2.学園と主人公とヒロインと

 私立音ノ内学園。

『大好きはやめられない!』という漫画に出てくる高校であり、俺こと橘千隼のみならず主人公やヒロインたちも通う学び舎である。

 橘千隼になった以上、俺は音ノ内へ登校しなければいけないが問題発生。


 どこだよ……音ノ内学園って。

 そういえば、漫画で具体的な道順は描写されてないな……と今さらながら思い出した。


 だけど、現代は便利だ。スマホでパパっと検索して目的を検索すれば一発でわかり、現在地から目的地までの生き方を示してくれる。


 よかった。一昔前だったら携帯電話すらないため、親か誰かに音ノ内学園までの行き方を教わらないといけなかった。スマホがある現代でよかったと胸をなでおろす。


 スマホで学校の位置を確認しながら自転車を走らせ問題なく無事到着。

 自宅から高校まで約三〇分ほどの距離に音ノ内学園はあった。


 音ノ内学園は敷地面積もそこまででもなく、強いて言うならば進学に特化した特別進学コースに通う生徒が使う新校舎があるくらい。


 漫画で見たような校舎にグラウンド、その他諸々まで存在していることに感動してしまうが、いつまでも校門の前で見とれているわけにはいかない。


 ローファーから上履きに替えて橘千隼が在籍しているクラス、二年三組へ向かった。

 二年三組は三階にある。昇降口を上がり、橘が日頃から授業を受ける教室へ。

 

「……」


 かなり緊張していた。だってさ、いくら橘千隼が通っているとは言っても中身は全然違う俺だ。ほとんどのクラスメイトと初対面と言っても過言ではない。


 あー……心臓がいてぇ。帰りてぇけど橘千隼になっちまった以上は橘千隼というキャラクターになりきらないといけない。


 少しでも怪しまれでもしたら大変だ。記憶している限りの橘を思い浮かべながら歩く。そして二年三組の教室前に到着。俺は深呼吸して、教室の扉を開けた。


「あ、おはよう。橘」


 教室に入ると俺に真っ先に挨拶をしてきた男子生徒。

 そう、彼こそが『大好きはやめられない!』の主人公、高橋浩人たかはしひろとだ。


 長身イケメン。プラス性格もいい。

 高橋はラブコメ漫画の主人公らしく、恋愛面に関しては鈍感な一面があるが、それを差し引いても魅力あふれる人物とされている。


 なぜ橘というひねくれものでみんなの嫌われ者と友達なのか理解できない。

 あれか。性格やその他諸々が真逆だと馬が合う的な?

 それとも高橋を際立たせるために嫌われキャラを作り出したのか。


 真相は作者さんのみぞ知る。


「ああ。おはよう」


「なんだ。今日はやけに元気そうじゃないか。何かいいことでもあったのか?」


 高橋にそう言われて俺はビックリしてしまう。今の俺ってそんな元気そうな顔しているのか?

 今朝、鏡で自分の顔を見たら目が死んでたし、どんよりとした雰囲気が溢れ出ていた。この男は目が節穴かもしれない。


「なんでもねぇよ。いつも通りだろ」


「本当か~? いつにも増して元気そうな顔してるからさ。いつもの橘ってこう……猫背で人を斬りつけるような目つきをしてて、僕の挨拶なんて無視するだろ。それに、今日はやけに優しい目つきをしているように見えるけど、僕の気のせいかな?」


「気のせいじゃねぇか?」


 橘ってそんな陰気でクソみたいなやつなのかよ。つーか、高橋君。君、橘のことぼろくそに言い過ぎじゃないっすか。今の俺は橘なんで……。


「そんなことないよ。だって、昨日と今日とで全く雰囲気が違うし、まるで別人のよう――」


「高橋、ちょっといいか?」


「ん? どうしたの?」


「俺の席ってどこだっけ?」


 学校はスマホのマップを見ながら行くことができたが、自分の席となるとまるでわからない。仕方がなく友人の高橋に聞いたが、まさか自分の席がわからなくなっているとは思わずポカンとしてしまっている。


