 後は二人で話せばいい。櫛引も『大好きはやめられない!』のヒロインの一人だ。

 俺のようなサブキャラが関わっていい存在ではない。


 俺はそそくさと教室を出て、人気のない所を探しに行こうと思い適当に歩き出した。はあ、やっと離れられた。邪魔者がいない今、二人は――。


「急にいなくなってどうしたのさ」


「……お前、わざとやってんのか?」


「え? なにが?」


 ダメだ……この高橋浩人という男は空気も読めなければ察することができない。

 一体この男のどこに惚れて好きになるんだ。ヒロインたちは。教えてくれ。ストレスしか溜まらないんだが。


 櫛引には申し訳ないが今は諦めてくれ。

 しゃーない。俺が何とかして二人のためにセッティングしないといけないのか。

 やだなぁ。

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