対抗神話

 来た道を引き返し、乗り捨てたままの奪った車にもう一度乗り込む。

「おい! おい! どうなってんだよ!」

 怒鳴って呼びつけると、助手席に六花がポップアップする。

「なんだ。全員殺すんじゃなかったのか」

「夢と違う」

 先ほど見た光景を思い返し、身震いする。先に私が突っ込んでいたら、返り討ちにされるのは私のほうだった。

「どういうことなんだ。なにがどうなってんだ」

「私のほうもお手上げだ」

 私の目を通して泉の異常性を見ていた六花――首なしライダーも、ふざけた口調のようでいて、その実切羽詰まった焦燥が隠しきれていない。

「首なしライダーになるということは、なにも覚悟を決めたり殺意を自覚するような内面の変化だけじゃない。無限に等しいリソースを有する意識流との接続によって、謎の連続殺人鬼としての概念の鎧を全身に流し続ける。それによって謎の連続殺人鬼である間は、常人では考えられない力、反応速度、全身の感覚の鋭敏化といった恩恵を受け続けることができる。君も覚えがあるはずだ」

 男ふたりをわけもなく殺した。もう少し遡って思い返してみると、コテージの中で泉を片手で伸してしまったのも首なしライダーのバックアップに由来するものだろう。普段の私では絶対にあんな力は出ない。

「彼女もれっきとした首なしライダーである以上、この力は作用している。普通の人間、いや、どんな達人でさえも、首なしライダーと化した私たちに敵うはずがないんだ」

 だが泉は闇討ちを行った彼女の初撃を易々と見切り、正面から叩きのめした。人間業ではない。

「その、お前の意識が発生した過程は? 首なしライダーを乗り物として選んだお前は、ひとつの独立した概念というわけじゃないんだろ」

 自分で言っていた。さまざまな呼び名があると。首なしライダーとして表出し、私と話しているこいつは、言うなれば生存競争に勝つために首なしライダーに乗っかることを決めた。ウイルスに数多の種類があるように。

「私たちが接続しているこの意識流が形成されたのは首なしライダーを自己として設定したからだ。それまでは意味と概念の狭間でリソースを盗み食っている情報以下の存在でしかなかった」

 つまりその情報以下の存在は、無数に存在する。考えたくはないが、思いつく限りで最も有意性の高いのは、やはり――。

「対抗神話――なんじゃないか」

 ある都市伝説を否定するための都市伝説。首なしライダーという都市伝説を否定するために生まれた新しい妄言。それを、自らの乗り物に選んだモノがいたとしたら。

「そんなはずはない。首なしライダーは現実に承認されている。それを今さらひっくり返す対抗神話なんて、作るだけ無駄もいいところじゃないか」

 六花の言い分はもっともだ。今さら首なしライダーを否定するようなことを言っても、現実に殺人は起きている。起きまくっている。現段階で首なしライダーを否定することは、それこそ目の前の殺人事件を「妖怪の仕業」と主張するくらい荒唐無稽で不謹慎で非現実的な行為にほかならない。

 だが――よく考えろ。コテージにいる連中は、すでに自分たちの中の三人が殺されている事態を、首なしライダーの犯行だと確信している。

 なぜか。私が語ったからだ。夢の内容を。

 その中で、ごく狭い範囲でのみ有効な、首なしライダーを葬り去るための妄言が共有され、狂信されれば、どうなるか。

 あそこはもともとそういう場所だった。閉じたコミュニティ内で互いを賞賛することを強要され、外部の無知蒙昧な人間を馬鹿にして敵として排斥する。

 極めて限定された、同じ志を持った集団が待ち構えるあのコテージの範囲内においてのみ、首なしライダーは否定され、それをはるかに上回る力で打ち負かされる。

 いわば対抗神話の結界。自家中毒を起こしそうな同じ方向を向いた者たちだけで占められているからこそ実現した、対首なしライダーの居城。

 私がその考えを伝えると、六花はしばし呆気に取られたようにフリーズし、やや遅れて困惑の表情を浮かべた。

「もしその通りなら、あのコテージの連中の作った対抗神話に乗っかったモノがいるはずだ。首なしライダーのことがよほど目障りだと感じていたのか、あるいは概念上のホメオスタシスによるアポトーシスが発生したか――」

 ホメオスタシス――生体の恒常性を意味するこの言葉はさまざまな分野に援用されている。その中でアポトーシス――細胞がホメオスタシスを保つために自ら死滅していくプログラム細胞死もまた、自滅因子などといった言葉によって表現されることが多い。

 概念空間において首なしライダーの活動があまりに激しくなりすぎたために、概念空間の恒常性を保つため、ウイルスを殺すためのウイルスが新たに生み出されたことになる。

「いずれにせよ、もし本当に対抗神話が実現されているなら、首なしライダーである以上は勝ち目がない。さて、どうするか」

 私は無言で車を降り、フルフェイスのヘルメットを外して投げ捨て、牛刀と手斧を車内に放り込む。

 だったら、戻るだけだ。

 首なしライダーとしてではなく、明日葉あしたば逸花というサロンのメンバーとして。

 しかし戻るといっても、そもそもわかっていない状況が多すぎる。

 まず、なぜ私は両手両足を縛られて車で運ばれていたのか。車にいた男はふたりとも見たことのない顔だった。山中で車を停め、おそらくは私を始末しようとしていたことはわかる。