「あははっ! やっぱり変だ。自分の席を忘れるなんてやっぱりおかしいよ。橘の席は窓際の一番後ろ。もう忘れるなよ」


「情報ありがとう。記憶した」


 ひとまずは自分の席へ行って落ち着こう。

 俺は高橋に教えてもらった窓際の一番後ろの席へカバンを置き座った。


 ひとまずは学校に無事到着し、自分の席に着けて一安心。

 俺はスマホの地図アプリを閉じようとするが、後を付いてきた高橋にスマホを覗かれ、反射的に机の中に入れて隠した。


「なんだよ。勝手にスマホ見んなよ」


「いかがわしいサイトでも見てたのか?」


「見てねぇ。で、なんか用か?」


「なーんだ、残念。今日転校生が来るって話なんだけど、何か知ってるかな?」


「転校生?」


 転校生が来る……あそっか。

 漫画の通りならメインヒロインのあいつ、綾瀬莉子が転校生としてやって来るはずだ。

 

「知って――いや、知らないな」


 漫画の展開的に橘千隼が知るはずもない。

 危うく知っていると言いかけてしまうが誤魔化せる程度に否定できた。


「だよなー。クラス中でその話で話題が持ち切り。男か女か。カッコいいか可愛いか。みんなその手の話好きだよね」


「俺は別に。興味ない」


 やっべ。こんな素っ気ない返しをするつもりはなかったけど、なぜか橘千隼が言いそうなことを口にしてしまった。


 これも橘の影響なのか? だとしたら本当に嫌だ。素直に興味があるって言えば楽になるというのに。橘は性格で損しているなあ、と思った。


「またまた~。本当は興味津々なんだろ? もっと素直になりなって」


「本当に興味ねぇんだって。転校生がどんな人だろうが俺には関係ない話だ」


 心は痛むが橘っぽいことは言えてる。これなら中身が別人出るとバレないだろう。

 高橋も怪訝そうな顔はしておらず、俺の言動は橘そのもので間違いないようだ。


「相変わらずだなー。その口ぶりはいつも通りで一安心。ちなみにだけど、僕の知っている転校生の情報教えようか?」


 教えるも何も、その転校生知ってるんだよな……。名前とどんな人なのかくらいしか知らないが、そんなこと口が裂けても言えない。


「いらない」


「つれないなぁ。もう少し愛想よくしてもいいんじゃないか? もっと笑えばいいのに。顔がいいのにもったいない」


「興味ないね」


 俺と高橋の他愛もない会話はチャイムによって終わりが告げられた。

 高橋は俺に軽く手を振って自分の席へ。


 クラスメイトたちが自分の席へ座ったタイミングで担任の先生が教室に現れた。

 この先生も知っている。日本史の田中先生。


 若い男の先生だけど早口で若干滑舌が悪く、それなりに生徒から愛されている人だ。ちなみにこれはネットで知った情報だ。


「さて。欠席している人は……ゼロ。素晴らしい! じゃあホームルームを始める前におはようございます」


 田中先生の挨拶にクラスメイトたちが返していく。


「みんなも知っている人が多いと思うけど今日からこのクラスに新しい仲間がやって来ます。では早速入ってもらいましょうか。入っていいよー!」


 田中先生の掛け声と共に教室の扉が開かれた。

 皆の視線が前の扉の方へ向けられ、静寂と緊張感が教室を支配している。


 扉が開き、転校生の全容が明らかになった。

 何人かの生徒は感嘆の声を漏らし、彼女の容姿に見惚れている生徒もいた。


 それも仕方がないことかもしれない。

 今目の前に現れた転校生は人目を引くような美貌を持ち、誰よりも輝いて見え華がある。


 肩付近で綺麗に切り揃えられた綺麗な髪。

 目は大きく瞳がぱっちりしており、鼻筋が通り、小さなピンクの唇と口元のほくろが特徴的な転校生が教卓の隣で止まり、クラスメイト達のいる方へ向き直った。


「えっと。じゃあ黒板に名前を書いてくれますか?」


 田中先生にチョークを渡された彼女は黒板に名前を書き始めた。

 とてもきれいな字で綾瀬莉子と書き、チョークを置いて前を向き、


綾瀬莉子あやせりこです。よろしくお願いします」


 ああ。まんま漫画の通りの展開だ。

 俺は喜びとも絶望とも取れる表情で綾瀬を見つめながら、一巻だけじゃなくて二巻以降も読めばよかったと後悔するのは、もう少し後の話。

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