4.閉じ込められた脇役とヒロイン

 備品室に閉じ込められた。それも男女二人という状況。

 文字だけを見ればラブコメ的な展開になったと誰もが思うだろう。

 しかしだ。残念ながら俺は主人公でもない脇役だ。


 主人公とヒロインが密室に閉じ込められ、脱出しようと協力し合って色々と行動を起こしていくが上手くいかず。そして、会話をきっかけに関係がちょびっとだけ進展したり、ヒロインの本音を聞けたりする。


 俺の読んだことある漫画かラノベにそんな展開があった気がする。だとすれば、俺こと橘と綾瀬の関係に進展があるのか!?


 いや、違う違う違うって。俺じゃない! その役目は俺じゃなくて高橋!!!

 なんで俺がヒロインの綾瀬と二人っきりになったんだよ……。

 

 『大好きはやめられない!』の主人公は高橋浩人。先ほど挙手をしてふざけたことを先生に提案した、あの愚か者の名前だ。

 俺こと橘千隼はあくまで主人公の友達という名のサブキャラのはずだ。


 俺という脇役がメインヒロインの綾瀬とイベントが発生してどうするんだ。

 ちょっとー。この世界に神様がいるんだったら話を修正して下さーい。

 バグってますよー。ソシャゲだったらユーザー激怒案件ですよー。石くださーい。

 ケチケチと石を配布しないで一〇〇連できるくらい石くださいーい。


「……」


 俺と綾瀬は備品室に閉じ込められてしまった。

 両者ともにスマホを持っておらず、誰かに助けを求めることができない。

 大声を出しても備品室は校舎とは離れた場所にあるため、俺たちの声が届くことはないだろう。


 俺らの帰りが遅いことを心配して駆けつけてくれることを願うしかできない。

 俺と綾瀬はそれぞれ机や椅子に腰かけて助けを待つことしかできないが、先程の雪崩のせいでほこりが備品室に舞い、空気が悪い。


 そのせいで綾瀬はイライラしているし、暇つぶしのスマホもないので、さっきから爪を眺めたりいじったりしている。


 ああ。そういえばネイルが好きなんだっけ。

 そんな設定があることを友人から聞いた憶えがある。結構オシャレなんすね。

 改めて綾瀬を間近で見てみると、可愛いなと漏らしてしまうほど顔が整っている。


 メインヒロインなだけある。でも、あのムカつくイケメン主人公と結ばれる可能性があると思うと複雑だ。でも、俺みたいなサブキャラには関係ない話だし、無縁の話だ。俺は橘千隼としてサブキャラに徹するしかない。目立ちたくもねぇしな。


「さっきからなに? ジロジロ私の方を見て。気持ち悪いんだけど」


 ああ、すっかり忘れてた。こいつ、めっちゃ口が悪いんだった。

 前言撤回。やっぱり可愛くないわ。なんで俺に対して当たりが強いんだ?

 そんな疑問が湧いてくるが本人に聞くわけにもいかず、俺はため息をつきながら口を開いた。


「別に。なんでもねぇよ」


「本当? さっきから私の方を見ているの知っているからね」


「まじ……?」


「ええ。肌感覚でわかるの。本当にきもいからやめて。いや死んでくれる?」


「辛らつだな、おい!」


 まるでゴミを見るような目でこっちを睨みながらとんでもないことを口にする綾瀬。やめてよー。本当に心にズブズブ刺さっちゃうー。いったーい。


「はあ。もっと素直になればかわい――もったいねぇ」


 ポツリと漏れた俺の本音。小声でつぶやいたはずだが、綾瀬が椅子から転げ落ちてしまった。


「いたぁッ!? ちょっ!? あ、あ、あんたなに言ってんの!?」


 そこまで動揺するか?

 ただ俺が可愛いと口走りそうになっただけなのに、椅子から転げ落ちるほどのリアクションをするとは。

 案外、褒められ耐性がないのかもしれない。いや、俺みたいな人間に褒められたところで嬉しくないだろうが。


「大丈夫か? なんかお尻から落ちていったけど。いくらお尻に脂肪が詰まっているとはいえ気をつけないと危ねぇぞ」


「なっ!? せ、セクハラよ! 私のお尻はそこまで大きく――」


 綾瀬は顔を真っ赤にして顔を逸らしたと思ったら、近くにあったバレーボールを投げてきた。顔面に当たって痛い。コントロールいいね。球技系の才能あるよ!


