第7話 主人公の出番!
早速行動に移すことにした俺は綾瀬と別れた後、この問題に終止符を打ってくれるであろう人物に電話をかけた。
『もしもし?』
「俺だ。少し話せるか?」
「構わないよ。でも、橘の方から電話をしてくるなんて初めてじゃないか? 急にどうしたのさ。遊びの誘い?」
「残念だけど遊びはまた今度な。早速で悪いが本題に入る。俺と綾瀬の噂話を知っているよな?」
『もちろん』
「その噂話に嫌気がさしている綾瀬から相談を受けたんだ。相当、あいつも疲弊しているみたいで、どうにかしてこの騒動を収めたいんだ。お願いだ。力を貸してほしい」
しばらく高橋からの返答はなかった。スマホ越しに聞こえてくるのは微かな生活音のみ。返答が来るまで一分弱ほどだったが、その倍以上長く感じられた。
『橘、君は変わったね。何か変なキノコでも食べた?』
「この期に及んでふざけるのはやめてくれ。真剣なんだよ、こっちは」
あれか。キノコを食べてパワーアップしないからな。
『悪い悪い。悪気があって言ったわけじゃないんだ。綾瀬さんが転校してきた日を境に橘は人が変わったみたいに別人になったように見えて。もちろん、外見はそのまま』
高橋浩人という男はわからない。恋愛ごとには疎く、空気を読めないこともしばしば。なのに、こういう時だけ第六感が働いたかの如く鋭く察しがいい。そういうところは嫌いだ。
「んだよ。思春期の男の子なんだから一日で心境に変化が訪れたって不思議じゃねぇだろ。ほら、アニメとか漫画に影響されるなんて、日常茶飯事だからな」
『それもそうか。橘って簡単に影響されるからな。変なこと言ってすまん』
「ふっ。感受性豊かなんで。それで何かいい案ないか?」
『そうだな……急に言われてもすぐには浮かばないな』
電話越しからでも苦慮しているのを感じた。
いきなり電話をしていい案がないかと聞かれたのだからしょうがない。
何度かやりとりを経ても結局結論は出ず、停滞した空気が漂い始めたので翌日以降にまた話そうかなと思い始めた時だった。
『別の話題で逸らせることはできないのかな?』
「……なるほど、別の話題か。盲点だったな」
なんでこんな単純なことがわからなかったのだろうか。
俺が当事者の一人になったということで視野が狭くなった居たのかもしれない。
一人で悩み続けていたら出てこなかった。少しだけ光明が見えた気がした。
『どうかな? 橘は何か思い浮かんだ?』
「そうだな。少しはヒントになったけどまだまだ。でも、道が切り開けた気がする。ありがとうな。助かる」
『いいって。僕はいつでも橘の力になるよ。最近の君は面白くていい人で……僕は好きだからね』
唐突な告白。それも真剣に言ってきた高橋。
俺は呆気に取られてしまったが、すぐに苦笑いしながら首を横に振った。
「残念ながら俺はストレートだからお前の気持ちに答えることはできないんだ。すまんな」
『そういうつもりじゃなかったんだけどな。でも、好きな気持ちに変わりはないから安心して! 僕はいつでも橘の友達だから』
「ああ。お前は最高の友達だ」
ちょっとした青春っぽいやりとりをしたせいか、顔が熱くなっているのを自覚する。なんだよ、高橋ってやっぱりいい奴だよ。お前が主人公でよかった。
「それでだ。どうするよ」
お昼休みの時間。俺と高橋はテニスコートの近くにあるちょっとした穴場スポットにいた。ここは元々ごみ捨て場だったが、老朽化が進み解体。別の場所にゴミ捨て場が移されたことによって生まれスペースだ。ぽっかりと開いたスペースに花壇が作られ、ちょうど座れるような大きさになっているため、ここを利用する人もいるとか。
ご丁寧に説明してくれた高橋に感謝。ここなら人気も少ないし思う存分話ができる。俺と高橋は弁当を食べながら、日のあたるスポットにて昨日の続きを話していた。
「あれから僕も考えてみたよ。時間はたっぷりあったから、僕なりにまとめてみたよ」
「すまんな」
「いいっていいって」
高橋はスマホを取り出して軽く操作していく。スマホのメモ機能を使ったのだろうか。そこまでしてくれるとは。主人公っぽいじゃん。いや、主人公か。
「一つ目。暴力で――」
「はいストップ。却下な」
「えー!? まだ全部言ってないのにー」
「暴力って単語が初っ端から出てきた時点でダメだからな? 今時拳で解決するなんて昭和じゃねぇんだからさ」
今は令和の時代。平成でも昭和でもない。今の時代に合った解決方法を提示してほしいものだ。高橋の奴、真面目な顔で暴力の後に何を言おうとしたんだ?