 ならば必ず、その指示を出した者がいる。そしてそれは間違いなく、コテージの中にいる誰かだ。

 普通に考えるならばオーナーの小森弘人がその「人脈」で雇ったのだろうが、危険を冒してまで私を始末する必要があったのかという疑問が生じる。単に眠った私をコテージから遠ざけ、きたる首なしライダーとの決戦に巻き込まないように配慮したというのは、さすがに甘すぎる考えだろう。

 少なくとも私の存在はサロンにとって邪魔だった。両手両足を縛ってトランクで山中に運ぶ程度には。

 だから、サロンの一員としてコテージに顔を出すためには乗り越えなければならない壁が無数に存在する。

 なぜ生きているのか――殺すつもりはなかった可能性も消えていないので、腹の探り合いは必要になる。

 なぜ戻ってきたのか――本来ならば徒歩では戻ってこられない距離の山中にいたはずの私がどうやって引き返してきたのか説明をでっち上げなければならない。

 車の持ち主である男たちはなにをしていたのか――男たちと依頼を出した相手の真意がわからないので、どの程度の敵愾心を抱いているかを見極めなければならない。加えて当然、私が男たちを殺したことも隠し通す必要がある。

 その他多くの壁を瞬時に見つけて誤魔化し続け、サロンの一員として再び迎え入れられることを目指さなければならない。

「そのうえで、だ」

 私の隣には六花が立っている。どうせ私にしか見えないはずなので問題はない。

「君は第一の殺人と第二の殺人について推理しなければならない。どこまでが首なしライダーの殺戮で、どこからが意図されたシナリオなのか。サロンの内部の人間関係、後ろ暗い秘密、狂信に至った経緯――それらを解き明かす必要がある」

 なんのために? 首なしライダーがまたたくさん人間を殺し続けるためにだ。

 そして同時に、捕らえられた現行の首なしライダーである彼女を救い出す方策も考えなければならない。私が次の――未来の首なしライダーとして選ばれた以上、彼女を見捨てても首なしライダーという意識流自体に影響はない。だがこれは私がどうしても必要だと強く思っていた。いくら首なしライダーという大きな流れに取り込まれてしまうといえども、目の前の彼女に手を伸ばさない理由にはならない。

 きっと、私たちはお互いを誰よりも深く理解できる。その確信と期待を捨てることなど無理だった。

 絶対、ふたりで全員殺そう。

 まだ顔も知らない彼女に、そう誓う。

 奪った車は乗り捨てたままにして、私はアスファルトの道路を登っていく。

 先ほどとは違って進む道に障害はない。だが足取りはずっと重かった。首なしライダーのバックアップがない状態で歩くには、なかなか過酷な道のりだ。

 コテージの灯りが見えてくる。首なしライダーを返り討ちにしたはずだが、電灯の光は弱まっていない。まばゆいばかりの光量の中に、身ひとつで入り込まなければならない重圧に怯みそうになる。

 見張りに立っている者はいないようだった。いきなり迎撃される恐れはなくなったが、逆に言えば自分から門戸を叩かなければならない。

 もうずいぶんと遠くになってしまった感覚を思い出す。誰にでも愛想よく笑い、自分があらゆる人間より劣っているという自覚で脳を焼く。

 丹田に力を――込める。

 玄関のチャイムを鳴らした。

 反応はない。だがわずかにコテージの中でひとの気配が動くのを感じ取る。これは首なしライダーによるものではなく、ひとの顔色を窺い続ける私が元来持っている感度だ。

 ややあって、足音がこちらに向かってくる。

 満面の――では駄目だ。如才ない笑顔を作り、申し訳なさそうに縮こまる。

 玄関のドアが開いた。

「えっ……逸花……ちゃん……?」

 様子を見に向かう貧乏くじを引かされたのは、茂手木紗代だった。

「こんばんは。あの、入っても、いい……ですか……?」

 限界までへりくだりながら相手の様子を窺う。まず茂手木の中で私がどうなったと結論づけられているのか。急に錯乱して予知夢を語りだし、無理矢理眠らされて車で運ばれていった若い女。

 間違いなく動揺は大きい。おそらくはすでに死んだものとしてあつかっていたのだろう。だが幽霊となって復讐に訪れたという可能性は、私の態度がかき消している。たまたま助かって、行く当てもないのでここに戻ってきたという筋道が茂手木の中で立ったであろうことを確信し、この筋道に沿って話を進める方針を固める。

「ご、ごめんなさい。ちょっと待ってもらえる?」

「あっ、はい」

 ドアが閉められ、音を出さないように気をつけながら鍵が閉められる。

 中に戻って、サロンのメンバーたちに私がやってきたことを報告し、お伺いを立てるための時間だ。

 少なくとも出会い頭に殺されるようなことはなかった。それは当然だろう。私の態度と纏っている雰囲気を受けて、即座に殺意を発露させることは常人には不可能だ。首なしライダーとして訪ねていたら対抗神話の発火によって殺されていた可能性がなくはないのが恐ろしいところだった。やはり当面は首なしライダーとして活動することは避けなければならない。

