第6話 相談

 綾瀬からの誘いに俺は一つ返事でイエスと答えてしまった。

 俺だって男だ。漫画でほんのちょっぴり綾瀬のことを知っていることもあるが、美人な転校生から食事に誘われたら断れない。


 だけど、綾瀬が俺みたいな脇役に何の用が?


 そりゃあ、変な噂が流布しているけど俺から流したわけではなく、周りの噂好きが勝手に尾ひれをつけているだけ。

 俺に対して言いたいことがあるかもしれないが、文句は他の人にしてほしい。


 他に考えられるのは愛の告白のための誘いだが、百パーセント有り得ない。

 俺に対しての態度は敵対的だし、告白はまず選択から排除。


 本人に理由を聞こうにも授業と授業の合間やがお昼の時間は、綾瀬の周りに人が集まり不可能。


 俺も俺でクラスメイトや他クラスの連中にだる絡みを受けて、それらを追い払うのに必死で真意を聞けずにいた。

 もやもやした気持ちが胸に滞留したまま、放課後を迎えてしまう。


 先に教室を後にしてしまった綾瀬を追いかけようにも、高橋や変なチャラ男に妨害されて防がれてしまう。特にチャラ男は最後までしつこかったのでチョップをプレゼント。


 解放された俺は急いで俺は指定されたファミレスに向かった。

 綾瀬が指定したのは有名イタリアンのファミレス。安い、美味しいということで学生の多くも利用しているお店だが、俺も個人的に好きなチェーン店だ。


 高橋に指名された店舗は、俺が通う学校から少し離れた場所にあり、地図アプリを見ながら行くことに。

 道を間違えたり、時間もかかったが無事到着。


 店内に入り店員さんに説明すると案内され、椅子に座りスマホをいじっていた綾瀬と合流成功。


 待たせてしまったのか、綾瀬はすでにドリンクバーを注文して飲み物を飲んでいたようだ。

 互いに目が合うが特に言葉を交わすことなく、俺は椅子を引いて座ると綾瀬がスマホをテーブルに置いて顔を上げた。


「遅い。なにしていたの?」


「ここに来たことなかったから途中で迷ったんだよ。これでも急いだ方だからあまり責めないでくれ」


 プラス高橋たちからの妨害もあったが、これ以上言い訳を重ねるのも男が下がるという。


「バスとか電車を使えばいいのに」


「俺は自転車通学だから公共交通機関は使えねぇんだ。それに運賃もかかるだろ。今月のお財布事情が厳しいんだ」


「貧乏くさいのね」


「高校生は何かと出費が重なるんでね。で、話ってなんだ?」


 俺はメニュー表を広げながら聞いた。俺はすでに注文の目星はついているが、期間限定のメニューも気になるのでメニュー表は必ず見るようにしている。


 それとこのファミレスおなじみの間違い探しも後でやろう。暇つぶしには最適だし、難易度も高くて面白いしな。でも、答え合わせしようにも解答がないので、そこらへんどうにかならないかお願いします。


「話は注文してから。あんたが来るのが遅いから先に注文したからお好きにどうぞ」


「おう」


 スイッチを押すとすぐに店員さんが来てくれた。俺は手早く注文し、ドリンクバーで飲み物を取りに行った。選んだのはもちろん大好きなオレンジジュース。

 オレンジジュースはどこで注文してもハズレが少ない。


 甘くも酸っぱい、あの味が大好きなのである。

 これは大人になっても飲みたいと思える飲料であり、俺のマイフェイバリットドリンクである。


 俺は席に戻りオレンジジュースを一口飲む。うむ。美味である

 高橋は優雅にコーヒーを嚥下し、俺と目を合わ口を開いた。


「噂話の存在、あなたはどれくらい把握しているの?」


「根も葉もないうわさをチラホラ耳にしたくらいか。でも、真偽不明の噂話を信じて俺に詰め寄ってくる人もいて困ってる。ま、高橋が追い払ったり守ったりしてくれているけど、それでも限界がある」


 噂話の件で呼び出した、ということか。おおよそ予想がついていたが。

 ま、俺はそこまで単純ではない。食事に誘われた=好意があるわけではないことは重々承知している。


「私とあなたは付き合っていないのに、あの事件をきっかけに付き合い始めたと吹聴している人がいる。他にもあの場所でいかがわしいことをしていたとか、言うのも憚られるような下世話な話まで。頭が痛くなる。あなたもそう思うでしょ?」


「いい気はしねぇよな。他人だからって好き放題言ってるからな」


 人の噂も七十五日と言うが、それまで永遠と根も葉もない噂を立てられると思うと、不快な気持ちになるのも理解できる。

 今、俺の目の前にいる綾瀬は学校にいるときよりも不機嫌で憔悴しているように見えた。


「ええ、まったく。否定するのも疲れてきた。本当に勘弁してほしい」


「噂話を楽しんでいる奴らが飽きるのを待つしかねぇな。こちらが否定すれば『やっぱりそうなんだ!?』みたいな感じで更にヒートアップするだけだ。あいつらを無視して相手にしなければ向こうが飽きて話題にしなくなる。辛いだろうけど黙って時が解決するのを待つしかねぇな。あいつらの本質は他人の不幸やゴシップ話、他人の色恋沙汰を好き勝手話すのが好きなんだ。それしか楽しみがないから、俺たちもそこまで堕ちないように気をつけねぇとな」


「……わかっていたけど、あなたって相当ひねくれているのね」


「それは褒め言葉として受け止めればいいのか?」


「ええ。キモいけど私のモヤモヤした思いを代弁してくれてどうも」


「一言余計なんだよな……」


 橘のひねくれがキモいんだよな? そうだよな?

