第13話:黒猫の少女

 いよいよ 妖怪退治のスタートだ。まずは、 俺はいずなの家の周りをしめ縄で囲った。いずなの家は、一般的な大きさの一軒家で古くも新しくもない、特に特徴のない家だった。そのくせ、なんだか暗い印象だった。


 俺には霊感なんてないけど、こういう暗い印象というか、マイナスのイメージって何か原因があるのかもしれない。そう言ったものが見られれば、それはそれで能力なのかもしれない。


「山田くんこの締め縄、ホームセンターで買ってきたロープなんですけど……。本当にこれで良かったんですか?」


 いずなが訝し気な表情で訊いた。


「問題ない。締め縄の種類が重要 なんじゃなくて、そこに念が入ってるかどうかが重要なんだ」


 ちゃんと 後でお札を貼っとくから結界としてはちゃんと機能するのだ。


「分かりました」


 納得いかない部分はあるものの飲み込んでくれたらしい。素直でとてもいい子じゃないか。


「お前は家の中にもう一個 限界張るから、 その結界の中にいるんだ」

「家の中にも結界ですか」

「そうだ。 その結界の中には 妖怪も入れない。 中は安全だ」

「そうなんですか」


 外側の結界は妖怪を家から逃がさないためのもの、そして内側の結界はいずなを入れて、家の中の妖怪からいずなを守るためのものだった。


 リビングの部屋の真ん中には4人掛けのテーブルが置いてあった。俺はその上に ろうそくを1本立てて火をつけた。


 いずなはリビング内の端っこの方に作った結界の中で 座って こちらの様子を伺っている。 とりあえず、俺は妖怪が喜ぶ 歌を歌って、 そして 妖怪が喜ぶ言葉を喋っていた。これは、 別の言い方をすると『祝詞』ってやつだな。


 ちなみに、 リビングが汚れるのが嫌だっていうことで、 事前に床には ブルーシートを敷いている。そして、俺は 庭に水をまいて作った水溜りの中に服を浸した、泥だらけの服を着てる。


 顔には炭を練って作ったススを塗って汚している。


「山田くん、 それ本当に 妖怪退治の格好なんですよね? なんか ふらっと来たホームレスの人みたいに見えるんですけど……」

「俺は妖怪退治のプロだぞ。任せとけ」


 まあ、彼女が言うのは本当だろうな。俺の中にはこの姿になった経験がたくさんある。転移してきた妖怪退治屋の記憶だろう。


 ろうそくの炎は揺れている。 この火が消えたら、『交渉は終了』ってことだ。 ただ、交渉決裂の時も消える。 交渉が成立した時も、交渉決裂の時も消えるのだ。


 さあ、妖怪と対面だ。 するりと室内に黒猫が1匹入ってきた。 そう夕方の買い出しの前に 俺たちについてきたあの黒猫だ。


「あ、猫ちゃん……」

「お前には あれが猫に見えるのか」

「だから、 猫以外の何に見えるって言うんですか!」


 いずながそう言った次の瞬間、 猫はにゅーっと姿を変え、少女の姿になっていた。歳の頃なら10歳前後。 身長は140センチくらい。


「……」


 無言だ。


 黒いパーカーのような服を着て、フードを被っている。黒いミニスカートの下には 黒いズボンを履いていて、 全身 上から下まで真っ黒だ。そして、いかにも不満そうな表情をして俺の方を睨みつけている。


「ど、どなたですか!?」


 いずなが少女の異常さに押されながら俺に訊いた。それはそうだろう。黒猫が突然少女の姿になったのだ。驚くのは当たり前だ。


 しかし、いずなは異常すぎるが故に目の錯覚とか、見間違いとか思ったのかもしれない。とにかく、自分の中で無理やり折り合いを付けているように思えた。


 どうやらこいつ、 やっぱりこっち・・・にも付いてきてたか。 こいつの名前は『キバ』、 俺の相棒だ。


 不本意ながら 相棒と言っていい。こいつは妖怪退治屋の転移についてきたと言ってもいいだろう。転移ごときで離れることができるようなヤツじゃないんだ。そして、こいつがいないと俺は妖怪を見ることもできないし、声を聞くこともできない。


 いわば、 俺の目であり、腕でもある。そして、 耳であり声なのだ。


 俺はキバを通して 妖怪と交渉していく。 これから妖怪退治する上で キバは絶対に必要なのだ。 『俺に妖怪の姿を見せろ』そう言うと、 リビングに 小さな影が3つ 浮かんで見えてきた。


 やっぱりいたか。妖怪……。


 大きさから言ってネズミかなんかの妖怪だろう。 よりによって 3匹もいたとは多少予想外だったが、 そりゃあ、いずなもたちの悪い いじめにあう訳だ。


 まあ、 キバならこんなヤツ 踏みつけて 踏みにじるだろうし、そしたら 慌てて逃げていくだろう。俺は目の前の三匹の妖怪をキバに倒させることにした。そして、さっさと済ませて家に帰りたいと思っていたのだった。

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