 複数人の足音。予期せぬ訪問者に対して、集団で対処にあたる。真っ当で通俗的な行動だ。

 再びドアが開く。

「本当に逸花ちゃんだ」

「いったいどうしたんだ」

「送っていったんじゃなかったの」

 茂手木のほかに、泉見晴、吹田金治、小野瑞美の三人が応対に出てきた。彼女を直接下した泉の顔を見て緊張が走るが、泉が特別首なしライダーに対して特殊な能力を有しているわけではない。条件というか強化対象としては、このコテージ内のサロンメンバー全員が同じなのだ。つまり彼女を一方的に打ちのめしたのと同じだけの力を持つ者が、合計で六人。

「すみません。私もよくわからなくて。気づいたら山の中だったので、道路に出て通りがかった車に乗せてもらって近くまで運んでもらったんです」

 挨拶代わりの虚偽報告。

 まず私が殺した男ふたりは話を進めるうえで存在が邪魔だ。だから私が目覚めたのは、車から降ろされて山の中に放置されていた状態だったということにする。その時点で男ふたりは消えており、私はずっと眠っていたのでふたりの存在すら知らない。これで私が有していると思わせている記憶の中から男ふたりの存在を消し、本来そこに介在していたであろう害意も有耶無耶にしておく。

 私がサロンメンバーからの害意に気づいていないフリをしておくことは、再びこのコテージの中に足を踏み入れるためには必要不可欠だった。自分を殺そうとしていた相手のもとに戻ってきたのなら、必ずなんらかの思惑が生じる。そんな相手を招き入れる馬鹿はいない。

 吹田が泉に何事か耳打ちをする。うなずいた泉が奥へと戻っていく。

 おそらくは捕らえた彼女を、目につかない場所へと移動させるのだろう。苦々しいが、これはつまり私を迎え入れるための準備と捉えることができる。

「逸花ちゃん、夢の話は覚えているよね」

 吹田が注意深く問いただしてくる。

 まず夢の話。現時刻が私が予知夢で見た時間と一致していることを、サロンメンバーたちは知っている。彼女が実際にコテージを襲撃したからだ。

 なので、ここは――透かす。

「すみません。なんか目が覚めるまでの記憶が曖昧で……夢の話って、その、私たちが皆殺しにされる夢のことですか……? たしかに昨日? 一昨日? にそんな夢を見たんですけど、みなさんに話しましたっけ……?」

 泉が私を眠らせるために使った薬は非合法なものであった可能性が高い。的場一と津井初の寝室に使いかけのドラッグが置かれていたことからも、このサロン内で薬物が蔓延しているのは間違いないだろう。

 薬物の強制使用による記憶の混濁。これによって、六花が殺されているところを発見した私の豹変と怒りをなかったことにしておく。

 苦しい手だが、相手からしても違法薬物の乱用は探られたくない腹であることは間違いない。意図的に避けたくなる話題の中に私の状態と心境の変化を入れ込むことで、不自然さを相手のやましさで覆い隠す。

 訝るように視線を交わす吹田と小野。コテージで最後に私が見せた凶暴性からはかけ離れた今の様子は、間違いなく相手の態度と心証を軟化させている。加えてその蛮行をすっかり忘れているというおまけまでついている。

 それでもなお拭いきれない違和感と不信感は残っている。これは絶対に取り除くことはできない。なぜならこの中のサロンメンバーたちは、首なしライダーへの対抗神話を通じて一体化しているからだ。私が首なしライダーと接続した時に六花の人格が私の意識下で再現されたように、サロンメンバーたちがそれこそ心と心、意識と意識でつながり合っていてもなんら不思議はない。かつてサロンメンバーであった私は、今では完全な部外者と呼んでも差し支えないほどにまで遠くに離れてしまっている。

 だが、「敵」だと認識されなければまだ付け入る隙はある。

 私にはこれまでこの腐りきった人間関係の中に身を置いてきた実績がある。六花――ここでは部外者の探偵と通じていた疑惑が滞ったままだが、オンラインサロンの年会費を支払い、唾棄すべき者たちを褒めそやし続けた今日までの行動は全員の頭の中にしっかり残り続けている。あれだけの期間演技を続けることは常識的に考えて不可能であるし、私自身破滅を自覚しながらも、もうここしか自分の居場所はないと必死に齧り付き続けた。六花によるサロン糾弾の誘いを断るほどにまで、私はこのサロンに執着し取り憑かれていた。

 途中で心変わりをして六花という探偵を招き入れたという見方はやはりできてしまうが、サロンメンバーが重んじるステージの高い人間同士の絆とやらは、簡単に切り捨ててしまうことはできないはずだ。それはそのまま、自分たちの欺瞞をつまびらかにしてしまいかねない行為となりうる。

「すみません。向こうの都合でけっこう遠くで下ろしてもらったので、かなり汗をかいちゃって。ひとまずシャワーを使わせてもらえませんか……? 私の荷物ってここに置いたままになってます?」

