第32話:陰陽師頭十人会

 俺と清村は妖怪退治協会では同期だった。でも、俺とヤツは決定的に違っていた。全てが違っていたのだ。


 ヤツは妖怪退治の世界では、言うならばサラブレッド。有名な陰陽師の家系の長男だ。


 一方、俺はそこらの家の子供だったし、その上その時点で身よりもなかった。さらに、師匠は赤の他人ときた。さらに、上品じゃない妖怪退治方法は協会内であまり評判は良くなかった。


 清村が『きれいなお祓い』を目指すのならば、俺は『汚いお祓い』の代表例。


 ヤツがエリートなら、俺は雑草という具合。2人は真逆。陰と陽、水と油の関係はだった。


 しかも、ヤツは福岡支部では成績トップ。全国でも上位10本だけが入る事ができる、『陰陽頭十人』の一人だった。


 そんな恵まれた環境のヤツだったが、俺の事を目の敵にしてたところがある。


 俺は当時キバに取り憑かれていて、全ての妖力を持って行かれていた。しかも、人魚の肉を食べさせられる前の話だから、全く光らない充電が切れた懐中電灯みたいな存在だった。


 俺はキバに取り憑かれていて、呪われていたので、周囲にはなぜ祓わないのかと言われていた。


 キバは俺に対する怨みのエネルギーがすごくて、周囲には全く脅威になっていなかったが妖怪は妖怪。それを払えない俺の事を周囲は飽きれていた。


 祓える訳がない。俺の妖力はキバに全部持って行かれてた。妖怪退治の時はキバをなんとか騙して彼女を動かし、妖怪を退治していたので、どんなに騙されてもキバは自分を攻撃する訳がないのだ。


 俺がドクターJに捕われて人魚の肉を食べさせられていた頃、音信不通になった俺は協会内では妖怪退治を失敗して殺されたと思われていた。


 しかし、不死身の身体を手に入れて、エネルギーが溢れる様になると、電池切れを起こさない永久機関を搭載した強力発光体となっていた。


 次々と強い妖怪を退治して、『陰陽頭十人』よりも功績をあげていた。頭十人の誰かより、ではない。頭十人全員の功績よりも成果を上げるようになったのだ。


 誰よりも輝き、誰からも眩しい存在となった。


「なせ、その悪霊を払わない?」


 ある日のでかいお祓いの時の祭壇づくりのために呼び出されたときに、清村から聞かれた。


 でかいお祓いのときはきちんとした祭壇を作る必要があり。20〜30人で準備することがある。


「害はないのか?」


 重ねて聞いてきた。


 害はある。妖力が全部持って行かれてるので、自分では何もできない。顔を見れば睨まれている。あの目はすきあらばいつでも殺しに来る感じだ。


 その上、女が寄り付かない。少しいい雰囲気になったら、女は悪夢を見るようになる。夢の中で何度も殺されるらしい。自然と俺から離れていった。


「いつか周囲に害をなるだろう。そうなる前に祓え」


 もっともな意見。だが、俺にキバは払えない。そんな方法は存在しないのだから。


「俺が祓ってやるよ。今日の仕事の前についでに」


 今日の大々的なお祓いのメインは清村だった。その仕事の前に片手間にキバを払うと言う。


 そんな事が可能なのだろうか。そう思いながらも正統派陰陽師の清村なら可能なのかと期待してしまった。そこは、自分の劣等感というか、正統派こそちゃんとしているという期待や憧れによるものだったかもしれない。


「可能ですか? キバはかなり強いですよ?」

「はっ、こっちは正統派陰陽師だ。任せとけ」


 少し毒を履かれた気はするが、それで解決できるなら安いもんだ。





 この会話の数日前、渋谷の知らないところでは次のような話が進んでいた。


 ■陰陽師頭十人会

「あんな雑草が我々頭十人より成果を出すなんてあり得ない! 許されない!」


 ここは陰陽師頭十人会。全国の陰陽師のうち安定的に成果を上げ続けているトップ10人が選出され、日本の陰陽師の方向性を導いていく会だ。


「だいたいちゃんとした祈祷も祓いも満足にできないヤツなのだろう!?」


 怒りを顕にしているのは陰陽師頭十人の3番目賀田。彼は荒々しい祓いを得意としていた。そんな彼でも、祭壇作りや祝詞についてはこだわりがあり、一定の作法にのっとっていた。