「むー。二つ目はまず覆面を買います」
「ん?」
「それで、覆面を被って噂を流す人を集団で囲ってボコボコに――」
「暴力から離れろ! ただのリンチじゃねぇか! 犯罪行為に加担できないし、そもそもそんなことしたら警察沙汰になるからな。はい、次」
「そっかー。三つ目。こちらから噂を流して上書きする」
三つ目にしてまともな案が登場に肩の力が抜けた。
一つ目の二つ目が酷すぎたので三つ目のまともで挑戦的な案に期待が集まる。
「具体的には?」
「例えば綾瀬さんは妖精が見えているとか、橘はドラゴンの末裔であり、高校生である一方で悪事を働く悪者を懲らしめている、とか?」
「そんなことしたら綾瀬は孤立するし、ただの痛い奴で可哀そうにならないか? 俺も巻き込んで空想を流すのは却下。次は?」
期待した俺がバカだった。もうこいつに期待するのをやめて真剣に俺が考えないといけない段階かもしれない。はあ……。
「冗談だって。四つ目が本命。僕たちの輪に綾瀬さんを入れる、というのはどうかな?」
「なんだそれ。どういう意味なんだ?」
「その名の通り。僕たちで綾瀬さんを輪に入れちゃえばいいんだよ。三人グループが誕生。僕と橘と綾瀬さん。これなら噂もなくなると思うんだ」
「……なるほど。三人でいればってことか」
俺と綾瀬は学校では一言も言葉を交わさず、それが返って噂に拍車をかけている。
高橋を巻き込んで三人で仲良くしているところを周りに見せれば、噂はただの噂に成り下がって霧散していく。高橋は周りから一目置かれるくらいイケメンで、発言権もあり影響力も絶大なるものを持っている。なるほど……そういう視点もあるのか。
「それと綾瀬さんも嫌だと思うんだよね。いつもいつも人に囲まれているし、退屈そうにしているのを見るとね」
「お前って綾瀬のことちゃんと見てんだな」
「綾瀬さんは目立つし、嫌でも聞こえてくるでしょ? 彼らの会話が」
「そりゃあ、な」
彼ら彼女らは綾瀬のことを見てないもんな。綾瀬の容姿や体しか見ていない。
本当にあいつらは自分たちの見栄や自分らのステータスしか興味のない、退屈で価値のない関わり合うのがこちらの人生の無駄と言わざるを得ない。
「よし! 異論がないんだったら早速行ってくるよ! 後は僕に任せてくれ!」
「あ、え? おい! どこに行くんだよ!?」
「教室。善は急げって言うでしょ?」
高橋は元気よく立ち上がり、全速力で行ってしまった。俺は頭をかきながら高橋の後を追って走るのだった。
二年三組の教室。いつもと変わらないが、俺が着いたころには教室中が静寂に包まれていた。その元凶の中心人物。高橋浩人は全速力で走ったせいで息が絶え絶え。汗が額から垂れ流しながら人混みをかき分けながら綾瀬の元へ。
「綾瀬!」
教室に綾瀬を呼ぶ声が響いた。誰もが高橋の行方を固唾を飲んで見守り、取り巻きたちも眉をひそめながら高橋の次の言葉を待った。
「は、はい。なんでしょうか?」
綾瀬は唐突に名前を呼ばれ、変に注目を集めてしまったということもあり固まってしまっていた。そりゃあ、しゃーない。
「僕と友達になろう!」
「え、あ、はい」
「僕と連絡先交換しよう! LAINやってるよね?」
「……はい」
綾瀬はあたふたしながらもスマホを取り出して高橋と連絡先を交換する。そして、高橋は綾瀬の手を掴み立ち上がらせて、
「綾瀬さんに紹介したい人がいるんだ。少し口は悪いかもしれないけど、本当はいい人だし僕の大事な友達なんだ!」
「今から?」
「そうそう! おーい、橘! こっちこっち!」
大声で俺の名前を呼ぶな!
ほーら。俺に注目が集まったじゃねーかよ。しかも、いつも騒がしいお昼休みの時間のはずが、授業中の時のように静まり返っているのも気まずい。
すこぶる元気な体調が一気に下降線をたどり、吐き気を催してきた。
高橋のやつはこっちこっち、と呑気に手招きしているし。はあ、行くか。
ローファーが床を踏みしめる音だけが響き、一挙手一投足視線が注がれていく。
綾瀬の周りにいた人たちは俺に道を開けるように散っていき、まるで俺はモーセになった気分だ。
「橘千隼くんだ! 僕の友達で口は悪いけど本心で言ってないから。結構ツンデレなところがあるから、言葉の真意を理解すると可愛らしいものだから」
「おい! 恥ずかしいこと教えんなよ!」
周りにも聞かれたじゃねーかよ。うわっ、こいつキモ……みたいな目で見てくる女子がいるし、もうやめてくれよ……。
「……ツンデレ。アニメのヒロインならまだしも、あなたがツンデレ……ぷっ」
「笑うな! 別に俺はツンデレでもなんでもないからな! 高橋っ! お前っ……!!」
「いいじゃないか。減るものでもないし」
「そういう問題じゃねー!!! あ、おい! そこの綾瀬! 腹を抱えて笑うな!!!」
俺の悲痛な叫びが学園中に響くのであった。なんで俺が……。
まあ、これで綾瀬が救われるのであればいいか。そんな柄にもないことを思うのだった。
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