 中に入ることを要求しつつ、事情を知らない顔をしてつつかれたくないであろう箇所を小さくつつく。

 私を始末する手はずを私が関知していないと思わせながら、大いに混乱している態度を見せる。無論相手側からすれば目の前の私を始末するはずだったなどとは口が裂けても言えない。だが混乱している私が自分の持ち物の所在をたずねることで、間違いなくなんらかの違和感は覚えているとほのめかす。

 行き過ぎれば敵対行為と捉えられかねないが、この状況ではなんの違和感も抱いていないほうが不自然だ。そのうえで、私がサロンメンバーたちを信じていると、ここまでのへりくだった態度で示し続けている。

 相手の抱いている違和感を、私が抱いているであろう違和感をこれ以上深めてはならないという危機感で相殺する。

 足音。玄関に現れたのは、サロンオーナーの小森だった。吹田と小野と茂手木は従者のように廊下の脇に退き、主人のための道を用意する。

「話は聞こえていましたよ。大変でしたね。どうぞ上がってください。部屋も荷物もそのままです。シャワーを浴びて、着替えたら下に顔を出してください」

 やはり最終的な意思決定権は完全に小森が握っている。小森が認めれば異論を唱える者はいない。

「ありがとうございます。すぐすませますね」

 まず間違いなく私を始末する手配を行った張本人に頭を下げ、感謝を伝える。ここで小森に楯突いても意味はない。

 二階に上がり、自分にあてがわれた部屋に入る。小森の言った通り、部屋の中に手をつけた様子はない。旅行鞄はもと置いてあった場所から一寸も動いていないし、中を探られてもいないらしい。

 旅行鞄から着替えと化粧品を取り出し、各部屋に備え付けられている風呂場に入る。

 中に入るためにああ言ったが、実際ここまでの強行軍で汗みずくになっている。浴槽もあるが湯を張ることはせず、シャワーだけで身を清める。頭と身体を洗い、洗面所で髪を乾かしながら控えめに見えるようにメイクをして、本来なら今朝着るはずだった着替えに袖を通す。

 汗を洗い流したことで気分が一気に晴れる。頭はずっと狂ったように回り続けていたが、そこに清らかさが入ってきて、ゴミクズや汚れが落ちたことで回転をより円滑に進めていく感じだ。

 さて。まずは六花の部屋を確認しておきたい。六花の死体はどうなったのか。彼女が荷物の中に遺していった、サロンを告発するための証拠は隠滅されているのか。

 それに加えて、できれば六花が首なしライダーだという確証も得たかった。私の前に現れた六花が全部、首なしライダーが私の記憶を参照して作り出した幻影である可能性も残っている。

 だが現状、これは難しいだろう。サロンメンバーが全員階下にいるとは限らない。二階で私の動向を監視している係がいると考えるほうが妥当だろう。

 なので六花の部屋を検めるチャンスは、なかなか訪れないことを覚悟しなければならない。

 的場と津井の部屋も同様だ。こちらは単に死体の所在と、ドラッグの出所が外部にあるか内部に提供者がいるのかを探りたかった。十中八九、サロンのメンバーから提供された代物だとは思うが、的場がドラッグの仲介役だった可能性もまだ排除できていない。

 結局は小森に言われた通り、着替えが終わったので下に顔を出し、サロンの動向と、私が消えてからなにが起こったのかを探るしかなさそうだった。

 部屋を出て、電灯がすべて点いた廊下を歩く。階段近くの、ドアが破壊された六花の部屋に視線が吸い込まれるが、ドア自体はぴっちりと閉まっており、中の様子は窺えない。

 軋む階段を下りて、一階のホールに向かう。

 最初にボウガンの矢を頭に受けて死ぬはずだった泉見晴。

 包丁を持って襲ってきたものの、手斧で手首を切断されるはずだった茂手木紗代。

 斧を持って襲ってきたものの、顔すら見ることなく喉を切り裂かれるはずだった小野瑞美。

 見張りに立って外に出ており、窓から室内に戻ってきたが血に足を取られて転んだところで胸を貫かれるはずだった滑田天馬。

 二階の部屋に立てこもり、椅子を持って殴りかかってきたものの、結局は首を刎ねられるはずだった吹田金治。

 そして同じ部屋のトイレに隠れていたのを見つかって殺されるはずだったオーナーの小森弘人。

 首なしライダーに狙われ、本来なら皆殺しにされるはずだった山荘の生き残り六人が、ソファに腰かけた小森を中心に思い思いの場所に座ったり立ったりした状態で、じっと私に視線を傾ける。

 こいつら全員が、首なしライダーと正面からやり合える力を持っている――間抜けな死に様を思い返すとにわかには信じがたいが、それで彼女――現行の首なしライダーは敗北し、今このコテージの中に囚われている。

 いや、余計なことは考えるな。いったんは首なしライダーのことは忘れておけ。万が一私に首なしライダーが発露してしまったら、この場の全員から一方的に叩きのめされる。

 今は疑問の解消と、すでに起こった事象の推理を優先すべきだ。対抗神話が力の源である以上、隙を見計らっての不意打ちも通用しないだろうことは彼女が身をもって証明している。

