第22話:黒塗りのベンツ
「彼は
清村支部長の運転で、俺といずなは黒塗りのベンツに乗ってどこかに連れて行かれている。今どき窓ガラスも黒いフィルムが貼られていて、外からは中が見えなくなっている。まあ、もっとも中からも外が見えにくいけどな。意味あるのか、こんなフィルム。
それでも後部座席に二人座っていると、なんだか偉くなったような気がするから不思議だ。
「あ、後部座席だけど、シートベルトは締めてな。法律が変わったんだよ。後部座席もシートベルトが必要だ」
そうなんだと俺といずなはシートベルトを締める。『妖怪退治協会』なんて言って、いぶかしさマックスの団体なのに、道路交通法は守るんだ、と変なところが面白くなっていた。
「渋谷は妖力がすごくてな」
「妖力……ですか?」
いずなが聞きなれない言葉だったらしく、聞き返した。
「そう、妖怪はその内なるエネルギーが膨大だ。そのエネルギーを我々は『妖力』と呼んでいる。人間にもまれに妖力を持っている人間がいてね」
「そのシブタニさんは、妖力が多かった、と」
「そうだ」
「なるほど」
いずなは顎を触りながら納得した様子だ。
「彼には師匠がいたんだが、少々荒っぽい師匠でね。それが身についてしまったのか、ある程度払ってダメだと思ったら家ごと焼き払うという荒業を使っていた」
いずなが無言で俺の方を向いた。
「……どこかで聞いたような手口ですね」
「手口とか言うな。妖怪退治屋の10人に12人はそんな手法を取るんだって!」
「私が知ってるのは、陰陽師的な格好をしていて、『カシコミカシコミ』とか言ってました」
「そんなのはテレビの中だけの演出だって! ローマ人は決闘する時上半身裸か!? 剣持って戦うんだから、普通に考えて鎧だろ! あんなのがテレビ上の演出なんだって!」
「ローマ人に知り合いがいないので分かりませんけど……」
よく分からないけど、とりあえず納得してくれたらしい。
「最近そのシブタニさんは妖怪退治をしていないみたいなんですか?」
「ああ、師匠が死んでも妖怪退治は続けていたのにな」
「その……何かあった可能性とかは? 失敗したとか……」
この場合の「失敗」は死を示しているので、いずなはいうのをためらったみたいだ。
「確かに絶対ないとは言い切れない……だけど、ヤツなら何かあったときは逃げると思う。そして、自分は助かると思うんだ。妖力だけはすごかったからな」
またいずながこっちを見た。
「妖力がすごかったんですって。山田くんとは違いますね。妖力って霊力みたいなものでしょ? 山田くん霊力ゼロですもんね」
あおってんのか。こいつは。
それでも、清村支部長が何を言いたいのか俺たちはイマイチつかみかねていた。そこで、一歩切り込んだのはいずなだった。
「どうしてシブタニさんが私たちの探している人だと思ったんですか?」
「うーん……なんとなく、かな」
「直感みたいな?」
「そうだね」
「それは、妖怪退治屋さんの直感みたいな?」
「そうかもね」
全然要領を得ないまま、どこかに到着したらしく車は停車した。
「あ、ちょっと待ってて。駐車する許可をもらってくるから」
「あ、はい」
いずなが笑顔で返事をした。
俺はなんだか嫌な予感がした。なにかは分からないけどとにかく嫌な予感がしたんだ。
「いずな、出よう」
「え?」
シートベルトを外そうと思ったところで気づいた。シートベルトが外れない!
「くそっ! 外れない!」
「え!?」
慌てていずなもシートベルトを外そうとするが、やはり外れないようだ。二人でがちゃがちゃとシートベルト外しにチャレンジしていると、外で大きな音がした。次の瞬間、乗っていた車に大きな衝撃が来た。
「きゃーーーっ!」
四方のガラスが割れ、鉄の爪が車内に飛び込んできた。幸い、車のガラスは割れた時は小さな欠片になって飛び散るようになっているので、ガラスの破片が俺たちに刺さることはなかったが、明らかに車を持ち上げて運ぼうとしている!
なんなんだ清村支部長! なんで俺たちを殺そうとしてるんだよ!?
俺はポケットから100円ライターを取り出してしばらくガスを放出させた。一定量出したところで、火打石を弾いて火花を飛ばした。
次の瞬間一瞬でガスに引火して火柱が上がった。
「きゃあっ! 山田くん!?」
「しょうがないだろ!? まだ触媒がないと呼び出せないんだから!」
俺は息を十分吸ってできる限りでかい声を出した。
「キバっ! 出て来い! 俺たちを助けろ!」
次の瞬間、火柱は一瞬で消え、光で目がくらんだかと思ったら、ベンツの中央からきれいな切り口で真二つに切れていた。中央の切り口が下に開くようにしてゆっくりとベンツ自体が落ちていく。
ご丁寧にシートベルトも一瞬でバラバラに切り刻まれていたので、俺を支えるものはなく、当然……。
「いてっ!」
既に5メートル程度持ち上げられていた俺は地面に落ちた。顔から。
その後、ゆっくりと黒パーカーをかぶって黒いミニスカートの下にぴったりの黒いズボンをはいた全身黒づくめの少女がゆっくりと降りてきた。
右腕にはいずなの首根っこを掴んでいる。
「ちょ、ちょ、ちょ! 降ろして! いや、やっぱり降ろさないで!」
残り高さ50センチのところでキバがいずなを掴んでいる手を放した。
「わっ」
スタッとかっこよく着地を決めるいずな。
顔から落ちたし、ちょっとケガをした俺はようやく起き上がった。
「ちくしょう、清村支部長逃げたな!? なんてことするんだ。死ぬとこだった」
いつもの様にキバが俺の方をちらりと見て、ギラリと睨んだ。そうそういつも怖がる俺じゃない。俺も一応彼女の目を見てみた。次の瞬間、瞳は猫のような瞳に変わり、口を開くといっぱいの牙がギラリと光った。
「こわっ! こっわっ!」
俺が心底怖がった顔を見て、ふっと見下すような表情をさせたと思ったら、次の瞬間にはキバは消えていた。
「なんなんだよ、最後の威嚇。めちゃくちゃ怖かったわ!」
「もー、キバちゃんと昔何かあったんですか!?」
「まあ……、でも今はそれどこじゃないだろ」
「そうでした!」
プレスされうず高く積まれた元車だった物の上にさっきの清村支部長が立っていた。
「やはりな……」
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