第24話:頭痛と前世の記憶

「支部長さんどこに行ったんでしょうね……山田くん!? 大丈夫ですか!?」


 いずなが話しかけているのは分かっていたが、俺はひどい頭痛だった。


「っつ……」

「大丈夫ですか!?」


 頭は割れそうだった。それでも、昔の記憶が蘇ってきていた。


 ***


 俺にはかつて家族がいた。俺と父さんと母さんと幼い妹、そしてばあちゃん。妹は昔から普通の人には見えないものが見えているらしかった。だから、母さんと一緒に買い物に行っても何もない物陰を見て怯えていた。


 それでも、それくらいで俺たちは普通の家族だった。ちょっとだけ田舎な感じの土地に一戸建てがあり、父さんは公務員、母さんは主婦。俺は小学校に通い、妹はまだ幼稚園にも上がってなかった。


 今思えば間違いなく田舎だし、『村』だったが当時の俺にはそれが当たり前でちっとも田舎とは思っていなかった。


 田舎では子どもたちはみんな一緒に遊ぶ。夏はまみんなで川に行き、岩場から川に飛び込んだ。どれだけ高い所から飛び降りれるかがそこでのステータスだった。


 一方で、魚も捕まえた。大きいものを捕まえたヤツはえらかった。デカい魚を捕まえるヤツほどステータスは高かった。


 冬は森に入って手作りの罠を仕掛けて動物を捕まえたりしていた。当然、捕まえた獲物の大きさがステータスだったが、種類も考慮された。


 たぬき、キツネ、蛇、イタチ、ネズミなど捕まる動物は比較的小型のものが多かったが、まれに猪がかかり、その場合は大人が登場した。


 虫は当然として、俺たちは動物をたくさん殺していた。都会の子どもたちに比べて殺しすぎていた。そこに罪の意識なんてない。好奇心の延長で。


 一方的にやる立場のときは全くそんなことは考えない。デカい獲物を仕留めたヤツが大きな顔をしていた。


 ある日、俺は妹を連れて、近所の子どもたちと共に山に入った。まだ雪が降る頃じゃない。山には動物がたくさんいた。


 俺も買ったばかりのナイフの切れ味をそこら辺の草で確かめながら山を登った。『肥後守(ひごのかみ)』、それが俺の相棒の名前。折りたたみナイフで常備できた。それをとことんまで研ぎ上げて日本刀の様な切れ味まで高めて所持していた。


 その日はラッキーだった。罠にイタチがかかっていたのだ。しかも、親子なのか罠にかかっている一匹の他にそばに二匹、合計三匹いた。俺と友だちはそごってイタチを捕まえ、殺した。


 たぬきなら話は別だが、イタチは捕まえても食べたりしない。殺したいから殺していた。今考えれば残酷極まりない。でも、虫も魚も動物も殺戮の対象だった。とにかくデカいヤツを殺したやつが偉いのだ。


 俺たちは三匹のイタチを適当な木の枝にくくりつけて山を降りた。


 この時は、俺たちは一方的に狩る側だと思っていたので、獲物に対して容赦なかった。


 大人だろうが子供だろうが、見つけた獲物は競って狩った。この日は俺も3匹にうち一匹を狩って鼻高々だった。


 みんな久々の大物に興奮していた。だから、山を降りきるまで気づかなかったんだ。


 ーーー妹が付いてきていないことに。


 山を降りた頃には辺りがうっすら暗くなり始めていた。子どもたちでは山に入ってはいけない時間だった。


 俺は急いで家に帰り、妹がいないことを親に告げた。父さんはすぐに町内に電話をかけ何人か大人を集めて、肩には銃をかけて山に入っていった。


 悪いことに夜になるにつれ、雨が降ってきた。俺は家で母さんと一緒に仏壇に向かってまいった。心の中で何度も何度も妹を無事に返してくれと願った。


 もう森で動物を殺さないとか、神様か仏様か相手は分からないけどとにかく祈り続けた。


 横で必死にまいっている母さんを見ると目から涙がこぼれていた。ここで初めて俺は自分のしでかしたことの重大さを知った。


 その日はご飯も喉を通らずひたすら待った。母さんは俺の手を握ってくれたけど、その手は震えていた。自分でも驚いていたみたいだし、その震えは止まらないみたいだった。


 それからどれくらい時間が経っただろうか、父さんがうちのドアを勢いよく開けたときには、俺はいつの間にか畳の上で眠っていた。腹には上着がかけられていたから、母さんがかけてくれたのだろう。


 母さんが妹の名前を呼びながら玄関に走って行った。俺もまだ覚醒しきれていない状態でふらふらしながら玄関にむかった。


「母さん! 急いで風呂を沸かしてくれ!」


 父さんがでかい声で言った。その肩には妹が抱きかかえられていた。しかし、意識はないらしく、ぐったりしていた。


 雨に濡れ、ビショビショで全身血の気がなく真っ白だった。しかし、足だけは紫色になっていてひと目でただ事じゃないと分かった。


 母さんは妹を一目見ると、すぐに風呂に向かいお湯を入れ始めた。


 俺は後ろめたさから、父さんに妹は無事なのか聞けないでいた。


 風呂にお湯が入るまで、父さんは妹の濡れた服を脱がせてタオルで拭き、毛布で包んだ。その上で手をさすって少しでも温めているようだった。


 風呂から上げられても妹の意識はないみたいで、俺は益々不安になっていった。


 妹がパジャマを着せられて、再び毛布で包まれた頃、玄関に誰かが来た。 カギは開いていて、勝手に玄関まで入ってきた。


 父さんが出迎え、俺も横から覗いてみた。大人が二人。一人は白衣を着ていて、村で唯一の医者だった。寝癖で髪がぐしゃぐしゃだったので、もう寝ていたところを起こされて、慌てて駆けつけたのだろう。


 もう一人は蓑を羽織っていた。藁で作ったマントとでも言うべきか……。いくら田舎でも蓑を着ているヤツなんかこの村でも一人しかいない。


 村の中では『祈祷師』と呼ばれていた。別の呼び名は『妖怪退治屋』である。

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