「すみません、お待たせしました」

 意図されたように空いている、小森の向かい側のソファの横へと近寄る。ここに座らせて逃げ場を塞いでおこうという考えなのだろうが、こちらには逃げるつもりは毛頭ない。なのでその意図通りに動き、この場の支配者である小森から促されるのを待つ。

「いえいえ。どうぞ、座ってください」

 会釈をして、ためらいがちに腰を下ろす。身を縮こまらせ、所在なさげな顔をしてみせるが、実際は簡単に相手の懐に入り込めたことに安堵している。

「逸花さん、記憶が曖昧だそうですが、今日起きたことはどのくらい把握していますか?」

 相手がまず確認したいことは、私の記憶の混濁具合。都合の悪いことを忘れているのなら都合の悪いことを話す必要はない。

 だがあまりに都合がよすぎると、かえって怪しまれることは間違いない。

「えっと、的場さんと彼女さんが殺されているのが見つかって、六花――探偵が出てきて、みなさんと口論になって……そのあたりから記憶が怪しくなってますね……これって今日であってますか……?」

 実際、そのタイミングで泉に薬品を嗅がせられて意識を失っている。そこから再び目覚めて六花の死体を発見し、夢について語った箇所の記憶は混濁していることにしておく。私が明確にサロンと敵対する行為を取ったことは、忘れていることにしておいたほうが都合がいい。

 サロン側に都合の悪い箇所――コテージで最初の殺人事件が起こり、警察への通報を勧告した六花とサロンメンバーが対立したという記憶は保持していることにしておく。私と六花の関係が怪しまれる余地が残されるが、どちらにせよサロンに潜入していた六花の存在に気づいていなかったというのは、事実なのだが無理が生じるので追求されることは織り込みずみだ。

「その探偵――巴六花さんですが、あなたは彼女と面識があったのですよね」

 なので当然、そこを突いてくる。

「はい。といっても、大学に在籍していたころの友人で、当時は探偵でもなかったですし、顔を合わせたのも本当に数年ぶりで、そのころとは雰囲気も変わっていたから、ここに到着した時は全然気づきませんでした。サロンに参加している時の名前も偽名――ハンドルネームだったみたいですし。今朝部屋で目を覚ました時に、六花のほうから打ち明けられて、やっと気づいたんです」

 ほとんど本当のことだ。私が六花だということに気づいたきっかけだけは変えてあるが、それは睡眠薬を盛った泉の行為と、六花に依頼したサロンの元参加者が受けた被害について、私が勘づいていないかもしれないと思わせておくためだ。

 もし気づいていたとしても、ことさら騒ぎ立てず、曖昧にしていることで、その所業に対して私が大して怒りを覚えていない――それよりもサロンに残ることを優先していると解釈させる。

 実際、六花から話を聞かされた時の私はその道を選んだ。いま思い返すと自分の愚かさに反吐が出そうになる。だがそれゆえに、私の言葉と相手から見える思考には、たしかな一本の芯が通る。

 そして私は、六花の死を記憶していないことになっている。サロンに服従する態度を示している私に、どこまで友人だったという六花についての情報を与えるか。その匙加減で、相手の思惑と追求されたくない箇所を見極める。

「では、その巴六花さんが殺されたことは、覚えていませんか?」

 なるほど。そこは開示してくるか。

 隠し通そうとすれば隠し通せる箇所ではあった。六花は先に帰ったと言っておけば、記憶がない設定の私が怪しむことはなくなるし、確認を取る時間を与えないこともできる。

 問題は、六花が殺された部屋のクリーニングと死体の始末だ。この両方がすでに終わっているから、ここまで開示してきたのか。

「殺された……? 六花が、ですか……?」

 目を見張り、口に手を当てて驚愕の表情を作る。

「いったい、どうして……」

「その謎は、すでに解けています。逸花さんが見た夢の話をしてくれたことでね」

 記憶がないことになっている状態の私がした行動。そこに虚偽を混ぜ込んでくることはしてこない。する必要もないということか。

「首なしライダーです。あの連続殺人鬼が、このコテージに目をつけたらしい」

 沈黙。しばし時間を置いて、私ははたと立ち上がる。

「待ってください。この状況――私が夢で見たのと同じ――」

 掃き出し窓のほうを見て、部屋の中を見る。それを何度か繰り返す。

「私の見た夢が首なしライダーのものだったら、今、すごく危ないです。逃げたほうがいいかもしれません」

「その心配はありません。説明は後回しになりますが、ひとことで言えば首なしライダーの脅威はもうなくなっているんです」

 夢のフラッシュバックによる動揺と混乱を演じることで、この発言を引き出すことに成功した。

 サロン側が、首なしライダーへの対抗策を持っているという含みを生じさせた。この点を飛ばさずに話を終えることは実質不可能となった。私は首なしライダーの犯行を夢に見て、その夢に苛まれていることになっている。その不安と混乱を放り出して捨て置くことは危機管理の面から避けなければならない。

