第5話 目を付けられたサブキャラ

 その後、帰ってこない俺たちを心配して駆けつけた田中先生たちに救出された。

 当然ながらちょっとした問題となり、備品室の修理・点検、整理整頓が急遽行われることになった。


 生徒二名が閉じ込められてしまった、ということで田中先生や校長先生が直接俺と綾瀬に謝罪。

 俺は別に怪我もしていないし、聞き取りやらなんやらで授業をサボれたので不問としている。


 綾瀬も学校側と揉めたくないのか、特にリアクションはなくことは終息に向かうことになったが……。


 当然ながら転校生と男子一名が備品室に閉じ込められた話は、面白おかしく拡散されてしまった。

 ただ、備品室にある物が崩れ落ち、その衝撃でドアが故障。

 俺と転校生の綾瀬が閉じ込められてしまっただけだが、それだけでも噂好きの人たちからすると格好の餌になるらしい。


 それを知ることになるのは翌日以降になってからだ。


 あの閉じ込め事件の翌日。

 俺は怪我もしておらず元気そのもの。

 心残りというか、今になってあのイベントは俺ではなく高橋が巻き込まれるべきだったはず。


 なんで俺のようなサブキャラ、脇役がメインヒロインの一人である綾瀬とあのような展開に?

 もう俺の知っている漫画の展開とは違った、未知の世界に行ってしまったことの動揺もある。


 まったく、俺というイレギュラーのせいで整合性に異変が発生しているのか?


 とりあえず、なんとかして軌道修正してあの二人をくっつかせるようにしねぇと。

 うーん。どうやって高橋と綾瀬の二人を引き合わせるか。


 話が変わってしまった以上、俺が介入してどうにかしないといけない?

 はあ、なんで俺が……。

 そんなことを考えながら学園に到着するが、なぜかチラチラと見られている気がして落ち着かない。


 そこまで有名人でもないし、橘は馬鹿の一つ覚えでSNSをやっているわけでもない。

 何事だろうと思ったら、教室に着いてその意味を知ることになった。


 俺の席は窓際の一番後ろにある。その隣に昨日転校してきたばかりの綾瀬がいる。

 それだけなら問題ないが、彼女を中心として人が集まっている。


 そのせいで俺の席までも人によって侵略され、これでは自分の席に座ることもできない。そりゃあ、女の子で美人な綾瀬だったら、誰だって仲良くなりたいし近づきたいだろう。


 女子に交じって男子の姿もあり、下心丸出しの感じに俺は嫌悪感を持ってしまう。


「ねーねー莉子って髪の毛綺麗だよねー。何のシャンプー使ってるの?」


 クラスメイトの……名前も知らない女子生徒が綾瀬にシャンプーのことを聞いているようだ。綾瀬は嫌な顔一つもせず、表情は真顔のまま答える。


「市販のシャンプーよ。特別なこと何一つしてないけど」


「へ~! このサラサラの髪の毛は天然ものか~いいな~」


 何の変哲もない会話。お互い何も知らない状況だからそうなるのも必然か。

 遠目から綾瀬とクラスメイトの会話を聞いていると、ふと視線が俺に集まっているのに気づく。


 どれも好奇と嘲笑が混ざったかのような感じで、居心地がとても悪いものだった。

 彼ら彼女らに注目されるのは別に構わない。

 有象無象のやつらにどう思われようが俺の知ったこっちゃない。


「どうした橘。そんなにあの子が気になるのか?」


 ニヤニヤしたスケベジジイのような顔つきで俺を小突いてきた高橋。

 うぜぇ……そんな顔するなって。お前は一応『大好きはやめられない!』の主人公なんだからさ、もっと主人公らしく振る舞いなさい。


「ちげぇよ。人が集まってて俺の席に行けねぇだけだ」


「あー。橘の隣に噂の転校生がいるもんな。どこの誰かさんと違って人気者で受けもいい。諦めてチャイムが鳴るまで待てばいいさ」


「うっせぇな。俺だって好きで嫌われ者になってねぇよ」


 高橋が言うとまったく嫌味を感じられない。これがイケメン効果というやつか?


