第25話:俺と妖怪退治屋との出会い

 妹が意識を失った状態で山で発見された日の夜、二人の大人がうちに来た。


 一人は医者で妹の様子を見に来たのだろう。それは子供の俺でも理解できた。


 もう一人は、『祈祷師』とか『妖怪退治屋』とか呼ばれている人だった。先代から世代交代したらしく、比較的若い。先代はおじいさんだったけど、新しい人は父さんより若いってことくらいしか当時の俺には分からなかった。


「邪魔するよ」


 先に家に上がったのは白衣の医者だった。布団に寝かされて毛布で包まれた妹のところに行き、聴診器を取り出していた。


 どこか俺はもう大丈夫、と思っていた。だって、医者が来たのだから。


 医者は30分ほど妹を診ると、注射を1本打って帰って行った。妹に意識はないけれど、息をしていることが初めて分かり、俺は少しだけ落ち着き始めていた。


 医者が帰ると、入れ違いに妖怪退治屋が入ってきた。医者が妹を診ている間、ヤツは家の外をぐるぐる回って何かをしていた。


 俺も仏壇に祈るくらいなので、見えない力を信じないわけじゃない。でも、妖怪退治屋の行動には訝しさを抱いていた。


 父さんも母さんも少しだけ落ち着いたのか、それとも疲れたのか、静かに妖怪退治屋の話を座って聞いていた。


 ヤツは外で一人でぶつぶつ言っていたのを俺は聞いていた。盗み聞きと言ってもいい状態で。


『じゃあ、子供一人だけでどうだ!?』


 明らかに汚い格好のヤツは、俺としては招かねざる客で、家に入ってほしくなかった。そんなヤツが外で何かと話している。芝居か、それとも妹のように見えない何かが見えていて、それと会話をしているのか、俺には妖怪退治屋の声しか聞こえないでいた。


『分かった。じゃあ、子供と婆さんでどうだ!?』


 ヤツの言う『子供』は、俺のことなのか、妹のようにことなのか。なんだか嫌な交渉をしていることだけは、子供の俺でも雰囲気で感じていた。


 その妖怪退治屋が、今家に上がり込んで父さんと母さんと話している。


 俺は柱の陰に隠れて話を聞いた。


「動物の霊が怒りまくってます。お子さんたちは大丈夫なので、お父様とお母様の身の安全を確保しましょう!」


 妖怪退治屋は父さんと母さんにそう言っていた。さっきの外での声では、子供とおばあちゃんは『諦める』と言っていた様に聞こえた。


 言ってることに一貫性がないように感じて俺は不安になった。そして、この妖怪退治屋を信じてはいけないと感じていた。




 ■


 妖怪退治屋は、棒読み みたいな、 独特な喋りを続けていた。しばらくするとついには 歌みたいな リズムをつけた 喋りが続いた。 時には笛を吹いて、 時には 太鼓を叩いて、 俺の目には異常な光景にしか見えなかった。


 それらは 対象にしている神か妖怪かが喜ぶ 言葉であり、 歌である『 祝詞』だということを知るのは俺が知るのはまだまだ後の方だった。


 妖怪退治屋は、父さんとお母さんが寝ている寝室の四方に縄をかけた。 そして、部屋の四隅に盛り塩をした。 明らかに危ないのは 妹なのに、父さんと母さんの部屋に 何かをするのはおかしいと俺は思っていた。


 妖怪退治屋の祝詞は続く。 しばらくすると 風もないのに 祭壇に取り付けられた3本の蝋燭の火がいっぺんに消えた。 それと同時に 妖怪退治屋の祝詞も終わった。俺はお祓いが終わったんだと思っていた 。


「ちっ、失敗か。 じゃあ、 こいつだけ残すのはどうだ!?」 


 そう 妖怪退治屋が言ったかと思うと俺は襟首を引っ張られた。


「こいつが家族を殺したんだろう! じゃあ、こいつだけ生かして、他の家族を殺せば 同じだろう!」


 妖怪退治屋がそう言うと、俺は襟首を引っ張られて 家の外に引きずり出された。 両親はあっけに取られて動けないでいた。


 俺は庭まで引きずり出されると、 しめ縄でぐるぐる巻きにされた。 妖怪退治屋の祝詞が再開され、 俺はさらに家の敷地外まで引きずり出された。


 その直後くらいだった。父さんとお母さんが、叫び声と共に、首があらぬ方向に曲げられるのが見えた。 俺は泣き叫びながら家の中に入ろうとしたが、妖怪退治屋が引っ張っていて中に戻れなかった。


 しばらくして夜の静けさが戻った頃、俺が家に 入ると家の中は血まみれだった。父さんも母さんもすごい形相で 死んでいた。 腕や足はねじ曲げられ、首は 前後ろが逆になるほどねじ曲げられていた。


 違う部屋ではばあちゃんも同様に死んでいた。 妹は布団に寝かされたまま 冷たくなって死んでいた。 俺はショックのあまり泣くとかそういうのではなく、 そこから意識がなかった。


 気づけば1週間経っていた。俺は、妖怪退治屋の家にいた。父さんと母さんとばあちゃんと妹はどうなったか。 妖怪退治屋に聞いたが妖怪退治屋は何も答えてくれなかった。 その代わりに話をし始めた。


「 お前たちは動物を殺しすぎた」


 当然俺には思い当たるフシがあった。ありすぎた。


「食べるためだったらまだ理解してもらえたかもしれない。 でも、ただ殺したいから殺してた。 殺したやつの中には、 妖力が強いやつが紛れてたらしい。 めちゃくちゃ怒っててその怒りを鎮めることはできなかった」


 妖怪退治屋はここで1回ため息をついた。


「家を見た瞬間もうばあさん は諦めたし、 あの死にかけた子供ももうだめだと思った。 お前を 生贄にしてその代わりに両親を助け金をもらおうと思ったが、 両親も全員殺すと 譲らなかった。しょうがないから お前だけ 助けたけど、 お前なんか助けても 一文の得にもなんねえ」


 妖怪退治屋は一言で言えば 人でなし だった。 合理的といえば 合理的かもしれないが、 誰かを犠牲にして誰かを助けるという選択は 便宜上 してはいけない 選択だと思う 。


 しかし、この妖怪退治屋は 平然と選んだ。生かす命と殺す命を選んだのだ。


 俺は妖怪退場の家にいたけど、もうあの村にはいなかった。妖怪退治屋の家だが別の村か町にあるらしい。ここには妖怪退治屋に連れて来られたらしく、俺にはまったく記憶がなかった。


 どさくさに紛れて 遠くまで 逃げたみたいだ。ヤツは自分に危険が及ぶようなことはしない。どこまでも 合理的なやつだった。


「小学生のお前が1人で生きていくなんて無理だ 。俺の手伝いをして生きていくか、それとも 野垂れ死ぬか。 今決めろ」


 小学生の俺には厳しすぎる選択肢だった。 そうして、妖怪退治屋は俺の師匠になり、 俺はその妖怪退治屋の弟子となった。

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