 そういうことにしておこう。


「あんな事故があって、私のせいで巻き込まれて噂になって……その、悪いと思って……」


 綾瀬が申し訳なさそうに眉根を寄せた。

 俺としてはそこまで言われるとこちらまで申し訳なく思ってしまう。


「別に綾瀬のせいじゃないだろ。勝手に噂を広めてその口車に乗って一緒に愉快犯になっている奴が悪い。よってお前が謝罪する必要もなければ、罪悪感を持つのもおかしな話だ」


「……ただのキモいひねくれものかと思ったけど、案外優しいのね」


「んだよ。こんなひねくれてて口が悪い奴が優しいか? そんなはずねぇだろ」


「確かに。だから、あなたは好かれていないのね。いい話を一ミリも聞かないし、むしろあなたを悪く言う人ばかりよ」


「俺もそいつらの悪口を言ってるからイーブンだ」


「ほら、ひねくれてる」


「どういたしまして。それで、その噂話をどうしたいんだ?」


「どうすれば噂話を無くさせるのか。あなたが謝らなくてもいいと言っても、巻き込んでしまった以上は私にも責任があるから。どうにかしてこの噂話を終わらせたい。いい加減、耳障りよ」


 綾瀬の裏の一面が垣間見えた瞬間だった。

 苛烈で刃物のように鋭い、最後の一言が強烈な印象として残った。

 学校では素っ気ないというか表情豊かな方ではないが、初めて感情らしい感情が見えた。


「なるほどな。うーん……難しいなぁ」


 背もたれに寄り掛かり、両手を後頭部に回して天井を見上げながら呟く。

 さっきも言ったが噂話は時間の経過と共に風化を待つしかない。


「あなたは知らないと思うけど、私よく告白されるの」


 ちょっと鼻につく言い方だった。


「だろうな。急に自慢話か? よそでやってくれないか?」


 サラッと自慢話をぶっこんできた。なに、俺に喧嘩売ってるのか?

 そうかそうか。俺こと橘の記憶も共有しているせいか、自分の生い立ちから今現在に至る記憶を所持している。


 残念なことに橘千隼は女子から告白されたことがない。

 正確には告白されたこと自体あるが、すべてが彼ら彼女らの罰ゲームによって仕組まれたものだった。


 俺の反応を楽しみ、そしてその全容が彼ら彼女らの笑い種となっていった。

 橘、辛かったよな。俺だけはお前の気持ちに寄り添ってやれるからな!


「自慢ではないの。告白自体はすべて断っているから。だけど、中にはあなたとの関係性を聞いてくるものばかりで辟易しているし、あなたも身に覚えがあるはずよ」


 肩を竦めコーヒーを一口飲む綾瀬。

 そりゃあ、綾瀬の言う通りよく知らない他クラスの男子から嫌がらせ行為もあるが、目撃情報が俺の耳に入り次第先生に報告しているので問題ない。


 この学園は俺の知っている世界よりもいじめやそういう諸々の問題にしっかりと対処してくれる。ありがたいし、それが当たり前になってほしい。


「そういうバカに限って証拠を残すから、すべて先生に報告してる。何人かの生徒は停学処分なり退学処分になるんじゃないか。本当にもったいない。」


「本当にごめんなさい……そんな実害が出てるなんて……」


「気にすんな。同じことを二度言うが、悪いことをしてくるやつが悪いんだ。綾瀬ははモテる自慢を俺にしたことを謝ればいい。というか謝れ」


「本当のことだもの。何か問題でも?」


「ありません!」


「よろしい」


 ぐぐぐ……悔しいがここで堪えろ、俺!


「話が脱線し過ぎた。それで、お前は何か考えたのか? 噂話を辞めさせる方法をさ」


「全然ダメね。私が何を言っても行動しても彼らを納得させるだけのことができそうにない。お手上げよ。残念ながら」


「そうか」


 綾瀬の口ぶりから見て諦観しているようだった。俺としても何かできないか深く思案してみる。


 まずは状況整理。転校生の綾瀬とひねくれものでクラスの嫌われ者の俺こと橘。

 俺たちは偶然備品室に閉じ込められ、それから付き合い始めただのそこでヤッただの下賤な噂話が広がる。


 俺と綾瀬、両方に実害が発生。否定しても何をしても終息のめどが立たない。

 困った綾瀬。どうでもいい俺。さて、解決策はありますか?


 すぐにグッドアイデアがポンっと浮かび上がるものではない。

 俺たち二人では解決は難しい……他の誰かに頼る……そうか。


 ここはの力を借りることにしよう。

 上手くいくかどうかはやってみないと分からないし、あいつには少し損な役回りをさせてしまう。


 果たして頼みを聞いてくれるかどうか。

 俺は綾瀬に思い浮かんだ案を話し、少し逡巡したのち頷いてくれるのだった。

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