第29話:お茶漬け怖い

「ここの村ではね、代々村長は世襲制を取ってるの」


 豪華な食事の次は、高級羊羹とお茶が出てきた。ドクターJも、さっきの攻撃的ななりはひそめて、おとなしく羊羹を食べながら茶をすすっている。


 見た目は10代半ばの少女だが、所作だけ見たら年寄りみたいだった。謎だ。謎すぎる、こいつ。


「ただね、子に、孫に、と受け継いでいくと、能力の低いものも出てくる。一族全員が優秀な訳じゃないからのぅ」


 羊羹は間違いなく高級品だった。普通の羊羹とは全然違う。甘いのにべったりした甘さが全然ない。すっきり甘いのだ。これは使ってる砂糖から違うのか!? たしか、和菓子用の高級な砂糖があったよなぁ……。


 老人は相変わらず、男か女かも分からない。歳を取ると誰でもそうなのかなぁ。


「むしろ、優秀なのは一族でもごく一部じゃ。優秀な者、一族を繁栄させるだけの運に恵まれた者だけが家を引き継げた」


 まだ続いてたのか、この雑談。俺は羊羹を一口大に切り分け、口に運ぶ。


「優秀な人間がいないときは、消去法になるだろ?」

「うんにゃ、先代が長く長を務めて優秀な者を待つ」


 まあ、そんなこともあるか。1世代30年とか言うし、40年とか50年務めるやつもいるかもな。


「下の世代、その下の世代までならなんとかなる。そこまで頭角を表すやつが出てこなんだら、家は衰退してしまう」

「そんなもんかねぇ……」


 そうだ、和菓子用の砂糖は『和三盆』だった。たしか、そんな名前だった。それにしても、この羊羹うまい。


「ある時、誰かが考えたんじゃ。歳をとった長が若返ったらって」


 ジュリアスシーザーの頃から人は若返りに憧れる。ただ、それは叶わない欲望だ。


「当然そんな事は叶わない。のう、若いの。『老い』はどこから来ると思う?」


 変な質問だった。『どこから歳が分かるか』って話かと理解した。


「首とか手の甲とか?」

「それは、『結果』じゃ。老いの『素』じゃ、『原因』とか『要因』とかでもいい」


『老いの原因』? そんなこと、この年齢の俺では考えたこともない問だった。


「DNAとか?」


 この老人に『DNA』みたいに遺伝子の話しが通じるか分からないけど……。


「まあまあ、かの。答えは『血』じゃ。血は心の臓から送り出されて、全身を巡る。その際、栄養も酸素も身体の全ては血から与えられるんじゃ」

「まあ、そうなるな」


 この老人、ここに来てよく喋るな。


「血が若ければ、身体も若い。血が歳をとれば、肉体も年をとる」

「言ってることは分かる」


 昔は『血族』とか言って、血は大事だと考えられてきたからなぁ。


「見せたいもんがある。屋敷の地下じゃ」

「また地下牢に入れようってか!? ごめんだぜ!?」

「牢に入れるなら出したりせん。安心せい。見せたいだけじゃ」


 俺は老人とドクターJに連れられて屋敷の地下に行った。今朝までいた地下とは別の地下。この屋敷には地下がいくつもあった。それぞれに六畳ほどの牢があった。


 俺が入れられた地下牢と違ったのは、牢の中にバケモノがいた事だ。身長は2メートルを超え、全身が赤黒くてテカテカしていた。よく見ると、びっしりと鱗のように皮膚がボコボコしている。


