第31話:不老不死誕生秘話

 10代半ばの少女の見た目だが、色白で白衣を着て、髪も銀髪。全身真っ白で幽霊のような少女、ドクターJ。


 ドクターJは慣れているのか、断頭台が固定された特別性の手術台に渋谷を載せると、多少の位置を調整して身体を手術台にバンドで固定した。


 紐を軽く引くだけでダンッとまな板を叩くみたいな大きな音と共に渋谷の首を切り落とした。身体はビクンビクンと痙攣して跳ねているが、バンドで固定されていて手術台からずれることはなかった。


 そして、その首の髪を掴んで持ち上げ、手術台のすぐ近くに置かれていた瓶に無造作に放り込んだ。瓶の口はすぐに布を当て、紐で縛った。そして、その上に1枚のお札を貼った。


 首から吹き出していた血はピタリと止まり、映像の巻き戻しのように体の方に吸い込まれて行った。


「兄さん、始めるよ」


 ドクターJが抑揚のない声で言った。


「ああ、はじめておくれ」


 しゃがれた声で老人が答えた。


 今度は、老人をもう一つの手術台にベルトで固定して頭の位置を調整した。


「麻酔を点滴で入れるよ。じゃあ、数を数えていくから。いつも通り10数えるまでは意識がないと思うから」

「ん……」


 点滴のドクターJは点滴の三方活栓を切り替えて、生理食塩に加えて麻酔薬を注入開始した。通常の手術導入時の麻酔は、チオペンタールなどの薬品が点滴され患者は意識を失う。しかし、これは蓄積作業があるため、維持にはプロポフォールなどに切り替えてシリンジで持続投入される。


 しかし、今回の場合は通常の手術ではない。首のすげ替えるのだ。過去のどの手術とも勝手が違う。世界中のどんな医者も首のすげ替え手術なんてやったことはない。


 ドクターJは人間を昏睡状態にするだけではなく、一時的にとはいえ首を切断しても人がすぐに死なない秘薬を作り上げていた。


 工程としては単純だ。まずは、首を切断する。次にその首を持って渋谷の身体の方に持っていき、老人の首の切断面と渋谷の首の切断面を合わせるだけ。多少の拒絶反応が起きるがそれは5分程度で収まる。


 1分から5分程度押さえておけば、あとは逆に定位置に引き寄せる動きがあり、頭本来の位置に馴染む。首は斜めに取り付いたりはしないのだ。


 現代の医療の世界でも腎臓の移植などは行われる。患者は移植により透析から解放されるが、これは永遠の開放ではない。移植された細胞は移植を受けた人間の者ではない。身体はそれを知っているのか、免疫が攻撃し続け早ければ1年で、長くとも20年後には再び透析が必要になる。正しく臓器が機能する生着の期間は人により異なるのだ。


 これと同様に、老人とドクターJは首のすげ替えを行ってきたが、その体は永遠ではない。免疫細胞は骨髄から作られるという。つまり、身体本体の方から免疫細胞が作られるため、劣化していくのは頭の方なのである。


 頭が全身への指令を出している以上、頭が劣化していくと身体も劣化していく。次第に老化が始まってしまうのだ。しかも、不老不死はどこから起きるのかそのメカニズムは老人とドクターJでも突き止め切れていない。


 不老不死の不死身の身体を手に入れたとしても、首を挿げ替えた後の老人とドクターJは不老不死でもなければ、不死身でもないのだった。ケガをすれば血も出るし、傷の治りも人並み程度しか治らない。


 だから、大けがをしたり、大病を患ったりした場合は、再び首のすげ替えが行われてきた。


 前回は幸か不幸か、身体が10代の物しか手に入らず、首を挿げ替えたら1か月ほどで頭の方が身体の年齢程度まで若返った。『ドクター』と呼ぶには若すぎるちぐはぐの存在になってしまったのである。


 老人の方はそろそろ寿命を迎えつつあった。寿命が近づくと急激に全身が老化していく。このタイミングを逃したら、老人の方は次のドナーを見つけることは不可能だっただろう。


「今回ばかりは少し焦ったね」


 既に意識のない老人に向かって、ドクターJはつぶやいた。もちろん、本人に声が届いているとは思っていない。


 ドクターJが断頭台の紐を引いた。老人の首は身体から見事に切り離された。ドクターJは急いでその首を持ち、渋谷の身体の方に移動しその断面同士を合わせた。


 この場面だけは急ぐ必要がある。無意識に焦りが出る。なにしろ人間の首を切断しているのだ。通常ならば即死もあり得る。様々な薬でその時間を長くしているとはいえ、それはほんの少しの時間のみ。何もしなければ数秒で老人は二度と意識は戻らなくなる。


 あとは首が定着するのを待つだけになり、少し安堵したドクターJが見たものはこれまでに見たことが無い光景だった。


 ドクターJはギョッとした。


 手術台の脇の地面に置かれていた瓶が今は目線の高さの位置まで浮いていたのだ。


 これまで人魚の肉を食べて不老不死になった人間や、不老不死になり損ねた『かつて人だったもの』、人間の首のすげ替えなど、通常ではありえないものを見てきた。


 そのドクターJでも見たことが無い光景。


 何もない空間に10キロはあろうかと言う瓶が空中にスーッと浮いたのだ。ドクターJは老人の首を支えていたこともあり、その光景を呆気にとられたまま見守っていた。


 すると、次の瞬間、瓶はすっと落下し、床に叩きつけられた。大破した瓶の破片からは渋谷の首が見えていた。


「しまった!」


 ドクターJがそれに気づいたときは既に遅かった。渋谷の身体と接合仕掛けていた老人の首は傷口が塞がるのが止まり、身体はみるみる萎んでいった。それは、大きな水風船に針ほどの穴が開いたかのように、スーッと音もなく萎んでいったのだ。


 それに比例して、床に落ちた渋谷の首から下が赤黒いドロドロしたものが成長し始めた。


「あ……、あ……」


 ドクターJは何もできず、老人の首を手術台の上で支えたまま立ちすくんでいた。


 時間にして、30秒か、1分か、信じられない早さで、渋谷の首下の赤黒いドロドロは体積を増やし、皮膚を作って人の形になった。


「まさか、人んちでマッパになるとはな。しかも、女の子の目の前で……」


 それを言い終わらないうちに、ドクターJの首が一瞬でなくなった。その切断面はズタズタで動物に噛み千切られたかのようだった。


 そう、それはキバの仕業だった。瓶を持ち上げたのもキバで、封印を破ることができなかったので、封印ごと瓶を床にたたきつけて割り、中の頭を取り出したのもキバだった。


 霊力が無いドクターJにはキバの姿を捉えることはできなかった。だからひとりでに浮いたように見えていたのだ。


 そして今、ドクターJの頭を一口で丸かじりしたのだ。


「おいおい、最後まで言わせてくれよ」


 渋谷が軽口を言い終わる前にドクターJの意識は既になかった。


 首から血を吹き出しながら膝から崩れ落ちるドクターJ。


 ***


「……と言う訳で、俺は不死身の身体にされてしまった」

「支部長さん全然出てこないじゃないですから! 回想として場面を間違えてます!」


 いずなが鋭いツッコミを入れた。


「そう言うな、俺も今の今まで忘れてたし、不死身の方が珍しいだろ? そのエピソードとか中々聞けないぞ?」


 頭痛を否めないいずな。


「支部長の話はこれからだ」

「まだ続くんですね。回想……」


 実につれない言葉だった。

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