第42話:綿菓子と棒

 山田は困っていた。断片的ながら少しずつ記憶は戻って来ていたので、渋谷としての自我が確立してきた。


 あまり異性と接する機会のない人生だった。だからこそ、理由は別にして若い女の子に囲まれているこの状況を受け入れきれずにいた。場所は学校の屋上。なんとなく陽キャムーブ。


「だいたい俺は便利屋じゃないんだよ」

「すいません、本当に困っています。大事なお友達が二人行方不明になっています。どうか力をお貸しいただけないでしょうか?」


 よく見れば、以前山田に好き好き言っていた女子だった。それでも、今日は真面目な表情をしていた。


 その表情と、その一言で山田はそれ以上色々言うのをやめた。


「とりあえず、話を聞く」


 そう言って、屋上の段に腰掛けた。そもそも人が来るような場所じゃない。ベンチも無ければ、きれいな床もなかった。換気のための通風口のために高さ1メートルほどの四角い建造物があったので、それに腰掛けたのだ。


「実は……」


 屑村はこっくりさんの下りも包み隠さず話した。それこそ、なんのためのこっくりさんなのかまで。


 彼女がこっくりさんをしようと思ったのは山田の好きな人を知るためだった。もし、好きな人がいないのならば、好みのタイプや好きな食べ物について訊いて、それを持って山田にアタックするつもりだったのだ。


「あの……私がしたのは、こっくりさんとかそんな訝しげなものではなく、神聖なるエンジェル様ですので!」


屑村は胸を張って言った。


「あ、同じもんなので」

「え!? そ、そうなんですの!?」 


 山田は面倒だったので、この場での説明は省いた。それでも、結論は同じだ。エンジェル様とこっくりさんは同じもの。


 目の前で切々と聞かされる山田は青春くさくて走り出したくなっていたが、ある思いもあって我慢して屑村の話を最後まで聞いた。


「……」


 全部聞いた山田だったが、次の言葉が出なかった。


「なんとかなりませんか?」


 いずなが不安そうに話しかけ、解決するよう促してきた。山田としては少し複雑な心境だった。ついこの間まで自分のことをいじめていたやつの心配をしてやって、それだけじゃなくて、解決できるよう山田のところまで連れてきたのだ。


 いずなのお人好しは知っていたが、単なるお人好しではなく、突き抜けたお人好しだった。


「まず……」


 山田は決意して話し始めた。


 屑村、いずなはもちろん、なぜかそこいいる佐々木咲も固唾を飲んだ。


「これは、こっくりさんではない。無関係とは言わないが、ほぼ関係ない」


 いずなが眉を段違いにして山田を覗き込み、無言で『いい加減なことを言うんじゃないわよ』というプレッシャーをかけた。


「いや、本当だ。この学校に妖怪が集まってきている。……例えるなら、綿菓子だ。製造機のなかでふわふわしている状態。その状態ならなにも起こらなかったんだ。でも、そこに割り箸を入れると……?」

「綿菓子が集まって、綿菓子らしい綿菓子になります」


 手で『はい』と渡されたので、いずなはついつい答えてしまった。


「つまり、こっくりさんは割り箸ということですわね!?」

「……まあ、そうなるかな」


 中身は50歳の渋谷の部分があるのだが、16歳の山田の部分もある。ここに来て少し口調を柔らかくした。


「つまり、割り箸をゴミ箱に捨ててしまったら解決ということですわね!?」

「いや、綿菓子は単なる例えだから、そこから先を膨らましても話に辻褄が合うかは保証できない」


 相変わらず少し飛ばし気味な屑村を山田は強引に止めた。


「つまり、綿菓子マシーンは1回100円だから、100円支払えば解決……ですか?」

「そんな話はしていない!」


 次の話題に移りたいのに、屑村がなんとか理解しようと、例え話をいろいろな角度から切っていく。


「綿菓子を近所の子供にあげてしまえば、喜ばれて解決……ですか?」

「ちょっと黙っててくれないか……」


 山田はすでに頭痛がし始めてきていた。


 頭痛ついでに、こめかみの辺りをマッサージしつつ、屋上全体、屋上から見えるグラウンド、そして、学校の周囲をゆっくりと見渡した。


「まずいな……狐だ」


 山田はつぶやいた。


「まずい狐……ですの? 綿菓子が甘くて美味しいのと関係がありますの!?」

「いや、ごめん。ちょっと集中したいから。いずな、こいつをちょっとそこら辺に簀巻にして川に流しておいてくれないか」


 強くなっていく頭痛に堪えながら、いずなにバトンタッチした。


「学校の屋上で無茶言わないでください」 


 そう言いながらも、別の突起物に屑村を腰掛けさせて、話を聞く体制は整った。


「山田くん、なにが見えたのか教えてください」

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