 自分で自爆しておいて八つ当たりはよくないからね!

 あとボールはいくら投げてもいいけど、その重そうなスパナとか間違っても投擲しないでね?


「本当にきもい。死んでほしい。今すぐに。呼吸もしないで」


「そんなに俺のこと嫌いなのか……」


 ここまで言われると流石の俺でもハートブレイクしちゃうぜ……もう壊れかけているけど。


「嫌いよ。だって――」


 綾瀬はこちらをチラチラと見てくる。それも訝しげに。


「なんだよ」


「もしかして憶えてない?」


「何が?」


「……もういい。喋るな。口臭い」


「はあ?」


 いきなりなんだよ。俺の口臭ってそんなにやばい……やばくないよね?

 ちゃんと毎日歯を磨いているし、こう見えて虫歯になったことがないんだ!


 というか、憶えてないって言われても橘と綾瀬の間に何か接点なんてあったのか?

 漫画に描かれていたことを思い出してみるけど、大して読んでいないし一巻という物語のスタートしか描かれていないからわからない。


 綾瀬がへそを曲げてしまい、しばらく無言の時間が続いた。

 俺は沈黙が苦ではない。むしろ静かで心地よい。


「……あのさ」


「なに?」


 綾瀬の方から声をかけてきた。


「さっきのあれ。私を助けてくれたでしょ? だけど、あんたは脚を挟まれて……怪我は?」


「全然。そりゃあ挟まれたときは痛かったけどかすり傷一つない。もしかして、俺の心配をしてくれているのか?」


「べ、別に。ただ、気になって」


 もっと素直になればいいのにな。このツンツンした感じが人気ヒロインである一因になっているのと思うと、なんとも歯がゆい気持ちになる。

 いいキャラしていると思うけど、実際こうして喋ってみると痒くてたまらない。


「そうか。そんだけ?」


「……本当に何も思い出せないの?」


「? だって、俺と綾瀬って初対面だろ」


「はあ!?」


 綾瀬は目を見開き呆れたように溜息をついた。

 え、どこかで会ってるのか? 俺こと橘と綾瀬は昔どこかで接点があったのか?


「もういい。あんたが最低のクズ野郎でひねりにひねりまくったキモイ性格なのは知っていたけど。だけど、変わったね」


「なにが?」


「なんでもない」


 やめてー橘の性格が悪いことに異論はないけど、辛辣過ぎてちょっと涙が出てきそうになった。それと、変わったって、やっぱり橘と綾瀬はどこかに接点があったのか?


「な、なに? そんなにじろじろ見て」


「……なんでもねぇよ。」


 直接訊こうと思ったがやめた。これでまた機嫌を悪くされても困るし、俺が本物の橘でないと知られるのも面倒になることだろう。

 沈黙は金という。あくまで俺は橘としてロールプレイングしないといけない立場であることを自覚して気をつけねぇとな。


「そう」


「……」


「……あの、ありがとう」


「? なにが?」


「さっきあんたが私を押し出して助けてくれたでしょ。そのお礼、まだ言ってなかったから」


「気にすんな。だけど、いくら俺のおかげで助かったといえ、勝手に勘違いするんじぇねぇぞ。俺はあくまで人助けをしただけに過ぎないからな」


「うわー……それを自分で言うのダサいからやめたほうがいいし、本当にそういうナルシストマジで無理……ちょっと受け付けないからやっぱり押しつぶされて死んだほうがよかった」


「照れるなって。ふっ……」


 ちょっとサムズアップして満面の笑みを作って言った。

 綾瀬は引き気味に体を反らし、オエっとわざとらしく嗚咽を吐いた。


「カッコいいと思ってやっているならやめたほうがいい。あんたのような腐った目とひねくれものがやると、似合わないしムカつくし、生理的に無理だから」


「ねえ、俺のこと嫌いだよね? ごめんね」


 フルボッコされた俺の精神ライフはゼロになってしまった。

 ねえ、今ここで大泣きしていいかな? 辛すぎだよ……。


「ふふっ」


 卑怯だ。そんな純粋無垢な笑みを向けられたらこれ以上何も言い返せない。

 はあ。ここは俺が嫌われ役を買えばいいか。損な役回りだ。とほほ……。


 その後、帰ってこない俺たちを心配した教職員数名が助けに来てくれ、俺と綾瀬は無事救出されるのであった。

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