「冗談だって。そう言えば、橘と綾瀬さんの二人、いい関係になったっていう噂が流れてきているんだけど、それについての説明はございますか?」


 どこぞのリポーターのような真似事をしながら高橋はマイクを持っている風にしながら向けてきた。俺はその手を払いのけてうんざりするように言った。


「ないない。あんな事故で仲良くなったらどうかしてる。あいつだって否定してるだろ?」


「キッパリ、とね。でも、やっぱり備品室で二人っきり。それも不運の事故で閉じ込められたとの話。そんなときめきイベントなんて、創作物のような話じゃないか!」


 そうだよ。この世界そのものが創作物の話なんだから。

 と、大声を出して暴露したい気分にかられるが、ネタバレをしたことによって俺という存在そのものを消されたりしたらたまったものではない。


「偶然だよ。そんなガキじゃあるまいし。俺と綾瀬との間に何もない。いい加減にしないと怒るぞ?」


「悪かったって。もう言わないから機嫌直せよ」


「ふん。これだからゴシップ好きなやつは嫌いだ」


 同感だ。こんなひねくれ野郎は嫌いだ。でも待ってほしい。これは俺の本心ではなく橘千隼の思いをつい口にしてしまうだけなんだ。信じてほしい。


「お、噂をすれば橘じゃ~ん。どったのどったの~? あ、愛しの綾瀬ちゃんを他の子に取られて嫉妬中的な~。もっと心をでっかくがっちり待ち受けないとだめっしょ~」


 よくわからんクラスメイトにポンポン肩を叩かれ、勝手にあれこれ言ってきた。

 髪の毛は茶っぽい色に染め、長髪で身体はパスタのように細く、顔はお世辞にもイケメンとは言えない風貌をした勘違い野郎が俺に絡んできた。

 誰? クラスメイトにこんな高校デビュー失敗したことを自覚できない人いたっけ?


「誰だよお前」


「ひっどいな~。ばなっちひっど~い。同じクラスメイトなのに顔と名前くらい覚えた方がいいぜ~」


 知らねぇよ。俺はお前みたいなヒョロヒョロして軽薄そうな人は生理的に受け付けないんだ。

 とりあえずこの男は無視する。徹底的に視界に入れてもなかったもののように扱えば問題ないだろう。


「ちょっとちょっと~無視は酷くな~い? 俺だよ俺。わかるだろ?」


 新手の詐欺ですか?

 残念だけどそんな詐欺まがいの手口を使ってくるようであれば警察に連絡しますよ。


「細川だよ~。憶えておいてくれよな!」


「そうだな。細川の英雄こと英雄ヒーローさん」


「ちょ、浩人~下の名前で呼ぶなって~!」


 ああ、英雄と書いてヒーローと読むのか。

 まあ、良く言えば今風らしい名前だが、それにしても名前に負けすぎだろこいつ……。

 というか、高橋の奴コミュ力たけぇな。多分だけど、このチャラ男は一年の時一緒ではないはず。


 いつの間に仲良くなったんだか。

 と、よくわからないクラスメイトに絡まれたと思ったら、またお客さんが来店。

 今度は高橋よりも頭二つ分飛び出るほど上背があり、その褐色肌とニヒルだが顔が整っている男が近づいてきた。


「お、噂のアダムじゃないか」


 声も渋くカッコイイ。確かこの人はバスケ部の加藤イーサン。

 アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、恵まれた身体能力と上背で一年時から全国大会で優勝をかっさらっているという。


 ちなみにこの加藤も二年生になってから同じクラスになった。一巻にそう書いてあったのを思い出した。この加藤はいい奴に描かれていたのを思い出し、俺は警戒を解いた。


「誰がアダムとイブだ。なんだよ、加藤」


「え~なんでイーサンの名前は憶えてて俺っちの名前忘れてるのさ~。悲しいな~うえ~ん」


 ええい、泣き真似すんな。えっと名前なんだっけ。よくわかんねぇけど、お前はしゃべるな。


「いやなんでも。ただ、昨日から噂になっている橘千隼がどんな男か興味あってな」


「なんだよ。噂は噂だからな。俺と綾瀬の間に何もねぇことだけは言っとくからな」


「なるほど。噂だけで一喜一憂するのもよくないか。悪かった。とりあえず、噂のクラスメイトと話せてよかった。よろしくなハンサムボーイ」


 やけに英語の発音がいい。加藤は悪い奴ではなさそうだが、気がかりなことが多々ある。橘ってこんな人に囲まれるようなことなかったはず。漫画で描写されていないだけなら杞憂に終わるが果たして――。


 チャイムが鳴り雑談をしていた生徒は続々と自分の席へ戻る。

 綾瀬の周りにいる取り巻きたちも席についたおかげで、やっと座って休むことができた。

 一安心。はあ、朝から疲れたなあ。


 と、俺の机に小さな紙切れが飛んできた。飛んできた方角からするに隣の綾瀬から。

 横目で見てみると、綾瀬はそっぽを向いて自分ではないとアピールしている。

 俺は恐る恐る紙切れを開けると、そこには可愛らしい文字でこう書かれていた。


『放課後予定ある?』


 ……はい?

 でも、まあ、うん。特に予定はないからな。

 

 俺もノートの切れ端をちぎり、予定はないと書いて綾瀬の机に投げる。

 担任の先生が喋っているのも耳に入らず、ひたすら返信を待った。


『じゃあ放課後、この場所に来て』


 紙きれにはとあるファミレスの名前と住所が書かれていた。

 待ってくれ。これって誘われているんだよな? 綾瀬に。

 おいおい。綾瀬さん。一体何の用があるって言うんだ?

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