 私はまだ立ったまま、ちらちらと外を気にしている。

「大丈夫です。落ち着いて、座ってください」

 小森に言われて、渋々といった様子で腰を下ろす。

「そうですね。いつまでも不安なままでは居心地が悪いでしょうから、お話ししましょう。少し辛い話になるかもしれませんが、よろしいですね?」

 雲行きが変わった。これは成功か。それとも下手を打ったか。だが向こうから情報を開示してくるのなら歓迎すべきだろう。

「端的に言うと、首なしライダーの正体は、巴六花さんだったのです」

「え――」

 おっと。

 これはまったくの予想外だった。

 六花が首なしライダーだったのは本当だ。私が見た夢と幻影を信じるなら、ではあるが。

 だがその情報は、この世で私と現行の首なしライダーである彼女しか知り得ない。首なしライダーは正体不明の連続殺人鬼だ。それを引き継いだ私と彼女だけが、その正体を知っている。

 だから小森の発言は虚偽であると判別できる。発言の内容そのものはたまたま真実を言い当てているが、それはその場しのぎの嘘の結果であって、発言者である小森が嘘を吐いていることに変わりはない。

「そして彼女は殺された。よって、首なしライダーの脅威はなくなったのです」

 なるほど。そういう方向性の嘘か。

 首なしライダーの脅威が六花の死によってなくなったわけではないことはこの場の全員が知っている。先ほど起こった首なしライダーによる襲撃に対処して返り討ちにした連中が知らないはずがない。

 小森の発言の意図は、話のショートカットだ。

 実際に、彼女を迎撃して捕らえたことで首なしライダーの脅威はなくなっている。だがそこに至った経緯を、部外者となった私に話すのは得策ではない。なのでありもしないと小森たちが思っている罪をすべて六花という死者に着せ、生贄とすることで首なしライダーの脅威は去ったという結果を過程を大幅に省いてごく短く説明する。

「六花が、首なしライダー……? そんな。でも、待ってください。じゃあ六花を殺したのはいったい誰なんですか?」

 自然な話の流れにするために、したくもない質問をさせられる苛立ち。それこそが小森が狙っていた効果だった。話の本筋を隠し通しながらズラし、すべてが虚偽の話題の林の中に私を誘い込む。深入りはしないように注意しなければならない。

「それをお伝えすることはできません。だが、その人物はなすべき正義をなした、と思っていただきたい。そして首なしライダーの正体にたどり着き、その正義に共感した私たちは、共犯と呼ばれることを覚悟のうえでその秘密を共有し、秘匿し続けることを決めました。ここまで話した以上、逸花さんにも同じことをお願いしなければなりません」

 まずい。このままでは話が打ち切られる。極めて短い話と時間で、勝手に作り上げた真実を開陳して終わられたのでは洒落にならない。

 だが、この状況でできる質問や話題の転換は、すべてがこのホラ話の枠組みの中に囚われる恐れが高い。

 的場と津井の死体発見時、警察への通報を頑として認めなかった理由をたずねれば、六花の逃走を許さないためだとされてしまう。

 そしてなにより小森はこの話への恭順を私に求めている。これを振り切って別の話題に向かうことは、反抗の意思があると受け取られかねない。

「――わかりました。六花と、的場さんたちは、今――」

 小森の話は飲むが、せめてもの抵抗として、死体の所在をたずねる。

「しかるべき場所に葬られています、とだけ」

 部屋に置いたままにはなっていないということだ。自分たちだけで死体を埋めるのでは発見されるリスクが高すぎる。死体の処理を依頼した相手がいる。それがおそらく、私を車で運んでいた男たちの同業だ。

「ありがとうございます。それから、できれば六花の部屋を見ておきたいんですけど、いいでしょうか……?」

「ええ。構いませんよ。荷物類はすべてそのまま置いてあります。友人である逸花さんが引き取りたいものがあれば、ご自由になさってください」

「ありがとうございます。ちょっとでも六花のことを思い出しておきたくて」

 いったんはここまでだ。

 サロン側の嘘の付き方と方向性は把握できた。それだけでも十分な収穫といえる。

 階段を上がって、怪しまれないよう場所をたずねておいた六花の部屋に入る。

 血の臭いも腐臭もしない。死体は綺麗に片付けてあった。血で汚れたベッドの布団やシーツ、マットレスまで綺麗なものに変わっている。

 部屋のクリーニングを頼んでおいて荷物を始末していないのは気にかかったが、六花の鞄を見て理由を察した。ダイヤルロックの鍵で施錠されており、中身を確認することができない。あとで時間をかけて鞄を破壊し、中を検めようとしていたのだろう。

