第17話:真っ黒な幼女

「キバ出てこい!」


 俺といずなしかいない屋上に俺の声は寂しく響いた。キバは出てこないのだ。


「あの時は出せたけど、今は無理だ。その違いは俺にも分からない」


 そうなのだ。家に帰ってから、色々確認しようと思ってキバを呼んだけど出てきやしない。呼べば出てくるソバ屋やロデムとは違うのだ。


「なにか触媒を使うのはどうですか?」

「触媒?」


 いずなから聞き慣れない単語が出てきた。


「なにかを変化させる切っ掛けみたいなものです。例えば……」


 しばらく右を向いたり、左を向いたり、空を見たりしていたが、なにも言葉は続かなかった。なにも例えを思いつかなかったらしい。面白いヤツだ。


 俺はポケットをごそごそと探って100円ライターを取り出した。この間お祓いをしたときにろうそくに火をつけるために買ったライターだ。


 左手で拳を作り、小指を少し緩め拳の中に空間を作る。そこに火をつけずに、それでいてガスの噴射レバーを押したままの状態で左手の拳の下にピタリと付ける。


「こんなもんかな」


 数秒待ったところで俺はライターを握り直した。


(ぼっ)「きゃっ!」


 指を開き、手の中のガスを大気放出した瞬間にライターの火打ち石で火をつけると、たちまちガスに引火して小さな火柱が上がった。


 突然のことに、いずなは小さな悲鳴をあげた。


「出てこい ! キバ!」


 目の前の火柱が空間に吸い込まれるようになくなり、代わりに一人の幼女が空間に現れ、屋上の床にスタッと立った。


「出た!」


 そいつは間違いなくキバだった。背は140センチほど。小学生高学年といった風貌。


 黒いパーカーを着て、黒いミニスカートに黒いズボン。パーカーはフードを被っているので顔はほとんど見えない。


 それでもこちらを睨んでいるのは分かる。マンガの擬音なら「ギロッ」っていうのが的確か。そんな音が聞こえてきそうなほどこちらを睨んでいる。


 その視線は『なにっ?』って言ってる。相変わらず無言だけど。


「いや、別に用事じゃないけど、呼び出せるかなぁって。いずなもお前に会いたいって言ってたし」


 口角が少し歪んだ。歯を食いしばっているようだ。言葉はなにも発していないのに明らかに『用もないのに呼び出しやがって!』と言ってるのが分かる。


「ごめんなさい。あの……よかったらこれ」


 いずながクッキーの小袋を差し出した。


「……」


 キバは無言だけど、明らかにその包みに興味を示した。次の瞬間……


(バッ)「きゃっ!」


 キバはいずなの手から包をふんだくると、数メートル先まで一気に走った。すると、クッキーの包みを持ったまま、歯で開けていた。しかも、奥歯で。なんか野生を感じた。


「あ、ごめんね。開けてあげるね……」


 そんなことを言いながらいずながキバに近づくと、『シャーっ!』と言って威嚇していた。いずなもびっくりしてその場に留まってしまった。


 いや、猫だなこいつ。猫から変身したけど、基本猫なんだな。


 そして、食べてる時は大人しい。俺は気配を消してキバの後ろに移動して、フードを取ってみた。


 フードの中身は意外にも色白の美少女だった。黒髪は長かった。残念ながら、顔も髪も汚れていて、その容姿を台無しにしていた。


 一瞬、ギロッと睨んだけど、俺がそれ以上なにもしないと分かると、再びクッキーを食べ始めた。


 まあ、妖怪だからな。


 アニメやドラマなんかだったら 表現しやすいのだろうけれど、 文章で 書くと何とも表現しにくい 無言キャラだった。


 アニメだったら声優さん楽だろうなぁ。だって、ほとんど喋らないんだから。


 その幼女は こちらを睨みつけるような表情で見ていた。 彼女にとっては これがデフォルトである。いずなが、いくら 半眼ジト目で俺を見てきたとしても、キバの睨んでるような表情に比べたら全然優しいものだった。


「結局、 この子は 何なんですか !?」

「うーん、 説明はすごく難しくて、 使い魔であり、 下僕であり、 敵でもある」 

「なんなんですか、その複雑な関係は!?」


 まあ、おいおい話していくか。


「とりあえず 、こいつがいるから 俺は妖怪退治ができるんだ」


 いずなはクッキーの袋を俺にもくれた。律儀と言うか、なんと言うか……。


「そして、こいつは 俺に逆らうことができない状態っていうことだ」

「幼女虐待! お巡りさーん! ここに犯人がいます!」


 いずなが右手を挙げて物陰にいるはずもないおまわりさんを呼んだ。


「つまり、 人間の法律で裁けるような存在じゃないんだ」

「そういえば、 この間は イタチの妖怪を食べようとしてましたね」

「そうそう、 こいつは 妖怪を文字通り 取って食べるやつなんだよ」


 キバが自分の分のクッキーを食べ終えて、俺が持っているクッキーに目を付けた。めちゃくちゃ手を伸ばしてくるけど、額を抑えるだけでクッキーまで手が届かない。くくく、妖怪と言っても所詮は幼女。


「『妖怪を食べる妖怪』…… ですか」

「ん、まあ……確かにそういう 側面はあるから」

「それにしても全く喋らないですね」


 両腕を互い違いにぐるぐる回して怒りを表すキバ。俺は右手で顔のど真ん中を押さえて近寄らせない。ちなみに、左手にはクッキーの包みを持っているので、キバは俺の方に向かってくる。


「確かに」

「アニメ化したら声優さんの仕事が楽そうでいいですね」

「だから、そういう メタ発言 やめろって」


 もはやコントのようなやり取りを誰も来ないはずの学校の屋上で繰り広げる三人だった。

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