 一方、渋谷は師匠から習った……と言うより師匠のやり方を盗んだ祓いをやっていた。


 そもそも『祓い』とは、自分の能力で妖怪を退けることではない。通常は『神』様と呼ばれるより大きな存在にお願い申し上げて、小さな存在をたしなめていただく儀式だ。


 だから、『神』様に最大限失礼がないようにお招きして、お願いを聞いてもらえるようにもてなす必要がある。祝詞などはそのためのものである。


 ところが、渋谷とその師匠のやり方はまるっきり違った。小者とは特設交渉する。いくら小物でも、人間ごときがなんとかできる存在ではないのだけれど、方法がないわけではない。


 妖怪の子供を人質に取ったり、大切なものを壊すと脅す。社を構えてもらって神として扱われている存在ならばその社を壊すと脅すのだ。


 妖怪退治界のヤクザである。人間界のヤクザでももう少し仁義を通すので、その表現すらヤクザに失礼なほどだった。


 一般の陰陽師は祈祷に当たっては清掃する。身を清めて、白い服に着替えるのが通常だ。真正面から『神』様と向き合い、事情を説明させてもらい、お願いする。


 渋谷の方法はゲリラ戦。服は泥まみれ。わざと風呂に入らず目立たなくする。その存在が大きくなればなるほど、人間など目に入らなくなるので、そもそも視界にすら入っていないので自らを穢して隠れていれば、ほとんどの神は気づかない。小者の妖怪すら気づかないことがおい。それを狙った奇襲作戦が、渋谷のやり方だった。


 妖怪退治協会はそのやり方をよしとはしていないが、渋谷が小者ばかりしか退治していなかったので、それほど脅威とは見ていなかった。


 渋谷自体に妖力がほとんどなく、妖怪に対してナイフ1本で戦っているようなものだから、自然と淘汰されてしまうと考えていた節もあった。


 しかし、ナイフ1本でも首に突き付ければ、十分な脅しになるし、致命傷を負わせることもできる。そのくらい、渋谷とその他の妖怪退治屋のやり方は違っていた。


「あいつを除籍しよう!」


 賀田は声高々に提案した。


「それでも、神々への不敬は止まらないだろう。ヤツは現在のやり方を続ける」


 他の頭十人のメンバーはそれでは足りないと反論する。


「それなら、私がヤツを止めましょう。同じ福岡支部として」


 ここで名乗り出たのが清村だった。


「何か策があるのか?」

「お任せください。ヤツのバックボーンを潰します」


 清村は力強く答えた。


「あの化け猫か。そんなの取るに足らないだろう」

「元々はそうでした。単なる猫の妖怪です。いや、『でした』と言っておきましょう」


 芝居がかった感じで、清村は鼻をふんと鳴らす。


「渋谷は単に化け猫に呪われているだけでう。本来何もできる存在じゃない」」

「じゃあ、なぜヤツは次々と格上の妖怪を倒していく!? 神であっても下級程度ならば退治してるぞ!?」

「あの化け猫は何でも食べます。コスパは最悪です。だからすぐにエネルギー切れを起こす」


 ここで清村が少し視線を落として続けた。


「でも、渋谷は前回の失踪時に人魚の肉を食べています」

「なんだと!? じゃあ、なんでヤツは生きている!? まさか!?」


 驚く頭十人たち。


「そうです。順応したんですよ、人魚の肉に。今やあいつは不死身の不老不死です」

「そもそも人魚の肉なんか手に入らないだろう!? しかも、適合なんて千人に一人、いや一万人に一人とも言われている!」


 頭十人の3番目は立ち上がって反論した。


「どこかのバカが不死身の不老不死を作ろうと、身寄りがないヤツをさらってきては試していたらしいです。人魚の肉を実際に食べさせて」

「……あり得ない。それじゃあ、今 あの化け猫の燃料になってるのか!?」


 3番目も気づいたらしい。事の重大さを。


「つまり、きみはこう言いたいのか? ヤツは妖怪に取り憑かれた落ちこぼれ妖怪退治屋ではなく、2人で……妖怪と人間のコンビだと。要するに、妖怪側の人間だと!」


 清村が3番目に視線を戻して答えた。


「それどころか、無限の力と無限のエネルギーを持っています。神にすら近い力を」

「神様に対して不敬だぞ! その物言いは!」


 3番目が指を指して清村に食ってかかる。


「実際、九十九神や古い神社の我を失った神を祓っています。その後の報告がない事から、あの化け猫が食べた可能性もあります」

「神を取り込んだだと!?」


 もう終わりだ、と言わんばかりに、3番目は椅子に倒れこむように座った。


「なに、ヤツらはあくまで人間と人間です。1つの魂じゃない。2つに割いて、それぞれ封印してやりますよ」

「きみならできるのか!? 清村くん!」


 全員が清村の返事に視線が集まった。


「もちろん。うちは代々陰陽師なので」

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