第33話:神様の通り道

「清村くん、調子はどうだね」

「あ、盛実さん。順調です。何も問題はありません」


 ここは福岡市内のある屋敷。昔からの地元の有力者の屋敷。従来龍脈の端で龍穴と呼ばれる場所だった。


 龍穴は大地のエネルギーが吹き出す場所。その土地は人が集まり、栄え続けると言われている。


 この有力者もそのエネルギーにあやかって家を栄えさせてきたが、最近の再開発で土地の龍脈の流れが変わってしまった。それによりこのところ家の力が弱まってしまっていた。


 単に弱いだけならばいいのだけれど、力が弱まった分、外部からの悪い気に当てられていた。


 当主はこれまで力で押し込めていた道理の反動を受け体調を崩していた。それも命に関わるほど。


 普通の憑き物とは全く違う。いくら払ってもこれまでに蓄積された恨みつらみ、やっかみ、妬みなどが一気に押し寄せている。


 そこで、清村は地元で一番大きな神社の神様にお願い申し上げて、龍脈を動かしていただくことを考えていた。


 これは通常の祈祷では追いつかない。敷地内に結界を張り、人払いした上で、きちんとした大々的な祭壇を作り、鼓笛隊、演舞隊、祝詞隊を集める。


 陰陽師だけで20人、笛や踊りの人間も合わせると50人を超えている。


「清村くん、こんな大々的な場で、『別件』をねじ込んでいいのかね!?」

「あ、盛実さん。大丈夫ですよ。土地神様からしたら、猫1匹程度その辺に生えている草と変わりはありません」


 清村は自信満々に答えた。


「そうかそうか。期待してるよ。これだけのことを成功させられたら、頭十人の番手を1つ昇格させてあげられるよ」

「ホントですか!? 誠心誠意取り組ませていただきます」


「それでどうなの? 作戦は。曲がりなりにも相手は不老不死だよ」


 頭十の1人は少し鋭い視線で訊いた。


「そこです。ヤツは四肢を斬り落とされてもすぐに再生します。人魚の肉で無限のエネルギーを得ているのでしょう。頭を潰しても首を切り落としても蘇った例があります」

「どうするんだね」


 清村は1拍おいて唇の片方を吊り上げてニヤリとして言った。


「まず、渋谷の魂を肉体から分離させます。化け猫は魂にくっついて出てくるはずなので、その時点で電池を外したおもちゃになります。土地神様の供物として召し上がっていただきましょう」

「彼の魂はどうするのかね?」

「これだけの祭事です。多少の犠牲は付きものです。想定の範囲内でしょう」

「……なるほどな」


 頭十人の1人も少し引き気味絵はあったが、納得したようだった。


「それよりも、龍脈を動かす方が大変です。皆さんのご協力に期待しています」

「はっはっはっ、そうかねそうかね」


 盛実が嬉しそうに清村の肩を叩いた。


 ***

「悪いな、手伝ってもらって」

「いいって」


 清村が渋谷に笑顔で言った。


「俺もこんな正式なお祓いに参加できて勉強になる」

「またまた。お前はアレだろ?」


 それは暗に『使い魔を使って払うから自分の払う能力には関係ないだろ』を指していたが、言葉を濁したものだった。


「渋谷には、正中付近の祝詞を任せる」

「ああ、分かった。この位置まで入ってきていいのか? 神様に失礼にならない?」


 周囲を見ながら渋谷は訊いた。


「大丈夫。今回は土地神でもかなり小さめの神様だから。一応神様だから念のための準備なんだ」


 まるで何でもないことのように清村が答えた。実際は地域で一番の神様を呼び出すのだ。『正中』とは神社のど真ん中。本来、神様の通り道とされている。神様を呼んでおきながら、正中に立ち入るというのは、神様の進路を人間が妨げるということ。あってはならない事だった。


 しかし、清村の本当の狙いはそこだった。神様に不敬を働かせて神罰をくださせようとしているのだ。


 ***


 それぞれ準備が整った。厳かな雰囲気の中、誰も一言も発しない。空気までもかしこまったかのように目の前の全ての音がなくなった。


 清村が白装束で現れ、祭壇の前に立った。彼の合図で一斉に神様を称える唄と演奏と踊りが始まった。


 鼓笛隊は脇目もふらず笛と太鼓でその場を盛り上げる。護摩木を焚く護摩焚も行われた。祝詞が神に捧げられ、神を祭壇にお招きする。


 空の雲はその流れが一段と早くなっている。霊感があろうがなかろうが、何かしらの存在がそこに来つつあるのは明らかだった。


 そのうち、ゴゴゴと地響きが聞こえそうな雰囲気が辺りを支配した。清村のお焚き上げと祝詞に反応して目の前の焚火が一段と高く火柱を上げた。




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