 俺たちが部屋に入ってきた事に気付くと、バケモノは牢の中で暴れ始めた。幸い牢の格子は太い木製であのバケモノが少々暴れても牢を破ることはできないようだ。


「あのバケモノは?」

「あれは、かつて人だったものだ」


 老人ではなく、ドクターJが答えた。この少女もなんなんだ。この老人との関係も分からない。


「その昔、日本は海外に人魚を輸出していたのを知っているか?」

「なんの話だ?」


 突然、全く違う話になった。


「昔から、人魚は不老不死の薬と言われていた。それは海外でも信じられた。だから、日本は人魚のミイラを輸出したんだ。人気商品だったらしい」

「……」


 なんの話だ。意図が全くわからない。


「次の部屋に行くぞ」

「……話しが見えないんだが」

「心配するな。次で終わる」


 また違う地下牢に案内された。


「うっ……」


 すごい臭いだ。


 今度は人が入っていた。しかも、半分白骨化している。


「なんだあれは!?」

「あれも、かつては人だったもの。今では肉の塊だ」


 殺人鬼!? 俺も一歩間違えば、あんな状態だったってことか!? 思わず構えてしまった。


「人魚はほとんどが偽物だった。上半身は猿、下半身は魚。それらを針金で固定して乾燥させ、干物にしたものじゃ」


 そんなオカルト番組がテレビであったな。


「じゃが、希に……ごくごく希に本物の人魚は捉えられた。肉は村の中で分けられ、次々に食べられた」

「……」


 ドクターJがこちらを見た。その瞳には生気がなく、『死んだ目』と言うのが相応しかった。


「そんなに簡単に人は不老不死にはならん。強すぎる薬は毒にしかならん。人魚の肉を食べたもんはほとんど死んだ」


 ここで昔話を聞かされる理由が俺にはまだ分かってなかった。


「じゃが、いるんだよ。中には死ななかったやつが。八百比丘尼(やおびくに)なんか800歳まで生きたとモノの本には書いてある」

「昔話だろ?」

「いや、現実じゃよ。希にいるんじゃよ、人魚の肉を食べても生き残るやつが」


 ここで俺ははっとした。


「人魚の肉……」

「やっと分かったか。お前さんが食った肉は人魚の肉じゃ」


 なん……だと……。


「掌を刺してもすぐに直ったろ」

「不老不死とケガがすぐ治るのは別の事だろ!」

「不老不死でも、ケガはするし、病気もする。だだ、すぐに治るんじゃよ」

「なに……!?」


 ここで身体がしびれて動かない事に気づいた。


「うちのおご馳走は美味かったろぅ? 専門の料理人がおるでな」

「毒……お前たちも食べ……」

「料理に毒? そんな無粋なことはせんよ。ただ……ふぐがあったろ? あれは一匹丸ごと仕入れて、うちの料理人が捌く」


 ふぐと言えば、毒。テトロドトキシンだったか、青酸カリの1000倍の毒……。


「京都では、茶を勧められたら絶対に飲まずにすぐに帰るべきって聞いたことがあるな」

「まさか……」

「最後の羊羹に毒を入れた。ふぐの毒は無色無臭。羊羹とは一緒では絶対に分からぬ」


 くっ……。動けない。


「ふぐの毒は神経毒。動けんじゃろ? さすがの不老不死でもしばらくはそのまんまじゃ」


 そうか、治るのか!


「完全に動けんようになるまでもうちょっと待つかの。さっきの部屋のバケモンは人魚の肉を食べて不死身になれんかったハンパもんじゃ」


 なっ……。


「毒で死ぬか、バケモンになって死ぬか……、どっちにしても分の悪い賭けじゃ。そんな賭けに乗っかれるほど儂らはお人好しじゃない」


 ここで、ドクターJの瞳が初めて光った気がした。


「不死身になったモンから身体をもらえばいい」

「なっ……」


 もはや、声も出せなかった。呼吸もできない!


「興が乗った。これからお前さんがどうなるか教えてやろうかの」



□余談

タイトルの「お茶漬け怖い」について「なぜ?」って質問がありましたが、2つの理由があります。1つは毒が入れられていたから。もう1つは京都ではお茶漬け(ぶぶ漬け)を勧められたら帰るタイミングなのです。それを食べてしまったらどうなるのか……。


ちなみに、タイトルは落語の「饅頭怖い」にもひっかけています。自ら説明する恥ずかしさ……。

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