 私の荷物がそのまま残されていたのも、六花とつながっていると目されたからか、あるいは単に気に留めておく必要もなかったからか。

 いや――枕の下から発見した手紙の存在を思い出す。あの紙をここに置いたまま私は気絶させられ、一度このコテージから退場した。

 手紙の内容は全員が読むことができた。だが内容は伝わらなかった。

 なぜか。私は六花のスマホを持ったまま気を失った。よってそのスマホの持ち主は私であると錯覚させることが可能となった。

 いや、さすがに私が持っているスマホが六花のものだと確認しようとはしただろう。画面はロックされていた。暗証番号のヒント――誕生日は通じない。

 ならば当然、指紋認証を行ったはずだ。

 いったん自分の部屋に戻る。テーブルの上には、六花のスマホが置かれていた。

 やはりサロンのメンバーたちはこのスマホが私のものだと錯覚している。

 六花なら――指紋認証ではロックが解除されないように細工していた可能性がある。たとえばメモを書いた時に指紋登録を本来用いると想定されている指から遠く離れた指の指紋に上書きをしたとすれば。

 死体を使った指紋認証は失敗に終わる。さすがに全指を指紋認証していくという発想よりも先に、このスマホが私の持ち物だという認識が生まれる。

 再び六花の部屋に入り、監視がないことを確認してから鞄のダイヤルロックを回す。もしやと思っていたが――私の誕生日を四ケタの数字にして当てはめると、鍵はすんなりと開いた。

 六花はこの中にサロンを告発する証拠をまとめておいてあると書き残していた。鞄の底のほうを探ると、クリアファイルに書類とパケ袋が入っているのが確認できた。

 今は保留だ。私が手元に持っておくより、鍵のかかった鞄の中に残しておいたほうが当面は安全だろう。必要なのは六花が首なしライダーだったという確証。だがさすがに凶器の類いや顔を隠すものは入っていない。

 鞄を閉じ、ダイヤルロックをめちゃくちゃに動かしておく。

 私と六花が通じていた可能性は、メモの存在から確証に変わったはずだ。あのメモは六花の誕生日を知っている相手――このコテージの中で考えられる唯一の人物である私に残したと考えるのが道理であるし、実際にそうだった。

 だが私のほうの荷物も残してあるのに、その荷物には手をつけられた様子はなかった。暗証番号の誕生日――サロン側から見れば六花の誕生日の手がかりを探すために私の荷物を漁るのが荷物を残しておいた理由だと思ったが、触れられた気配すらない。

 なぜそんな悠長なことをしていたのか。

 いや、違う。

 私を縛って車で運び、クリーニングを頼んだ業者が帰ってから、首なしライダーが襲撃するであろう時間までに、猶予がなかったのだ。

 なんのための? 無論、首なしライダーの対抗神話を作り上げ、それに乗っかった意識流と接続するまでの時間を捻出するための、だ。

 どんな手を使ったのかはわからないままだが、コテージに残った六人全員が心をひとつにして、同じ狂信に身を委ねなければならなかったことは間違いない。

 見るべきものは見たと判断し、自分の部屋に戻る。

 小森からは疲れているようなら休んで構わないと言われているので、私が部屋にこもってこうして考えていることが怪しまれることはない。

 私は探偵ではない。六花の言うような探偵の条件は絶対に私には当てはまらないし、当てはめにいく気もない。

 だがこの状況では探偵さながらの推理を行うことが要求されている。

 彼女を助け出し、対抗神話を崩してコテージの宿泊者全員を殺すために。

 コテージに入ってから、私の視界に六花は一度も出てこない。対抗神話の結界のただ中で首なしライダーの意識が表層化することでなにが起こるのかはわからないが、絶対にいい結果は招かない。

 今の私は首なしライダーとの接続が一時的に切れている状態というわけだ。私が呼び出すか、のっぴきならない状況にまで追い込まれれば首なしライダーはまたやってくるだろうが、今はまだその時ではない。

 私の部屋に置かれている六花のスマホを手に取る。

「あ――」

 ずいぶんと遅れてやってきた違和感にやっと気づき、しばし硬直する。

 的場と津井の死体を発見した時、六花は警察への通報を何度も勧告していた。サロン会員たちはそれを一顧だにせず、断固拒否し続けた。だが六花も食い下がった。結果として、私と六花はそれぞれの部屋に監禁されることとなった。

 その、警察への通報を行うべきだと主張していた六花の部屋に、六花のスマホが置いてあった。

 冷や汗が背筋を伝う。どこまでだ――どこまでが、六花の意思だった――。

 スマホが手元にあれば、それを使って警察に通報できる。

 当たり前のことだ。スマートフォンとは携帯電話であり、電話をかけることができる。

 六花のスマホの画面を点けて確認する。SIMカードは入っているしモバイルデータ通信も有効。日本国内ではSIMカードの抜かれたスマホでは緊急通報ができないが、通報をさせないようにするためなら、わざわざSIMカードを抜き取るよりも、スマホ本体を預かっておいたほうが簡単で確実だ。

 加えてサロンの連中は、このスマホを私のものだと誤認した。六花は自分のスマホをサロン会員たちに一度も見せていない。

 もしもサロン会員たちがとんでもない間抜けで、スマホの没収という発想に思い至らなかったとして、ではなぜ六花は警察に通報を行わなかったのかという巨大な疑問が浮かび上がる。

