第27話:地下牢と干し肉

「キバちゃんのことは少し理解しましたけど、それだと山田くんのことが辻褄が合わないです。設定ミスですか!?」


 設定とか言うな。


「ホームセンターでもケガしてたのに血も出てなかったし、かまいたちには鎌を刺されてました!」


 よく見てる……。


「俺は不死身の身体と不死身のエネルギーがあるんだ」

「なんですか、その中二病な設定は……」


 いずなの単眼ジト目が痛い。


「もちろん、昔からこうだった訳じゃない。そして、なりたくてそうなった訳じゃない」

「もしそれが本当なら、最強の妖怪と不死身で潤沢なエネルギーの人間の最強コンビじゃないですか!」


 なに妖怪退治協会の人間ごときに追い詰められてんですか、と言わんばかりだ。


「俺はキバに守られる代わりに、エネルギーを提供してるいわば『電池』の役目だ。妖力というエネルギーの」

「あれ? 山田くんって妖力とか、霊力とかないんじゃなかったんですっけ?」

「そう、すっからかんだよ。全部、キバに持ってかれてる」


 そう、俺の妖力は全部丸ごとキバに持って行かれている。電池がそれ単体で役に立たないみたいに、俺一人ではほとんど何もできない。


 そう、あの時、すべてが変わったんだ。


 それを話すには、あの老人と『ドクターJ』の話が必要か……。


 ***


 あの猫の妖怪の牙を取り込んでから、猫の妖怪は弱体化していった。俺が考えなしにヤツとの『交換』をしてしまったので当然だ。


 一応、形式的に『キバ』と呼ぶようにした。


 妖怪は名前を持つと、それだけ認識されているということで強くなる傾向にある。しかし、キバは弱かった。


 普通の人間だった俺は『電池』としての能力は皆無だったからだ。キバが弱ると俺も弱る。なにしろ、妖怪から常にエネルギーを吸われ続けているんだ。


 あの場はなんとか切り抜けたものの、俺は近々死ぬんだと思っていた。


 そんなある日、身寄りがなく、俺がいなくなっても誰も探さない存在であることに目をつけた、ある老人が俺に仕事を持ちかけてきた。


 その家は金持ちそうで、豪邸だった。高級料亭かと思うほど大きく、純日本的な建物だった。建物に入る前に、珍しくキバが姿を現した。


 いつもみたいに睨んではいるが、俺の肩をガッシリ掴んで屋敷に入れないようにしてきた。


「仕事なんだよ! 今回の依頼を受けないと飯が食えないんだよ!」


 その時の財政は逼迫していた。体力がない上、霊力もなにも全部キバに食われていたのだから商売あがったりだった。


 この時、俺はキバが仕事の邪魔をしているのだと思っていた。


 今回の仕事の内容は簡単で、昔使っていた地下牢で夜中に音がする気がするので、一晩泊まって確かめてほしい、とのこと。


 俺はキバを振り払って屋敷に入った。キバもエネルギー切れを起こしていたので、俺でも振り払えた。そして、キバは諦めたように姿を消した。


 屋敷では、客間で簡単な挨拶の後、豪華な食事と酒を振舞われ、俺の気が大きくなったところで地下牢に案内され入った。地下牢は木製で六畳ほど。各格子が家の柱にも使えそうな、五寸はある牢だった。


 昔はどんなヤツが囚われていたのか考えるべきだった。ただ、俺は酒を飲んでその辺りが疎かだった。牢に入ったとはいえ、当然、扉のカギは開けられていた。


 俺が寝ずに地下牢の中にいると、白衣を着た少女が俺の様子を見に来た。歳の頃なら10代半ば、丁度今の俺くらいだったろうか。


 歳の割に完全に白髪で……銀髪って言うのか? 肌の色も白くて目は死んだ目をして、とにかく気味の悪いヤツだった。


 夜中に子供が。しかも、白髪で全身白い。まるで幽霊の様な少女。怪しさマックスだったけど、報酬が良かったので俺は逃げなかった。


 少し世間話をした後、そいつは地下牢の扉を閉めてカギをかけやがった。


 最初は質の悪い冗談かと思った。しかし、自らを『ドクターJ』と名乗ったその少女は皿に載せた一欠片の干し肉を牢に入れた。


「それを食べたら牢から出してやる」


 死んだ目、無表情でそれだけ言った。そんな状況でそんな怪しいもんを食べるほどバカじゃない。俺が食べないと分かると、少女は『また来る』とだけ言って姿を消した。


 俺がその干し肉を食べずに朝を迎えたけど、誰も来ない。昔牢屋だったそれは、今も現役で牢屋だった。


 トイレは一応ある。牢の中なので水洗のきれいな…とはいかない。地面に穴が掘られていただけだ。水も食べ物もない。あの干し肉以外は。


 人間1日、2日食べなくても死にはしない。たしか海で遭難して2〜3週間何も食べなかった人が救助された話があったはずだ。


 ただ、それは水があった場合の話。水までないと人間は3日程度しか持たなかったはず。


「おーい! せめて水をよこせ!」


 叫んでも暴れても誰も来ない。とにかく、その干し肉を食えってことか。


 一口で食べられそうな大きさの干し肉を口に運んだのは牢に閉じ込められて2日目の昼だった。


 始めはちょっとだけ舐めた。普通の干し肉だった。なんの肉かまでは分からない。干してあったし。


 ビーフジャーキーみたいに赤黒い色。豚肉や鶏肉みたいに白っぽくはない。牛肉よりも明るい赤。俺が知ってるもので近いのは鮭とば、鮭の身のジャーキーだった。


 空腹時に少しの塩味を感じたらもうガマンはできなかった。それを口に入れてよく噛み締めて味わってから飲み込んだ。


 地下牢の格子がこんなに頑丈な理由が分かったのはそれから1週間後だった。

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