第28話:おご馳走

 結果から言うと、あの干し肉はやはり毒だった。


 あの肉を食べた後、高熱が出て三日三晩死の境を彷徨った。その間も、布団や水などは一切与えられず、それだけで十分危機だった。


 いつ気を失ったのかは分からない。気づけば朝だった。熱も引いていた。ただ、汗で服がぐしゃぐしゃで気持ち悪かったのを覚えている。


(ギイぃっ……)「目覚めたか」


 あの気味の悪い少女は……「ドクターJ」が牢に入ってきた。手に2個の握り飯と水が入ったコップが乗ったお盆を持った状態で。


 俺は彼女の握り飯と水を奪うようにして取り上げ、食べた。一瞬だった。


「まだ飯は準備しとる。風呂に入ってから客間に来なさい。風呂の場所は女中が案内する」


 女中……メイドさんか。


 牢から出されたのは意外だったが、とにかく腹が減っていた。汗も気持ち悪かったし、この女の頭を叩き割ってやりたい気持ちを抑えて風呂に向かった。


 でかい家は風呂もでかい。すぐに旅館でも始められそうなほど広い風呂だった。メイド……じゃなくて女中が背中を流してくれた。


 客用の真新しい浴衣を受取り、客間に案内された。


 そこには、ヒノキ板の1枚もんのでかいローテーブルがあり、その上に豪華な食事が3人分置いてあった。ここに来た初日の比じゃない。ここでも、この建物が旅館ではないかと思った程だ。


 そして、テーブルには老人とあの気味の悪い少女「ドクターJ」が座っていた。殺そうとした俺と一緒に食事ってか!?


 テーブル向かいに老人とドクターJ。手前には俺だけ。どういう状況なんだ!?


「さあ、おかけになってください」


 老人が干からびた様な手で俺が座るように促した。


 正直、腹は減っていた。握り飯2個では全然足りなかった。それどころか、呼び水となって余計に腹が減ったくらいだ。


 牛肉のステーキ、豚のしゃぶしゃぶ、鶏もも肉の山賊焼き、ふぐの刺し身、すっぽん鍋、鯛の塩焼き、カレイの煮付け……俺が牢に入っている間の分まで一度に出てきたみたいだった。


「さ、さ。召し上がってください。事情は食べ乍ら……」


 老人は男か女かも分からない。しわしわで、やせ細っていて、髪も全部白髪だ。


 さすがに警戒していた。あの干し肉1個で死ぬ思いをしたのだ。こんなに食べたら今度こそ死ぬだろう。


 ところが、箸を先につけたのは老人だった。そして、次がドクターJ。料理は3人それぞれに出されていたから、俺の分だけ毒が入っていてもおかしくなかった。


 でも、空腹は人の判断をおかしくさせる。俺は食べ始めた。


「……うまい!」


 身体に染み込んで行くみたいだった。こうなると止まらない。俺はテーブルの上の料理を次々平らげていった。


 老人とドクターJも食べていたが、二人は少食らしい。テーブルの上の豪華料理を到底食べ切れるとは思えなかった。


「どうですか?」


 ドクターJが老人に聞いた。


「若い人はいいですね。食べっぷりが」


 もう歳をとってたくさんは食べられないのだろう。人は誰でも年を取る。俺もいつかこうなるのだろう。今 目の前にこれだけのごちそうがあるんだ。食べられる時に食べられるだけ食べておくか。


 二人のそんな会話を無視して俺はまだまだ食べた。


 鶏もも肉の山賊焼きは特にうまかった。俺の好みに合っていたのだろう。骨までしゃぶっているのを見て、ドクターJが話しかけてきた。


「口に合いましたか? こっちも食べてください。私には多すぎるので手を付けていません」


 そう言って、鶏もも肉の山賊焼きの皿を俺の方に寄せてきた。俺が皿を受け取ろうとした次の瞬間だった。


(ガツッ!)「いだっ!」


 さっきまでのゆっくりな動きに反して、急にドクターJがナイフで俺の掌を刺しやがった!


 ナイフは掌を貫通してテーブルに打ち付けられた。


 今度はなんだよ!?


「昆虫採集の虫か、俺は!」


 急ぎ俺はそのナイフを掌から抜き取り、次の攻撃に備えた。


 ところが、老人はもちろん、ドクターJも攻撃してこない。他の部屋から黒服サングラスの男たちが押し寄せることもなかった。


 老人とドクターJは俺の掌に注目していた。すごく違和感があり、俺も止まってしまった。


 すると、まるで逆回しの映像を見ているみたいにみるみる掌の傷が塞がっていった。


「なっ……!」


 驚きを隠せない俺。


「どうですか?」

「素晴らしい! 成功ですね!」


 ドヤ顔のドクターJと喜ぶ老人。


「どういう事か、説明してもらえるんだろうな」


 俺は最高にドスを利かせて言った。


「いいでしょう。全部話します。それより、お腹は膨れた? お茶でも出そうかの。いい羊羹を頂いたの」


 老人が言った。俺の雰囲気に押されたりはしなかった。どうにも食えない二人だった。羊羹は食うけどな!

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