 私のようにすぐ眠らされたわけではないのは、枕の下の手紙とスマホ内のメモを書く時間があったことからわかる。その時間を警察に通報するために使えたのは言うまでもない。

 だが――六花は首なしライダーだった。

 謎の連続殺人鬼が目の前で起きた殺人事件を素直に警察に通報するかといえば、かなり怪しくは思えてくる。

 それでも六花の手元にスマホがあったという事実は、サロン会員がとんでもない間抜けだったという以外では、どう考えても不自然だ。

 先ほどの小森の発言を思い出す。

 小森は六花が首なしライダーだと主張した。私は首なしライダーになりかけていることで六花が首なしライダーだと知っているが、サロン側がその事実にたどり着けるはずがないので、口から出任せだと判断した。

 しかし、ここまでの違和感を一本の線の上に乗せる可能性が、ひとつ、ある。

 六花がサロン側に自分の正体を明かし、協力を申し出ていたとしたら。

 サロン側は六花が首なしライダーだということを知り、さらに首なしライダーという怪異の特性も把握できる。見返りに六花は自分の身の安全を求め、探偵の立場から形式上行った警察への通報の勧告も実際には行わないと約束する。

 であれば、いまこのコテージで対抗神話が成立している理由も納得がいく。

 首なしライダーであった六花が、そのからくりを解体して開陳した。その構造をそのまま流用し、限定的な対抗神話の構築に成功した。

 なぜそんなことになったのか。理由は単純明快。私が夢の話を六花に打ち明けたからだ。

 六花は私が生まれてこの方夢を見たことがないのを知っていた。そして六花は首なしライダーだった。即座にこの予知夢が、未来の首なしライダーが私に接触した結果だということを理解した。

 私の夢の中で、六花は殺された。

 この運命に対して、六花がどこまで抵抗を続けたのかを確かめるすべはない。だが想像はできる。その過程として、本来糾弾すべき相手であるサロン側と手を組み、首なしライダーの天敵を作り出す知恵を授ける行為くらいは、普通にやってのけるだろう。

 六花は首なしライダーである以前に、巴六花という確固たる人間だ。

 私や彼女とは違う。六花は明確に自分を持っていた。探偵としての自分。個人としての自分。そして首なしライダーに感染した自分。それぞれすべてが混ざり合いながらも、六花は確固たる自我を有していた。

 だから、あがく。六花は首なしライダーという巨大な意識流に自分の意識が取り込まれていることを、救いだとは認めていなかったに違いない。もしその救いを受け入れていたなら、自分の命ひとつに頓着することもしなくなる。

 私の前に現れた六花は、やはり六花本人ではなかった。首なしライダーが取り込んだ六花の意識と人格を再現しながら、口にするのは首なしライダーに有益なことばかり。私を誑かすためのメッセンジャーとして有効に働くであろうから、六花の姿と人格が選ばれたにすぎない。

 首なしライダーが用心して私との接続を切っていたのは助かった。ひょっとしたらこうなることも六花は見越していたのかもしれない。

 では、ここからどうするか。

 サロンに助けを求めるのは、無理だ。

 私が首なしライダーに感染していることを打ち明け、ここまでの推理と結論を伝えたとしても、コテージの生き残りが味方につくことはない。

 理由は簡単だ。

 私の中の殺意と、目的達成の意志がまるで揺らいでいない。

 首なしライダーと一時的に接続が切れていても、一度芽生えた殺意と、定着した目的は消えていない。これは首なしライダーという意識流からもたらされるものよりももっと根源的な衝動として私の中に根づいている。

 さっきまで私がサロン会員たちと普通に話せていたのは、そのあとで必ず殺すという目的のための事前準備だったからだ。そうでなければ自分を殺そうとしていた連中にあんな態度はとれない。

 それにこのコテージに囚われている彼女も助け出さなければならない。現行の首なしライダーである彼女は解放されれば即座にコテージの宿泊者を皆殺しにしようとするだろう。サロン側が彼女を解放することは絶対にない。

 そもそも、六花は殺されている。情報を引き出したことで用済みと判断されたか、そもそも助ける気などハナからなかったのか。どちらにしても、このサロンの人間が他人を助けるなどという期待はしないほうが身のためだ。

 結局、私はどちら側にもなれない。

 首なしライダーの欺瞞に気づきながら、そのせいで芽生えた殺意を捨てることができない。

 六花の最後の抵抗に思い至りながら、彼女の意志を継ごうというところまで決意を固めることができない。

 だったらさ、もう全員殺して、終わりでいいんじゃないか。

 投げやりな気持ちではなく、明確な意志をもって、そう思う。

 全員殺す。サロンの連中も、首なしライダーも、まとめて。

 そんなことができるのか。サロンメンバーを殺すためには対抗神話の解体が不可欠。首なしライダーは、そもそも殺せるのかどうかもわからない。首なしライダーとなった個人は殺せるにしても、首なしライダーという怪異そのものには手出しができない――ように思える。

 このコテージで現在機能している対抗神話は、首なしライダーに対して圧倒的優位に立てる。だが首なしライダーである私は、そのせいでサロンメンバーを殺すことができない。

 八方塞がりだ。

 いや、違う。凝り固まった現状が当たり前になりすぎているせいで、それを打開するすべがないように見えているだけだ。

 この状況を強引に変える。予定調和となってしまった現状を打破する。

 私はスマホを手に取った。

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